谷崎潤一郎 痴人の愛 2

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね4お気に入り登録1
プレイ回数1159難易度(4.5) 5462打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
最近読み終わりました
私のお気に入りです
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 布ちゃん 5634 A 5.9 94.9% 914.5 5443 290 96 2024/11/12
2 sada 2782 E+ 2.9 95.5% 1877.7 5480 255 96 2024/11/14

関連タイピング

問題文

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(あのじぶん、もしわたしがけっこんしたいならこうほしゃはおおぜいあったでしょう。いなかものでは)

あの時分、若し私が結婚したいなら候補者は大勢あったでしょう。田舎者では

(ありますけれども。たいかくはがんじょうだし、ひんこうはほうせいだし、そういってはおかしいが)

ありますけれども。体格は頑丈だし、品行は方正だし、そう云っては可笑しいが

(おとこまえもふつうであるし、かいしゃのしんようもあったのですから、だれでもよろこんでせわをして)

男前も普通であるし、会社の信用もあったのですから、誰でも喜んで世話をして

(くれたでしょう。が、じつのところ、この「せわをされる」ということがいやなのだ)

くれたでしょう。が、実のところ、この「世話をされる」と云う事がイヤなのだ

(から、しかたがありませんでした。たといいかなるびじんがあっても、いちどやにどの)

から、仕方がありませんでした。たとい如何なる美人があっても、一度や二度の

(みあいでもって、おたがいのいきやせいしつがわかるはずはない。「まあ、あれならば」)

見合いでもって、お互いの意気や性質が分る筈はない。「まあ、あれならば」

(とか、「ちょっときれいだ」とかいうくらいな、ほんのいちじのこころもちでいっしょうのはんりょ)

とか、「ちょっときれいだ」とか云うくらいな、ほんの一時の心持で一生の伴侶

(をさだめるなんて、そんなばかなことができるものじゃない。それからおもえば)

を定めるなんて、そんな馬鹿なことが出来るものじゃない。それから思えば

(なおみのようなしょうじょをいえにひきとって、おもむろにそのせいちょうをみとどけてから、きに)

ナオミのような少女を家に引き取って、徐にその成長を見届けてから、気に

(いったらばつまにもらうというほうほうがいちばんいい。なにもわたしはざいさんかのむすめだの、きょういくの)

入ったらば妻に貰うと云う方法が一番いい。何も私は財産家の娘だの、教育の

(あるえらいおんながほしいわけではないのですから、それでたくさんなのでした。)

ある偉い女が欲しい訳ではないのですから、それで沢山なのでした。

(のみならず、ひとりのしょうじょをともだちにして、あさゆうかのじょのはついくのさまをながめながら、)

のみならず、一人の少女を友達にして、朝夕彼女の発育のさまを眺めながら、

(あかるくはれやかに、いわばあそびのようなきぶんで、いっけんのいえにすむということは、)

明るく晴れやかに、云わば遊びのような気分で、一軒の家に住むと云うことは、

(せいしきのかていをつくるのとはちがった、またかくべつなきょうみがあるようにおもえました。つまり)

正式の家庭を作るのとは違った、又格別な興味があるように思えました。つまり

(わたしとなおみでたわいのないままごとをする。「せたいをもつ」というような)

私とナオミでたわいのないままごとをする。「世帯を持つ」と云うような

(しちめんどうくさいいみでなしに、のんきなしんぷる・らいふをおくる。これがわたしの)

シチ面倒臭い意味でなしに、呑気なシンプル・ライフを送る。これが私の

(のぞみでした。じっさいいまのにほんの「かてい」は、やれたんすだとか、ながひばちだとか、)

望みでした。実際今の日本の「家庭」は、やれ箪笥だとか、長火鉢だとか、

(ざぶとんだとかいうものが、あるべきところにかならずなければいけなかったり、しゅじんとさいくん)

