夜長姫と耳男13

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坂口安吾の小説です。青空文庫から引用
底本:「坂口安吾全集 12」筑摩書房
   1999(平成11)年1月20日初版第1刷発行
底本の親本:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
初出:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
入力:砂場清隆
校正:田中敬三
2006年2月21日作成
青空文庫作成ファイル
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
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問題文

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(おれはひめのむじゃきなえがおが)

オレはヒメの無邪気な笑顔が

(どのようなものであるかをおもいしることができた。)

どのようなものであるかを思い知ることができた。

(えなこがおれのみみをきりおとすのを)

エナコがオレの耳を斬り落すのを

(ながめていたのもこのえがおだし、)

眺めていたのもこの笑顔だし、

(おれのこやのてんじょうからぶらさがったむすうのへびを)

オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を

(ながめていたのもこのえがおだ。)

眺めていたのもこの笑顔だ。

(おれのみみをきりおとせとえなこにめいじたのもこのえがおであるが、)

オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの笑顔であるが、

(えなこのくびをおれのおのできりおとせとさたのでたのも、)

エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、

(じつはこのえがおがそれをみたいとおもったからにそういない。)

実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。

(あのとき、あなまろがはやくここをにげよとおれにすすめて、)

あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、

(ちょうじゃもないないおれがここからにげることをのぞんでおられるといったが、)

長者も内々オレがここから逃げることを望んでおられると言ったが、

(まさしくおもいあたることばである。)

まさしく思い当る言葉である。

(このえがおにたいしては、ちょうじゃもほどこすすべがないのであろう。)

この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。

(むりもないとおれはおもった。)

ムリもないとオレは思った。

(ひとのいわうがんじつに、ためらういろもなく)

人の祝う元日に、ためらう色もなく

(わがやのいちぐうにひをかけたこのえがおは、)

わが家の一隅に火をかけたこの笑顔は、

(じごくのひもおそれなければ、ちのいけもおそれることがなかろう。)

地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。

(ましておれがつくったばけものなぞは、)

ましてオレが造ったバケモノなぞは、

(このえがおがななつやっつのころのままごとどうぐのたぐいであろう。)

この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。

(「めずらしいみろくのぞうをありがとう。)

「珍しいミロクの像をありがとう。

など

(ほかのもののひゃくそうばい、せんそうばいも、きにいりました」)

他のものの百層倍、千層倍も、気に入りました」

(というひめのことばをおもいだすと、)

というヒメの言葉を思いだすと、

(おれはそのおそろしさにぞっとすくんだ。)

オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。

(おれのつくったあのばけものになんのすごみがあるものか。)

オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。

(ひとのこころをしんからこおらせるまことのちからはひとつもこもっていないのだ。)

人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこもっていないのだ。

(ほんとうにおそろしいのは、このえがおだ。)

本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。

(このえがおこそはいきたまじんもおんりょうもおよびがたい)

この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい

(しんにおそろしいゆいいつのものであろう。)

真に怖ろしい唯一の物であろう。

(おれはいまにいたってようやくこのえがおのなんたるかをさとったが、)

オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、

(さんねんかんのしごとのあいだ、おそろしいものをつくろうとして)

三年間の仕事の間、怖ろしい物を造ろうとして

(いつもひめのえがおにおされていたおれは、)

いつもヒメの笑顔に押されていたオレは、

(わからぬながらもこころのいちぶにそれをかんじていたのかもしれない。)

分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。

(しんにおそろしいものをつくるためなら、)

真に怖ろしいものを造るためなら、

(このえがおにおされるのはあたりまえのはなしであろう。)

この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。

(しんにおそろしいものは、このえがおにまさるものはないのだから。)

真に怖ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。

(こんじょうのおもいでに、このえがおをきざみのこしてころされたいとおれはかんがえた。)

今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいとオレは考えた。

(おれにとっては、ひめがおれをころすことはもはやうたがうよちがなかった。)

オレにとっては、ヒメがオレを殺すことはもはや疑う余地がなかった。

(それも、きょう、ふろからあがって)

それも、今日、風呂からあがって

(おくのまへみちびかれてそうそうにひめはおれをころすであろう。)

奥の間へみちびかれて匆々にヒメはオレを殺すであろう。

(へびのようにおれをさいてさかさにつるすかもしれないとおもった。)

蛇のようにオレを裂いて逆さに吊すかも知れないと思った。

(そうおもうときょうふにいきのねがとまりかけて、)

そう思うと恐怖に息の根がとまりかけて、

(おれはおもわずひっしにがっしょうのいちねんであったが、)

