夜長姫と耳男11
1999(平成11)年1月20日初版第1刷発行
底本の親本:「新潮 第四九巻第六号」
1952(昭和27)年6月1日発行
初出:「新潮 第四九巻第六号」
1952(昭和27)年6月1日発行
入力:砂場清隆
校正:田中敬三
2006年2月21日作成
青空文庫作成ファイル
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
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1 | Par8 | 4134 | C | 4.1 | 98.8% | 783.1 | 3275 | 37 | 80 | 2024/11/08 |
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問題文
(それからのあしかけさんねんというものは、おれのたたかいのれきしであった。)
それからの足かけ三年というものは、オレの戦いの歴史であった。
(おれはこやにとじこもってのみをふるっていただけだが、)
オレは小屋にとじこもってノミをふるッていただけだが、
(おれがのみをふるうちからは、)
オレがノミをふるう力は、
(おれのめにのこるひめのえがおにおされつづけていた。)
オレの目に残るヒメの笑顔に押されつづけていた。
(おれはそれをおしかえすためにひっしにたたかわなければならなかった。)
オレはそれを押し返すために必死に戦わなければならなかった。
(おれがひめにしぜんにみとれてしまったことは、)
オレがヒメに自然に見とれてしまったことは、
(おれがどのようにあがいてもしょせんかちみがないようにおもわれたが、)
オレがどのようにあがいても所詮勝味がないように思われたが、
(おれはぜがひでもおしかえして、)
オレは是が非でも押し返して、
(おそろしいもののけのぞうをつくらなければとあせった。)
怖ろしいモノノケの像をつくらなければとあせった。
(おれはひるむこころがおこったときみずをあびることをおもいついた。)
オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。
(じゅっぱいにじゅっぱいときがとおくなるほどみずをあびた。)
十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。
(また、ごまをたくことからおもいついて、おれはまつやにをいぶした。)
また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。
(またあしのうらのつちふまずにひをあててやいた。)
また足のウラの土フマズに火を当てて焼いた。
(それらはすべておれのこころをふるいおこして、)
それらはすべてオレの心をふるい起して、
(おそいかかるようにしごとにはげむためであった。)
襲いかかるように仕事にはげむためであった。
(おれのこやのまわりはじめじめしたくさむらで)
オレの小屋のまわりはジメジメした草むらで
(むすうのへびのすみかだから、)
無数の蛇の棲み家だから、
(こやのなかにもへびはえんりょなくもぐりこんできたが、)
小屋の中にも蛇は遠慮なくもぐりこんできたが、
(おれはそれをひっさいていきちをのんだ。)
オレはそれをひッさいて生き血をのんだ。
(そしてへびのしたいをてんじょうからつるした。)
そして蛇の死体を天井から吊るした。
(へびのおんりょうがおれにのりうつり、)
蛇の怨霊がオレにのりうつり、
(またしごとにものりうつれとおれはねんじた。)
また仕事にものりうつれとオレは念じた。
(おれはこころのひるむたびにくさむらにでてへびをとり、)
オレは心のひるむたびに草むらにでて蛇をとり、
(ひっさいていきちをしぼり、ひといきにあおって、)
ひッさいて生き血をしぼり、一息に呷って、
(のこるのをつくりかけのもののけのぞうにしたたらせた。)
のこるのを造りかけのモノノケの像にしたたらせた。
(ひにななひき、またじゅっぴきととったから、)
日に七匹、また十匹ととったから、
(いちげをおわらぬうちに、こやのまわりのくさむらのへびはたえてしまった。)
一夏を終らぬうちに、小屋のまわりの草むらの蛇は絶えてしまった。
(おれはやまにはいってひにひとふくろのへびをとった。)
オレは山に入って日に一袋の蛇をとった。
(こやのてんじょうはつるしたへびのしたいでいっぱいになった。)
小屋の天井は吊るした蛇の死体で一パイになった。
(うじがたかり、むんむんとしゅうきがたちこめ、)
ウジがたかり、ムンムンと臭気がたちこめ、
(かぜにゆれ、ふゆがくるとかさかさとかぜになった。)
風にゆれ、冬がくるとカサカサと風に鳴った。
(つるしたへびがいっせいにおそいかかってくるようなまぼろしをみると、)
吊るした蛇がいッせいに襲いかかってくるような幻を見ると、
(おれはかえってちからがわいた。)
オレはかえって力がわいた。
(へびのおんりょうがおれにこもって、)
蛇の怨霊がオレにこもって、
(おれがへびのけしんとなってうまれかわったきがしたからだ。)
オレが蛇の化身となって生れ変った気がしたからだ。
(そして、こうしなければ、)
そして、こうしなければ、