座布団だとか云う物が、あるべき所に必ずなければいけなかったり、主人と細君

(とげじょとのしごとがいやにきちんとわかれていたり、きんじょとなりやしんるいどうしのつきあいが)

と下女との仕事がいやにキチンと分れていたり、近所隣や親類同士の附き合いが

(うるさかったりするので、そのためによけいなにゅうひもかけるし、かんたんにすませること)

うるさかったりするので、その為めに余計な入費も懸るし、簡単に済ませること

など

(がはんざつになり、きゅうくつになるし、としのわかいさらりー・まんにはけっしてゆかいなこと)

が煩雑になり、窮屈になるし、年の若いサラリー・マンには決して愉快なこと

(でもなく、いいことでもありません。そのてんにおいてわたしのけいかくは、たしかにいっしゅ)

でもなく、いいことでもありません。その点に於いて私の計画は、たしかに一種

(のおもいつきだとしんじました。)

の思いつきだと信じました。

(わたしがなおみにこのことをはなしたのは、はじめてかのじょをしってからふたつきぐらい)

私がナオミにこのことを話したのは、始めて彼女を知ってから二た月ぐらい

(たったじぶんだったでしょう。そのあいだ、わたしはしじゅう、ひまさえあればかふええ・だいや)

立った時分だったでしょう。その間、私は始終、暇さえあればカフエエ・ダイヤ

(もんどへいって、できるだけかのじょにしたしむきかいをつくったものでした。なおみは)

モンドへ行って、出来るだけ彼女に親しむ機会を作ったものでした。ナオミは

(たいへんかつどうしゃしんがすきでしたから、こうきゅうびにはわたしといっしょにこうえんのかんをのぞきに)

大変活動写真が好きでしたから、公休日には私と一緒に公園の館を覗きに

(いったり、そのかえりにはちょっとしたようしょくやだの、そばやだのへよったり)

行ったり、その帰りにはちょっとした洋食屋だの、蕎麦屋だのへ寄ったり

(しました。むくちなかのじょはそんなばあいにもいたってことばかずがすくないほうで、うれしいの)

しました。無口な彼女はそんな場合にもいたって言葉数が少い方で、嬉しいの

(だかつまらないのだか、いつもたいがいはむっつりとしています。そのくせわたしがさそう)

だかつまらないのだか、いつも大概はむっつりとしています。そのくせ私が誘う

(ときは、けっして「いや」とはいいませんでした。「ええ、いってもいいわ」と、)

ときは、決して「いや」とは云いませんでした。「ええ、行ってもいいわ」と、

(すなおにこたえて、どこへでもついていくのでした。)

素直に答えて、何処へでも附いて行くのでした。

(いったいわたしをどういうにんげんとおもっているのか、どういうつもりでついてくるのか、)

一体私をどう云う人間と思っているのか、どう云うつもりで附いて来るのか、

(それはわかりませんでしたが、まだほんとうのこどもなので、かのじょは「おとこ」というもの)

それは分りませんでしたが、まだほんとうの子供なので、彼女は「男」と云う者

(にうたがいのめをむけようとしない。この「おじさん」はすきなかつどうへつれていって)

に疑いの眼を向けようとしない。この「伯父さん」は好きな活動へ連れて行って

(ときどきごちそうをしてくれるから、いっしょにあそびにいくのだというだけの、ごく)

ときどき御馳走をしてくれるから、一緒に遊びに行くのだと云うだけの、極く

(たんじゅんな、むじゃきなこころもちでいるのだろうと、わたしはそうぞうしていました。わたしにしたって)

単純な、無邪気な心持でいるのだろうと、私は想像していました。私にしたって

(まったくこどものおあいてになり、やさしいしんせつな「おじさん」となるいじょうのことは、)

全く子供のお相手になり、優しい親切な「伯父さん」となる以上のことは、

(とうじのかのじょにのぞみもしなければ、そぶりにもみせはしなかったのです。あのじぶん)

