夜長姫と耳男9

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プレイ回数9難易度(4.0) 2391打 長文
坂口安吾の小説です。青空文庫から引用
底本:「坂口安吾全集 12」筑摩書房
   1999(平成11)年1月20日初版第1刷発行
底本の親本:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
初出:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
入力:砂場清隆
校正:田中敬三
2006年2月21日作成
青空文庫作成ファイル

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問題文

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(「みみおをつれてまいりました」)

「耳男をつれて参りました」

(あなまろがしつないにむかっておおごえでさけんだ。)

アナマロが室内に向って大声で叫んだ。

(するとすだれのむこうにけはいがあって、ちゃくせきしたちょうじゃがいった。)

するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。

(「あなまろはあるか」「これにおります」)

「アナマロはあるか」「これにおります」

(「みみおにさたをもうしつたえよ」「かしこまりました」)

「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」

(あなまろはおれをにらみつけて、つぎのようにもうしわたした。)

アナマロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。

(「とうけのおんなどれいがみみおのかたみみをそぎおとしたときこえては、)

「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、

(ひだのたくみいちどうにも、ひだのくにびといちどうにももうしわけがたたない。)

ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。

(よってえなこをしざいにしょするが、)

よってエナコを死罪に処するが、

(みみおがあだをうけたとうにんだから、みみおのおのでくびをうたせる。みみお、うて」)

耳男が仇をうけた当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」

(おれはこれをきいて、えなこがおれをかたきのようににらむのはどうりとおもった。)

オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。

(このうたがいがはれてしまえば、あとはきにかかるものもない。)

この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。

(おれはいってやった。)

オレは云ってやった。

(「ごしんせつはいたみいるが、それにはおよびますまい」「うてぬか」)

「御親切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」

(おれはすっくとたってみせた。)

オレはスックと立ってみせた。

(おのをとってずかずかとすすみ、)

斧をとってズカズカと進み、

(えなこのちょくぜんでひとにらみ、すごみをきかせてにらみつけてやった。)

エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。

(えなこのうしろへまわると、おのをあててなわをぶつぶつきった。)

エナコの後へまわると、斧を当てて縄をブツブツ切った。

(そして、もとのざへさっさともどってきた。)

そして、元の座へさッさと戻ってきた。

(おれはわざとなにもいわなかった。)

オレはわざと何も言わなかった。

など

(あなまろがわらっていった。)

アナマロが笑って云った。

(「えなこのしにくびよりもいきくびがほしいか」)

「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」

(これをきくとおれのかおにちがのぼった。)

これをきくとオレの顔に血がのぼった。

(「たわけたことを。むしけらどうぜんのはたおりおんなに)

「たわけたことを。虫ケラ同然のハタ織女に

(ひだのみみおはてんではなもひっかけやしねえや。)

ヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。

(とうごくのもりにすむむしけらにみみをかまれただけだとおもえば)

東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば

(はらもたたないどうりじゃないか。)

腹も立たない道理じゃないか。

(むしけらのしにくびもいきくびもほしかあねえや」こうわめいてやったが、)

虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」こう喚いてやったが、

(かおがまっかにそまりあせがいっときにあふれでたのは、)

顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、

(おれのこころをうらぎるものであった。)

オレの心を裏切るものであった。

(かおがあかくそまってあせがあふれでたのは、)

顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、

(このおんなのいきくびがほしいしたごころのせいではなかった。)

この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。

(おれをにくむわけがあるとはおもわれぬのに)

オレを憎むワケがあるとは思われぬのに

(おんながおれをかたきのようににらんでいるから、)

女がオレを仇のように睨んでいるから、

(さてはおれがおんなをわがものにしたいしたごころでもあるとみて)

さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て

(のろっているのだなとかんがえた。)

咒っているのだなと考えた。

(そして、ばかなやつめ。きさまをつれてかえれといわれても、)

そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、

(かたにおちたけむしのようにはらいおとしてかえるだけだとかんがえていた。)

肩に落ちた毛虫のように払い落して帰るだけだと考えていた。

(ありもせぬしたごころをうたぐられてはめいわくだと)

有りもせぬ下心を疑られては迷惑だと

(かねてはなはだきにかけていたことを、)

かねて甚だ気にかけていたことを、

(おもいもよらずあなまろのくちからきいたから、)

思いもよらずアナマロの口からきいたから、

(おれはきょをつかれて、うろたえてしまったのだ。)

オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。

(いちどうろたえてしまうと、)

一度うろたえてしまうと、

(それをはじたりきにやんだりして、おれのかおはますますあつくもえ、)

それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、

(あせはたきのごとくにわきながれるのはいつものれいであった。)

汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。

(「こまったことだ。ざんねんなことだ。)

「こまったことだ。残念なことだ。

(こんなにあせをびっしょりかいてあわててしまえば、)

こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、

(まるでおれのしたごころがたしかにそうだと)

まるでオレの下心がたしかにそうだと

(はくじょうしているようにおもわれてしまうばかりだ」)

白状しているように思われてしまうばかりだ」

(こうかんがえて、おれはますますうろたえた。)

こう考えて、オレは益々うろたえた。

(ひたいからあせのたまがぽたぽたとしたたりおちて、)

額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、

(いつやむきしょくもなくなってしまった。)

いつやむ気色もなくなってしまった。

(おれはかんねんしてめをとじた。)

オレは観念して目を閉じた。

(おれにとってこのせきめんとあせは)

オレにとってこの赤面と汗は

(まともにていこうしがたいたいてきであった。)

マトモに抵抗しがたい大敵であった。

(かんねんのめをとじてつとめてむしんにふけるいがいに)

観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に

(あせのあまだれをくいとめるしゅだんがなかった。)

汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。

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