紫式部 源氏物語 夕顔 11 與謝野晶子訳

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2 ヤス 7364 7.7 95.7% 537.7 4145 185 61 2024/12/21
3 kkk 6649 S+ 7.0 94.3% 587.4 4157 251 61 2024/11/19
4 だだんどん 6352 S 6.8 93.2% 601.2 4117 298 61 2024/11/10
5 baru 3914 D++ 4.3 90.9% 958.0 4163 413 61 2024/11/21

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問題文

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(「どうしたのだ。きちがいじみたこわがりようだ。こんなあれたいえなどと)

「どうしたのだ。気違いじみたこわがりようだ。こんな荒れた家などと

(いうものは、きつねなどがひとをおどしてこわがらせるのだよ。わたくしがおれば)

いうものは、狐などが人をおどしてこわがらせるのだよ。私がおれば

(そんなものにおどかされはしないよ」 といって、げんじはうこんをひきおこした。)

そんなものにおどかされはしないよ」 と言って、源氏は右近を引き起こした。

(「とてもきもちがわるうございますのでしたをむいておりました。おくさまはどんな)

「とても気持ちが悪うございますので下を向いておりました。奥様はどんな

(おきもちでいらっしゃいますことでしょう」 「そうだ、なぜこんなに)

お気持ちでいらっしゃいますことでしょう」 「そうだ、なぜこんなに

(ばかりして」 といって、てでさぐるとゆうがおはいきもしていない。うごかしてみても)

ばかりして」 と言って、手で探ると夕顔は息もしていない。動かしてみても

(なよなよとしてきをうしなっているふうであったから、わかわかしいよわいひとで)

なよなよとして気を失っているふうであったから、若々しい弱い人で

(あったから、なにかのもののけにこうされているのであろうとおもうと、げんじは)

あったから、何かの物怪にこうされているのであろうと思うと、源氏は

(たんそくされるばかりであった。ろうそくのあかりがきた。うこんにはたっていくだけのちからが)

歎息されるばかりであった。蝋燭の明りが来た。右近には立って行くだけの力が

(ありそうもないので、ねやにちかいきちょうをひきよせてから、 「もっとこちらへ)

ありそうもないので、閨に近い几帳を引き寄せてから、 「もっとこちらへ

(もってこい」 とげんじはいった。しゅくんのしんしつのなかへはいるというまったくそんな)

持って来い」 と源氏は言った。主君の寝室の中へはいるというまったくそんな

(こうどうをしたことがないたきぐちはざしきのじょうだんになったところへもようこない。)

行動をしたことがない滝口は座敷の上段になった所へもよう来ない。

(「もっとちかくへもってこないか。どんなこともばしょによることだ」)

「もっと近くへ持って来ないか。どんなことも場所によることだ」

(ひをちかくへとってみると、このねやのまくらのちかくにげんじがゆめでみたとおりの)

灯を近くへ取って見ると、この閨の枕の近くに源氏が夢で見たとおりの

(ようぼうをしたおんながみえて、そしてすっときえてしまった。むかしのしょうせつなどには)

容貌をした女が見えて、そしてすっと消えてしまった。昔の小説などには

(こんなこともかいてあるが、じっさいにあるとはとおもうとげんじはおそろしくて)

こんなことも書いてあるが、実際にあるとはと思うと源氏は恐ろしくて

(ならないが、こいびとはどうなったかというふあんがさきにたって、じしんが)

ならないが、恋人はどうなったかという不安が先に立って、自身が

(どうされるだろうかというおそれはそれほどなくてよこへねて、 「ちょいと」)

どうされるだろうかという恐れはそれほどなくて横へ寝て、 「ちょいと」

(といってぶきみなねむりからさまさせようとするが、ゆうがおのからだは)

と言って不気味な眠りからさまさせようとするが、夕顔のからだは

(ひえはてていて、いきはまったくたえているのである。たよりにできるそうだんあいても)

冷えはてていて、息はまったく絶えているのである。頼りにできる相談相手も

など

(ない。ぼうさまなどはこんなときのちからになるものであるがそんなひともむろんここには)

ない。坊様などはこんな時の力になるものであるがそんな人もむろんここには

(いない。うこんにたいしてつよがってなにかといったげんじだったが、わかいこのひとは、)

いない。右近に対して強がって何かと言った源氏だったが、若いこの人は、

(こいびとのしんだのをみるとふんべつもなにもなくなって、じっとだいて、 「あなた。)

恋人の死んだのを見ると分別も何もなくなって、じっと抱いて、 「あなた。

(いきてください。かなしいめをわたくしにみせないで」 といっていたが、)

生きてください。悲しい目を私に見せないで」 と言っていたが、

(こいびとのからだはますますつめたくて、すでにひとではなくいがいであるというかんじが)

恋人のからだはますます冷たくて、すでに人ではなく遺骸であるという感じが

(つよくなっていく。うこんはもうきょうふしんもきえてゆうがおのしをしってひじょうになく。)

強くなっていく。右近はもう恐怖心も消えて夕顔の死を知って非常に泣く。

(ししんでんにでてきたおにはていしんこうをいかくしたが、そのひとのいにおされて)

紫宸殿に出て来た鬼は貞信公を威嚇したが、その人の威に押されて

(にげたれいなどをおもいだして、げんじはしいてつよくなろうとした。)

逃げた例などを思い出して、源氏はしいて強くなろうとした。

(「それでもこのまましんでしまうことはないだろう。よるというものはこえをおおきく)

「それでもこのまま死んでしまうことはないだろう。夜というものは声を大きく

(ひびかせるから、そんなになかないで」 とげんじはうこんにちゅういしながらも、)