当時の彼女に望みもしなければ、素振りにも見せはしなかったのです。あの時分

(の、あわい、ゆめのようなつきひのことをかんがえだすと、おとぎばなしのせかいにでもすんでいた)

の、淡い、夢のような月日のことを考え出すと、お伽噺の世界にでも住んでいた

(ようで、もういちどああいうつみのないふたりになってみたいと、いまでもわたしはそう)

ようで、もう一度ああ云う罪のない二人になって見たいと、今でも私はそう

(おもわずにはいられません。)

思わずにはいられません。

(「どうだね、なおみちゃん、よくみえるかね?」)

「どうだね、ナオミちゃん、よく見えるかね?」

(と、かつどうごやがまんいんで、あいたせきがないときなど、うしろのほうにならんでたちながら)

と、活動小屋が満員で、空いた席がない時など、うしろの方に並んで立ちながら

(わたしはよくそんなふうにいったものです。するとなおみは、)

私はよくそんな風に云ったものです。するとナオミは、

(「いいえ、ちっともみえないわ」)

「いいえ、ちっとも見えないわ」

(といいながらいっしょうけんめいにせのびをして、まえのおきゃくのくびとくびのあいだからのぞこうとする)

と云いながら一生懸命に背伸びをして、前のお客の首と首の間から覗こうとする

(「そんなにしたってみえやしないよ。このきのうえへのっかって、わたしのかたに)

「そんなにしたって見えやしないよ。この木の上へ乗っかって、私の肩に

(つかまってごらん」)

掴まって御覧」

(そういってわたしは、かのじょをしたからおしあげてやって、たかいてすりのよこぎのうえへこしを)

そう云って私は、彼女を下から押し上げてやって、高い手すりの横木の上へ腰を

(かけさせる。かのじょはりょうあしをぶらんぶらんさせながら、かたてをわたしのかたにあてがって)

かけさせる。彼女は両足をぶらんぶらんさせながら、片手を私の肩にあてがって

(やっとまんぞくしたように、いきをこらしてえのほうをみつめる。)

やっと満足したように、息を凝らして絵の方を視つめる。

(「おもしろいかい?」)

「面白いかい?」

(といえば)

と云えば

(「おもしろいわ」)

「面白いわ」

(というだけで、てをたたいてゆかいがったり、とびあがってよろこんだりするような)

と云うだけで、手を叩いて愉快がったり、跳び上がって喜んだりするような

(ことはないのですが、かしこいいぬがとおいものおとをききすましているように、だまって、)

ことはないのですが、賢い犬が遠い物音を聞き澄ましているように、黙って、

(りこうそうなめをぱっちりひらいてけんぶつしているかおつきは、よほどしゃしんがすきなのだと)

悧巧そうな眼をパッチリ開いて見物している顔つきは、余程写真が好きなのだと

(うなずかれました。)

頷かれました。

(「なおみちゃん、おまえおはらがへってやしないか?」)

「ナオミちゃん、お前お腹が減ってやしないか?」

(そういっても、)

そう云っても、

(「いいえ、なんにもたべたくない」)

「いいえ、なんにも喰べたくない」

(ということもありますが、へっているときはえんりょなく「ええ」というのがとことわでした)

と云うこともありますが、減っている時は遠慮なく「ええ」と云うのが常でした

(そしてようしょくならようしょく、おそばならおそばと、たずねられればはっきりとたべたいもの)

そして洋食なら洋食、お蕎麦ならお蕎麦と、尋ねられればハッキリと喰べたい物

(をこたえました。)

を答えました。

(「なおみちゃん、おまえのかおはめりー・ぴくふぉーどににているね」)

二 「ナオミちゃん、お前の顔はメリー・ピクフォードに似ているね」

(と、いつのことでしたか、ちょうどそのじょゆうのえいがをみてから、かえりにとある)

