駆込み訴え3

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プレイ回数417難易度(3.8) 1885打 長文 かな
太宰治の短編小説、駆け込み訴えです。

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問題文

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(わたしはあのひとをあいしている。)

私はあの人を愛している。

(あのひとがしねば、わたしもいっしょにしぬのだ。)

あの人が死ねば、私も一緒に死ぬのだ。

(あのひとは、だれのものでもない。わたしのものだ。)

あの人は、誰のものでもない。私のものだ。

(あのひとをたにんにてわたすくらいなら、てわたすまえに、わたしはあのひとをころしてあげる。)

あの人を他人に手渡すくらいなら、手渡すまえに、私はあの人を殺してあげる。

(ちちをすて、ははをすて、うまれたとちをすてて、)

父を捨て、母を捨て、生れた土地を捨てて、

(わたしはきょうまで、あのひとについてあるいてきたのだ。)

私はきょう迄、あの人について歩いて来たのだ。

(わたしはてんごくをしんじない。)

私は天国を信じない。

(かみもしんじない。あのひとのふっかつもしんじない。)

神も信じない。あの人の復活も信じない。

(なんであのひとが、いすらえるのおうなものか。)

なんであの人が、イスラエルの王なものか。

(ばかなでしどもは、あのひとをかみのみこだとしんじていて、)

馬鹿な弟子どもは、あの人を神の御子だと信じていて、

(そうしてかみのくにのふくいんとかいうものを、あのひとからつたえきいては、)

そうして神の国の福音とかいうものを、あの人から伝え聞いては、

(あさましくも、きんきじゃくやくしている。)

浅間しくも、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)している。

(いまにがっかりするのが、わたしにはわかっています。)

今にがっかりするのが、私にはわかっています。

(おのれをたこうするものはひくうせられ、)

おのれを高うする者は卑(ひく)うせられ、

(おのれをひくうするものはたこうせられると、あのひとはやくそくなさったが、)

おのれを卑うする者は高うせられると、あの人は約束なさったが、

(よのなか、そんなにあまくいってたまるものか。)

世の中、そんなに甘くいってたまるものか。

(あのひとはうそつきだ。いうこということ、いちからじゅうまででたらめだ。)

あの人は嘘つきだ。言うこと言うこと、一から十まで出鱈目だ。

(わたしはてんでしんじていない。)

私はてんで信じていない。

(けれどもわたしは、あのひとのうつくしさだけはしんじている。)

けれども私は、あの人の美しさだけは信じている。

(あんなうつくしいひとはこのよにない。)

あんな美しい人はこの世に無い。

など

(わたしはあのひとのうつくしさを、じゅんすいにあいしている。それだけだ。)

私はあの人の美しさを、純粋に愛している。それだけだ。

(わたしは、なんのほうしゅうもかんがえていない。)

私は、なんの報酬も考えていない。

(あのひとについてあるいて、やがててんごくがちかづき、)

あの人について歩いて、やがて天国が近づき、

(そのときこそは、あっぱれうだいじん、さだいじんになってやろうなどと、)

その時こそは、あっぱれ右大臣、左大臣になってやろうなどと、

(そんなさもしいこんじょうはもっていない。)

そんなさもしい根性は持っていない。

(わたしは、ただ、あのひとからはなれたくないのだ。)

私は、ただ、あの人から離れたくないのだ。

(ただ、あのひとのそばにいて、あのひとのこえをきき、)

ただ、あの人の傍にいて、あの人の声を聞き、

(あのひとのすがたをながめていればそれでよいのだ。)

あの人の姿を眺めて居ればそれでよいのだ。

(そうして、できればあのひとにせっきょうなどをよしてもらい、)

そうして、出来ればあの人に説教などを止してもらい、

(わたしとたったふたりきりでいっしょうながくいきていてもらいたいのだ。)

私とたった二人きりで一生永く生きていてもらいたいのだ。

(あああ、そうなったら!)

あああ、そうなったら!

(わたしはどんなにしあわせだろう。)

私はどんなに仕合せだろう。

(わたしはいまの、この、げんせのよろこびだけをしんじる。)

私は今の、此の、現世の喜びだけを信じる。

(つぎのよのしんぱんなど、わたしはすこしもおそれていない。)

次の世の審判など、私は少しも怖れていない。

(あのひとは、わたしのこのむほうしゅうの、じゅんすいのあいじょうを、)

あの人は、私の此の無報酬の、純粋の愛情を、

(どうしてうけとってくださらぬのか。)

どうして受け取って下さらぬのか。

(ああ、あのひとをころしてください。だんなさま。)

ああ、あの人を殺して下さい。旦那さま。

(わたしはあのひとのいどころをしっております。ごあんないもうしあげます。)

私はあの人の居所を知って居ります。御案内申し上げます。

(あのひとはわたしをいやしめ、ぞうおしております。)

あの人は私を賤しめ、憎悪して居ります。

(わたしは、きらわれております。)

私は、きらわれて居ります。

(わたしはあのひとや、でしたちのぱんのおせわをもうし、)

私はあの人や、弟子たちのパンのお世話を申し、

(ひびのきかつからすくってあげているのに、)

日日の飢渇から救ってあげているのに、

(どうしてわたしを、あんなにいじわるくけいべつするのでしょう。)

どうして私を、あんなに意地悪く軽蔑するのでしょう。

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