『少年探偵団』江戸川乱歩7

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少年探偵団シリーズ第2作品『少年探偵団』
※分かりやすくする為、表記等を一部改変しております

○少年探偵団シリーズ第2作品『少年探偵団』
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問題文

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(おとうさまもおかあさまも、はじめくんのようすにぎょっと)

おとうさまもおかあさまも、始君の様子にギョッと

(なさって、いそいでとこのまのほうをごらんになり)

なさって、急いで床の間のほうをご覧になり

(ましたが、すると、おふたりのかおもはじめくんとおなじ)

ましたが、すると、お二人の顔も始君と同じ

(ような、おそろしいひょうじょうにかわってしまいました。)

ような、おそろしい表情に変わってしまいました。

(ごらんなさい。とこのまのわきのしょいんまどが、おともなくほそめに)

ご覧なさい。 床の間の脇の書院窓が、音もなく細めに

(ひらいたではありませんか。そして、そのすきまから、)

ひらいたではありませんか。そして、その隙間から、

(いっぽんのくろいてがにゅーっとつきだされたでは)

一本の黒い手がニューッとつきだされたでは

(ありませんか。「あ、いけない」とおもうまもなく、)

ありませんか。「あ、いけない」 と思うまもなく、

(そのては、ほうせきばこをわしづかみにしました。そして、)

その手は、宝石箱をわしづかみにしました。そして、

(くろいてはしずかに、またもとのしょうじのすきまからきえて)

黒い手は静かに、また元の障子の隙間から消えて

(いってしまいました。くろいまものは、だいたんふてきにも)

いってしまいました。黒い魔物は、大胆不敵にも

(さんにんのめのまえで、のろいのほうせきをうばいさったのです。)

三人の目の前で、呪いの宝石を奪い去ったのです。

(おとうさまもはじめくんも、あまりのふいうちに、すっかり)

おとうさまも始君も、あまりの不意打ちに、すっかり

(どぎもをぬかれてしまって、くろいてにとびかかるのは)

度肝を抜かれてしまって、黒い手にとびかかるのは

(おろか、たつことすらわすれて、ぼうぜんとして)

おろか、立つことすら忘れて、ぼうぜんとして

(いましたが、くろいてがひっこんでしまうと、やっと)

いましたが、黒い手が引っ込んでしまうと、やっと

(しょうきをとりもどしたように、まずおとうさまが、)

正気を取り戻したように、まずおとうさまが、

(「いまいくん、いまいくん、くせものだ。はやくきてくれ」と、)

「今井君、今井君、くせ者だ。早く来てくれ」 と、

(おおきなこえでひしょをおよびになりました。「あなた、)

大きな声で秘書をお呼びになりました。「あなた、

(みどりちゃんに、もしものことがあっては」)

緑ちゃんに、もしものことがあっては」

など

(おかあさまの、うわずったおこえです。「うん、)

おかあさまの、うわずったお声です。「ウン、

(おまえもおいで」おとうさまは、すぐさま)

おまえもおいで」 おとうさまは、すぐさま

(ふすまをひらいて、おかあさまといっしょに、みどりちゃんの)

ふすまをひらいて、おかあさまと一緒に、緑ちゃんの

(いる、へやにかけこんでいかれましたが、さいわい)

いる、部屋に駆け込んで行かれましたが、さいわい

(みどりちゃんにはなにごともありませんでした。いっぽう、)

緑ちゃんには何事もありませんでした。 一方、

(おとうさまのこえに、いそいでかけつけたひしょのいまいと、)

おとうさまの声に、急いで駆けつけた秘書の今井と、

(はじめくんは、ろうかのがらすどがいちまいあいたままになって)

始君は、廊下のガラス戸が一枚あいたままになって

(いましたので、そこからにわへとびおりて、くせものを)

いましたので、そこから庭へ飛び下りて、くせ者を

(ついせきしました。くろいまものは、ついめのまえをはしって)

追跡しました。 黒い魔物は、つい目の前を走って

(います。くらいにわのなかで、まっくろなやつをおうのです)

います。暗い庭の中で、真っ黒なやつを追うのです

(から、なかなかほねがおれましたが、さいわい、にわの)

から、なかなか骨が折れましたが、さいわい、庭の

(まわりは、とてものりこせないような、たかい)