響かせるから、そんなに泣かないで」 と源氏は右近に注意しながらも、

(こいびととのかんかいがたちまちにこうなったことをおもうとぼうぜんとなるばかりであった。)

恋人との歓会がたちまちにこうなったことを思うと呆然となるばかりであった。

(たきぐちをよんで、 「ここに、きゅうになにかにおそわれたひとがあって、)

滝口を呼んで、 「ここに、急に何かに襲われた人があって、

(くるしんでいるから、すぐにこれみつあそんのとまっているいえにいって、はやくくるように)

苦しんでいるから、すぐに惟光朝臣の泊まっている家に行って、早く来るように

(いえとだれかにめいじてくれ。あにのあじゃりがそこにきているのだったら、それも)

言えとだれかに命じてくれ。兄の阿闍梨がそこに来ているのだったら、それも

(いっしょにくるようにとこれみつにいわせるのだ。ははおやのあまさんなどがきいて)

いっしょに来るようにと惟光に言わせるのだ。母親の尼さんなどが聞いて

(きにかけるから、たいそうにはいわせないように。あれはわたくしのしのびあるきなどを)

気にかけるから、たいそうには言わせないように。あれは私の忍び歩きなどを

(やかましくいってとめるひとだ」 こんなふうにじゅんじょをたててものを)

やかましく言って止める人だ」 こんなふうに順序を立ててものを

(いいながらも、むねはつまるようで、こいびとをしなせることのかなしさが)

言いながらも、胸は詰まるようで、恋人を死なせることの悲しさが

(たまらないものにおもわれるのといっしょに、あたりのぶきみさがひしひしと)

たまらないものに思われるのといっしょに、あたりの不気味さがひしひしと

(かんぜられるのであった。もうよなかすぎになっているらしい。かぜがさっきより)

感ぜられるのであった。もう夜中過ぎになっているらしい。風がさっきより

(つよくなってきて、それになるまつのえだのおとは、それらのたいぼくにふかくかこまれたさびしく)

強くなってきて、それに鳴る松の枝の音は、それらの大木に深く囲まれた寂しく

(ふるいいんであることをおもわせ、いっぷうかわったとりがかれごえでなきだすのを、ふくろうとは)

古い院であることを思わせ、一風変わった鳥がかれ声で鳴き出すのを、梟とは

(これであろうかとおもわれた。かんがえてみるとどこへもとおくはなれてひとごえもしない)

これであろうかと思われた。考えてみるとどこへも遠く離れて人声もしない

(こんなさびしいところへなぜじぶんはとまりにきたのであろうと、げんじはこうかいのねんも)

こんな寂しい所へなぜ自分は泊まりに来たのであろうと、源氏は後悔の念も

(しきりにおこる。うこんはむちゅうになってゆうがおのそばへより、このままふるえじにを)

しきりに起こる。右近は夢中になって夕顔のそばへ寄り、このまま慄え死にを

(するのではないかとおもわれた。それがまたしんぱいで、げんじはいっしょけんめいにうこんを)

するのではないかと思われた。それがまた心配で、源氏は一所懸命に右近を

(つかまえていた。ひとりはしに、ひとりはこうしたしょうたいもないふうで、)

つかまえていた。一人は死に、一人はこうした正体もないふうで、

(じしんひとりだけがふつうのにんげんなのであるとおもうとげんじはたまらないきがした。)

自身一人だけが普通の人間なのであると思うと源氏はたまらない気がした。

(ひはほのかにまたたいて、ちゅうおうのへやとのしきりのところにたてたびょうぶのうえとか、へやのなかの)

灯はほのかに瞬いて、中央の室との仕切りの所に立てた屏風の上とか、室の中の

(すみずみとか、くらいところのみえるここへ、うしろからひしひしとあしおとをさせてなにかが)

隅々とか、暗いところの見えるここへ、後ろからひしひしと足音をさせて何かが

(よってくるきがしてならない、これみつがはやくきてくれればよいとばかりげんじは)

寄って来る気がしてならない、惟光が早く来てくれればよいとばかり源氏は

(おもった。かれはとまりあるくいえをいくけんももったおとこであったから、つかいは)

思った。彼は泊まり歩く家を幾軒も持った男であったから、使いは

(あちらこちらとたずねまわっているうちによるがぼつぼつあけてきた。このあいだの)

あちらこちらと尋ねまわっているうちに夜がぼつぼつ明けてきた。この間の

(ながさはせんやにもあたるようにげんじにはおもわれたのである。やっとはるかなところで)

長さは千夜にもあたるように源氏には思われたのである。やっとはるかな所で

(なくとりのこえがしてきたのをきいて、ほっとしたげんじは、こんなきけんなめに)

鳴く鶏の声がしてきたのを聞いて、ほっとした源氏は、こんな危険な目に

(どうしてじぶんはあうのだろう、じぶんのこころではあるがれんあいについては)

どうして自分はあうのだろう、自分の心ではあるが恋愛については

(もったいない、おもうべからざるひとをおもったむくいに、こんなあとにもさきにもない)

もったいない、思うべからざる人を思った報いに、こんな後にも前にもない

(れいとなるようなみじめなめにあうのであろう、かくしてもあったじじつはすぐに)

例となるようなみじめな目にあうのであろう、隠してもあった事実はすぐに

(うわさになるであろう、へいかのおぼしめしをはじめとしてひとがなんとひひょうすることだろう、)

噂になるであろう、陛下の思召しをはじめとして人が何と批評することだろう、

(せけんのちょうしょうがじぶんのうえにあつまることであろう、とうとうついにこんなことで)

世間の嘲笑が自分の上に集まることであろう、とうとうついにこんなことで

(じぶんはめいよをきずつけるのだなとげんじはおもっていた。)

自分は名誉を傷つけるのだなと源氏は思っていた。

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