(おれはしごとをつづけることができなかったのだ。)
オレは仕事をつづけることができなかったのだ。
(おれはひめのえがおをおしかえすほどちからのこもったもののけのすがたを)
オレはヒメの笑顔を押し返すほど力のこもったモノノケの姿を
(つくりだすじしんがなかったのだ。)
造りだす自信がなかったのだ。
(おれのちからだけではたりないことをさとっていた。)
オレの力だけでは足りないことをさとっていた。
(それとたたかうくるしさに、)
それと戦う苦しさに、
(いっそきがちがってしまえばよいとおもったほどだ。)
いッそ気が違ってしまえばよいと思ったほどだ。
(おれのこころがひめにとりつくおんりょうになればよいとねんじもした。)
オレの心がヒメにとりつく怨霊になればよいと念じもした。
(しかし、しごとのきゅうしょにきざみかかると、)
しかし、仕事の急所に刻みかかると、
(かならずいちどはひめのえがおにおされているおれのひるみにきがついた。)
必ず一度はヒメの笑顔に押されているオレのヒルミに気がついた。
(さんねんめのはるがきたとき、)
三年目の春がきたとき、
(しちぶどおりできあがってしあげのきゅうしょにかかっていたから、)
七分通りできあがって仕上げの急所にかかっていたから、
(おれはへびのいきちにうえていた。)
オレは蛇の生き血に飢えていた。
(おれはやまにわけこんでうさぎやたぬきやしかをとり、)
オレは山にわけこんで兎や狸や鹿をとり、
(むねをさいていきちをしぼり、はらわたをまきちらした。)
胸をさいて生き血をしぼり、ハラワタをまきちらした。
(くびをきりおとして、そのちをぞうにしたたらせた。)
クビを斬り落して、その血を像にしたたらせた。
(「ちをすえ。)
「血を吸え。
(そして、ひめのじゅうろくのしょうがつにいのちがやどっていきものになれ。)
そして、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。
(ひとをころしていきちをすうおにとなれ」)
人を殺して生き血を吸う鬼となれ」
(それはみみのながいなにものかのかおであるが、)
それは耳の長い何ものかの顔であるが、
(もののけだか、まじんだか、しにがみだか、おにだか、おんりょうだか、)
モノノケだか、魔神だか、死神だか、鬼だか、怨霊だか、
(おれにもえたいがしれなかった。)
オレにも得体が知れなかった。
(おれはただひめのえがおをおしかえすだけの)
オレはただヒメの笑顔を押し返すだけの
(ちからのこもったおそろしいものでありさえすればまんぞくだった。)
力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足だった。
(あきのなかごろにちいさがまがしごとをおえた。)
秋の中ごろにチイサ釜が仕事を終えた。
(またあきのおわりにはあおがさもしごとをおえた。)
また秋の終りには青ガサも仕事を終えた。
(おれはふゆになって、ようやくぞうをつくりおえた。)
オレは冬になって、ようやく像を造り終えた。
(しかし、それをおさめるずしにはまだてをつけていなかった。)
しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。
(ずしのかたちやもようはひめのちょうどにふさわしい)
ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい
(かわいいものにかぎるとおもった。)
可愛いものに限ると思った。
(とびらをひらくとあらわれるぞうのすごみをひきたてるには、)
扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、
(あくまでかれんなようしきにかぎる。)
あくまで可憐な様式にかぎる。
(おれはのこされたみじかいにっすうのあいだ)
オレはのこされた短い日数のあいだ
(しんしょくもわすれがちにずしにかかった。)
寝食も忘れがちにズシにかかった。
(そしてぎりぎりのおおみそかのよるまでかかって、)
そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、
(ともかくしあげることができた。)
ともかく仕上げることができた。
(てのこんださいくはできなかったが、)
手のこんだ細工はできなかったが、
(とびらにはかるくかちょうをあしらった。)
扉には軽く花鳥をあしらった。
(ごうしゃでもかびでもないが、)
豪奢でも華美でもないが、
(そぼくなところにむしろきひんがやどったようにおもった。)
素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。
(しんやにひとでをかりてはこびだして、)
深夜に人手をかりて運びだして、
(ちいさがまとあおがさのさくひんのよこへおれのものをならべた。)
チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。
(おれはとにかくまんぞくだった。)
オレはとにかく満足だった。
(おれはこやへもどると、けがわをひっかぶって、)
オレは小屋へ戻ると、毛皮をひッかぶって、
(ちていへひきずりこまれるようにねむりこけた。)
地底へひきずりこまれるように眠りこけた。