まわりは、とても乗り越せないような、高い

(こんくりーとべいで、ぐるっととりかこまれています)

コンクリート塀で、グルッと取り囲まれています

(ので、くせものをへいぎわまでおいつめてしまえば、もう)

ので、くせ者を塀際まで追いつめてしまえば、もう

(こっちのものなのです。あんのじょう、くせものはへいに)

こっちのものなのです。 案の定、くせ者は塀に

(いきあたってとうわくしたらしく、ほうこうをかえて、)

行き当たって当惑したらしく、方向をかえて、

(へいのうちがわにそってはしりだしました。へいぎわには、)

塀の内側に沿って走りだしました。塀際には、

(せのたかいあおぎりだとか、ひくくしげっているつつじ)

背の高い青ギリだとか、低くしげっているツツジ

(だとか、いろいろなきがうえてあります。くせものは)

だとか、色々な木が植えてあります。くせ者は

(そのきぎをぬって、ひくいしげみはとびこえて、)

その木々をぬって、低いしげみは跳び越えて、

(かぜのようにはしっていきます。ところが、そうして)

風のように走っていきます。 ところが、そうして

(すこしはしっているあいだに、じつにふしぎなことがおこり)

少し走っているあいだに、実に不思議なことが起こり

(ました。くせもののくろいすがたが、ひとつのひくいしげみを)

ました。くせ者の黒い姿が、一つの低いしげみを

(とびこしたかとおもうと、まるでにんじゅつつかいのように、)

跳び越したかと思うと、まるで忍術使いのように、

(きえてしまったのです。はじめくんたちは、きっと)

消えてしまったのです。 始君たちは、きっと

(しげみのかげに、しゃがんでかくれているのだろうと)

しげみの陰に、しゃがんで隠れているのだろうと

(おもって、ようじんしながらちかづいていきましたが、)

思って、用心しながら近づいていきましたが、

(そこにはだれもいないことがわかりました。くせものは)

そこにはだれもいないことがわかりました。くせ者は

(じょうはつしてしまったとしかかんがえられません。しばらく)

蒸発してしまったとしか考えられません。 しばらく

(すると、でんわのしらせで、ふたりのおまわりさんが)

すると、電話の知らせで、二人のおまわりさんが

(やってきましたが、そのおまわりさんと、いえのものが)

やって来ましたが、そのおまわりさんと、家の者が

(てわけをして、かいちゅうでんとうのひかりでにわのすみずみまで)

手分けをして、懐中電灯の光で庭の隅々まで

(さがしたのですけれど、やっぱりあやしいひとかげははっけん)

探したのですけれど、やっぱりあやしい人影は発見

(できませんでした。むろん、ほうせきをとりもどすことも)

出来ませんでした。無論、宝石を取り戻すことも

(できなかったのです。これがいんどじんのまほう)

出来なかったのです。 これがインド人の魔法

(なのでしょうか。まほうでもなければ、こんなにみごとに)

なのでしょうか。魔法でもなければ、こんなに見事に

(きえてしまうことはできないでしょう。)

消えてしまうことはできないでしょう。

(どくしゃしょくんは、いつかのばん、しのざきはじめくんのともだちの)

読者諸君は、いつかの晩、篠崎始君の友だちの

(かつらしょういちくんが、ようげんじのぼちのなかで、くろいまものを)

桂正一君が、養源寺の墓地の中で、黒い魔物を

(みうしなったことをおぼえているでしょう。こんども、)

見失ったことを憶えているでしょう。今度も、

(あのときとまったくおなじだったのです。くせものは)

あのときとまったく同じだったのです。くせ者は

(おってのめのまえで、やすやすとすがたをけしてしまった)

追っ手の目の前で、やすやすと姿を消してしまった

(のです。ああ、いんどじんのまほう。いんどじんは、)

のです。 ああ、インド人の魔法。インド人は、

(はじめくんのおとうさまがおっしゃったように、ほんとうに)

始君のおとうさまがおっしゃったように、本当に

(そんなまじゅつがつかえるのでしょうか。もしかしたら、)

そんな魔術が使えるのでしょうか。もしかしたら、

(このあまりにてぎわのよいしょうしつには、なにかしらおもいも)