オレは思わず必死に合掌の一念であったが、

(しんになきもだえてがっしょうしたところで、)

真に泣き悶えて合掌したところで、

(あのえがおがなにをうけつけてくれるものでもあるまい。)

あの笑顔が何を受けつけてくれるものでもあるまい。

(このうんめいをきりぬけるには、)

この運命をきりぬけるには、

(ともかくこのひとつのほうほうがあるだけだとおれはかんがえた。)

ともかくこの一ツの方法があるだけだとオレは考えた。

(それはおれのたくみとしてのひっしのがんぼうにもかなっていた。)

それはオレのタクミとしての必死の願望にもかなっていた。

(とにかくひめにたのんでみようとおれはおもった。)

とにかくヒメに頼んでみようとオレは思った。

(そして、こうこころがきまると、)

そして、こう心がきまると、

(おれはようやくふろからあがることができた。)

オレはようやく風呂からあがることができた。

(おれはおくのまへみちびかれた。)

オレは奥の間へみちびかれた。

(ちょうじゃがひめをしたがえてあらわれた。)

長者がヒメをしたがえて現れた。

(おれはあいさつももどかしく、ひたいをしたにすりつけて、ひっしにさけんだ。)

オレは挨拶ももどかしく、ヒタイを下にすりつけて、必死に叫んだ。

(おれはかおをあげるちからがなかったのだ。)

オレは顔をあげる力がなかったのだ。

(「こんじょうのおねがいでございます。)

「今生のお願いでございます。

(おひめさまのおかおおすがたをきざませてくださいませ。)

お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。

(それをきざみのこせば、あとはいつしのうともくいはございません」)

それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔いはございません」

(いがいにもあっさりとちょうじゃのへんとうがあった。)

意外にもアッサリと長者の返答があった。

(「ひめがそれにどういなら、ねがってもないことだ。)

「ヒメがそれに同意なら、願ってもないことだ。

(ひめよ。いぞんはないか」)

ヒメよ。異存はないか」

(それにこたえたひめのことばもあっさりと、これまたいがいせんばんであった。)

それに答えたヒメの言葉もアッサリと、これまた意外千万であった。

(「わたしがみみおにそれをたのむつもりでしたの。)

「私が耳男にそれを頼むつもりでしたの。

(みみおがのぞむならもうしぶんございません」)

耳男が望むなら申分ございません」

(「それは、よかった」)

「それは、よかった」

(ちょうじゃはたいそうよろこんでおもわずおおごえでさけんだが、)

長者は大そう喜んで思わず大声で叫んだが、

(おれにむかって、やさしくいった。)

オレに向って、やさしく云った。

(「みみおよ。かおをあげよ。さんねんのあいだ、ごくろうだった。)

「耳男よ。顔をあげよ。三年の間、御苦労だった。

(おまえのみろくはひにくのさくだが、ほりのきはく、ぼんしゅのさくではない。)

お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。

(ことのほかひめがきにいったようだから、)

ことのほかヒメが気に入ったようだから、

(それだけでおれはまんぞくのほかにつけくわえることばはない。)

それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。

(よく、やってくれた」)

よく、やってくれた」

(ちょうじゃとひめはおれにかずかずのひきでものをくれた。)

長者とヒメはオレに数々のヒキデモノをくれた。

(そのとき、ちょうじゃがつけくわえて、いった。)

そのとき、長者がつけ加えて、言った。

(「ひめのきにいったぞうをつくったものにはえなこをあたえるとやくそくしたが、)

「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、

(えなこはしんでしまったから、)

エナコは死んでしまったから、

(このやくそくだけははたしてやれなくなったのがざんねんだ」)

この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」

(すると、それをひきとって、ひめがいった。)

すると、それをひきとって、ヒメが言った。

(「えなこはみみおのみみをきりおとしたかいけんでのどをついてしんでいたのよ。)

「エナコは耳男の耳を斬り落した懐剣でノドをついて死んでいたのよ。

(ちにそまったえなこのきものはみみおがいましたぎにして)

血にそまったエナコの着物は耳男がいま下着にして

(みにつけているのがそれよ。みがわりにきせてあげるために、)

身につけているのがそれよ。身代りに着せてあげるために、

(おとこものにしたてなおしておいたのです」)

男物に仕立て直しておいたのです」

(おれはもうこれしきのことではおどろかなくなっていたが、)

オレはもうこれしきのことでは驚かなくなっていたが、

(ちょうじゃのかおがあおざめた。)

長者の顔が蒼ざめた。

(ひめはにこにことおれをみつめていた。)

ヒメはニコニコとオレを見つめていた。

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