と、いつのことでしたか、ちょうどその女優の映画を見てから、帰りにとある

(ようしょくやへよったばんに、それがわだいにあがったことがありました。)

洋食屋へ寄った晩に、それが話題に上がったことがありました。

(「そう」)

「そう」

(といって、かのじょはべつにうれしそうなひょうじょうもしないで、とつぜんそんなことを)

と云って、彼女は別にうれしそうな表情もしないで、突然そんなことを

(いいだしたわたしのかおをふしぎそうにみただけでしたが、)

云い出した私の顔を不思議そうに見ただけでしたが、

(「おまえはそうはおもわないかね」)

「お前はそうは思わないかね」

(と、かさねてきくと、)

と、重ねて聞くと、

(「にているかどうかわからないけれど、でもみんながわたしのことをあいのこみたい)

「似ているかどうか分らないけれど、でもみんなが私のことを混血児みたい

(だってそういうわよ」)

だってそう云うわよ」

(と、かのじょはわすましてこたえるのです。)

と、彼女は済まして答えるのです。

(「そりゃそうだろう、だいいちおまえのなまえからしてかわっているもの、なおみなんて)

「そりゃそうだろう、第一お前の名前からして変わっているもの、ナオミなんて

(はいからななまえを、だれがつけたんだね」)

ハイカラな名前を、誰がつけたんだね」

(「だれがつけたかしらないわ」)

「誰がつけたか知らないわ」

(「おとっつぁんかねおっかさんかね、」)

「お父つぁんかねおッ母さんかね、」

(「だれだか、」)

「誰だか、」

(「じゃあ、なおみちゃんのおとっつぁんはなんのしょうばいをしてるんだい」)

「じゃあ、ナオミちゃんのお父つぁんは何の商売をしてるんだい」

(「おとっつぁんはもういないの」)

「お父つぁんはもう居ないの」

(「おっかさんは?」)

「おッ母さんは?」

(「おっかさんはいるけれど、」)

「おッ母さんは居るけれど、」

(「じゃ、きょうだいは?」)

「じゃ、兄弟は?」

(「きょうだいはおおぜいあるわ、にいさんだの、ねえさんだの、いもうとだの、」)

「兄弟は大勢あるわ、兄さんだの、姉さんだの、妹だの、」

(それからあともこんなはなしはたびたびでたことがありますけれど、いつもかのじょは、)

それから後もこんな話はたびたび出たことがありますけれど、いつも彼女は、

(じぶんのかていのじじょうをきかれると、ちょっとふゆかいなかおつきをして、ことばをにごして)

自分の家庭の事情を聞かれると、ちょっと不愉快な顔つきをして、言葉を濁して

(しまうのでした。で、いっしょにあそびにいくときはたいがいまえのひにやくそくをして、きめた)

しまうのでした。で、一緒に遊びに行くときは大概前の日に約束をして、きめた

(じかんにこうえんのべんちとか、かんのんさまのおどうのまえとかでまちあわせることにしたもの)

時間に公園のベンチとか、観音様のお堂の前とかで待ち合わせることにしたもの

(ですが、かのじょはけっしてじかんをたがえたり、やくそくをすっぽかしたりしたことは)

ですが、彼女は決して時間を違えたり、約束をすっぽかしたりしたことは

(ありませんでした。なにかのつごうでわたしのほうがおくれたりして、「あんまりまたせ)

ありませんでした。何かの都合で私の方が遅れたりして、「あんまり待たせ

(すぎたから、もうかえってしまったかな」と、あんじながらいってみると、やはり)

過ぎたから、もう帰ってしまったかな」と、案じながら行って見ると、矢張

(きちんとそこにまっています。そしてわたしのすがたにきがつくと、ふいとたちあがって)

キチンと其処に待っています。そして私の姿に気が付くと、ふいと立ち上がって

(つかつかこっちへあるいてくるのです。)

つかつか此方へ歩いて来るのです。

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