このあまりに手際のよい消失には、何かしら思いも

(よらないてじなのたねがあったのではないでしょうか。)

よらない手品の種があったのではないでしょうか。

(「ふたりのいんどじん」)

「二人のインド人」

(さわぎのうちにいちやがすぎて、そのよくじつはしのざきけの)

騒ぎのうちに一夜が過ぎて、その翌日は篠崎家の

(ないがいにありもとおさない、げんじゅうなけいかいがしかれ)

内外にアリも通さない、厳重な警戒がしかれ

(ました。みどりちゃんは、おくのへやにとじこめられ、)

ました。緑ちゃんは、奥の部屋にとじこめられ、

(しょうじをしめきって、おとうさまとおかあさまは、)

障子をしめきって、おとうさまとおかあさまは、

(もちろん、ふたりのひしょ、ばあや、ふたりのおてつだい)

もちろん、二人の秘書、ばあや、二人のお手伝い

(さんなどが、そのへやのないがいをかためました。)

さんなどが、その部屋の内外を固めました。

(じゅういくつのめが、かたときもわきみをしないでじっと、)

十いくつの目が、片時も脇見をしないでジッと、

(ちいさいみどりちゃんにそそがれていたのです。いえのそと)

小さい緑ちゃんにそそがれていたのです。家の外

(では、しょかつけいさつしょのしふくけいじがすうめい、もんぜんやへいの)

では、所轄警察署の私服刑事が数名、門前や塀の

(まわりをみはっています。じゅうぶんすぎるほどの)

まわりを見張っています。じゅうぶんすぎるほどの

(けいかいでした。しかし、おとうさまもおかあさまも、)

警戒でした。しかし、おとうさまもおかあさまも、

(まだあんしんができないのです。ゆうべのてなみでも)

まだ安心ができないのです。ゆうべの手並みでも

(わかるように、くせものはにんじゅつつかいのようなやつです)

わかるように、くせ者は忍術使いのようなやつです

(から、いくらけいかいしてもむだではないかとさえ)

から、いくら警戒しても無駄ではないかとさえ

(かんじられるのです。ひじょうなふあんのうちにときがたって、)

感じられるのです。非常な不安のうちに時がたって、

(やがてごごさんじをすこしすぎたころ、がっこうへいっていた)

やがて午後三時を少し過ぎた頃、学校へ行っていた

(はじめくんがいきおいよくかえってきました。「おとうさん、)

始君が勢いよく帰ってきました。「おとうさん、

(ただいま。みどりちゃんはだいじょうぶでしたか」「うん、)

ただいま。緑ちゃんは大丈夫でしたか」「ウン、

(こうして、きげんよくあそんでいるよ。だがおまえは、)

こうして、機嫌よく遊んでいるよ。だがおまえは、

(いつもより、ひどくおそかったじゃないか」)

いつもより、ひどく遅かったじゃないか」

(おとうさまが、ふしんらしくおたずねになりました。)

おとうさまが、不審らしくおたずねになりました。

(「ええ、それにはわけがあるんです。ぼく、がっこうが)

「ええ、それには訳があるんです。ぼく、学校が

(おわってから、あけちせんせいのところへいってきたんです」)

終わってから、明智先生の所へ行ってきたんです」

(「ああ、そうだったか。で、せんせいにおあいできたか」)

「ああ、そうだったか。で、先生にお会いできたか」

(「それがだめなんです。せんせいはりょこうしていたんです。)

「それがダメなんです。先生は旅行していたんです。

(どっかえんぽうのじけんなんですって。でね、こばやしさんに)

どっか遠方の事件なんですって。でね、小林さんに

(そうだんしたんですよ。そうするとね、あのひとやっぱり)

相談したんですよ。そうするとね、あの人やっぱり

(あたまがいいや。うまいことかんがえだしてくれましたよ。)

頭がいいや。うまいこと考えだしてくれましたよ。

(おとうさん、どんなかんがえだとおもいますか」)

おとうさん、どんな考えだと思いますか」

(はじめくんはとくいげでした。「さあ、おとうさんには)

始君は得意気でした。「さあ、おとうさんには

(わからないね。はなしてごらん」「じゃ、はなします)

わからないね。話してごらん」「じゃ、話します

(からね。おとうさん、みみをかしてください」)

からね。おとうさん、耳を貸してください」

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