夜長姫と耳男18

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坂口安吾の小説です。青空文庫から引用
底本:「坂口安吾全集 12」筑摩書房
   1999(平成11)年1月20日初版第1刷発行
底本の親本:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
初出:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
入力:砂場清隆
校正:田中敬三
2006年2月21日作成
青空文庫作成ファイル
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 おもち 6866 S++ 7.0 97.4% 620.0 4371 114 99 2024/09/19
2 デコポン 6640 S+ 6.8 97.5% 638.5 4349 109 99 2024/10/26
3 kkk 6206 A++ 6.5 94.6% 662.5 4360 248 99 2024/10/21
4 もっちゃん先生 4589 C++ 4.8 94.0% 889.8 4358 274 99 2024/10/29
5 Par99 4198 C 4.2 98.4% 1014.4 4328 69 99 2024/11/12

関連タイピング

問題文

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(おれはおおきなふくろにいっぱいへびをつめてもどった。)

オレは大きな袋にいっぱい蛇をつめて戻った。

(そのふくらみのおおきさにひめのめはむじゃきにかがやいた。)

そのふくらみの大きさにヒメの目は無邪気にかがやいた。

(ひめはいった。)

ヒメは云った。

(「ふくろをもって、ろうへきて」)

「袋をもって、楼へ来て」

(ろうへのぼった。ひめはしたをさしていった。)

楼へ登った。ヒメは下を指して云った。

(「みつまたのいけのほとりにばけもののほこらがあるでしょう。)

「三ツ又の池のほとりにバケモノのホコラがあるでしょう。

(ほこらにすがりついてしんでいるひとのすがたがみえるでしょう。)

ホコラにすがりついて死んでいる人の姿が見えるでしょう。

(おばあさんよ。あそこまでたどりついてちょっとおがんでいたとおもうと、)

お婆さんよ。あそこまで辿りついてちょッと拝んでいたと思うと、

(にわかにたちあがってきりきりまいをはじめたのよ。)

にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。

(それからよたよたはいまわって、)

それからヨタヨタ這いまわって、

(やっとほこらにてをかけたとおもうとうごかなくなってしまったわ」)

やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」

(ひめのめはそこにそそがれてうごかなかった。)

ヒメの目はそこにそそがれて動かなかった。

(さらにひめはげかいのしょほうにめをてんじてあかずながめふけった。)

さらにヒメは下界の諸方に目を転じて飽かず眺めふけった。

(そして、つぶやいた。)

そして、呟いた。

(「のらにでてはたらくひとのすがたがおおいわ。)

「野良にでて働く人の姿が多いわ。

(ほーそーのときにはのらにでているひとのすがたが)

ホーソーの時には野良にでている人の姿が

(みられなかったものでしたのに。)

見られなかったものでしたのに。

(ばけもののほこらへおがみにきてしぬひともあるのに、)

バケモノのホコラへ拝みに来て死ぬ人もあるのに、

(のらのひとびとはぶじなのね」)

野良の人々は無事なのね」

(おれはこやにこもってしごとにふけっているだけだから、)

オレは小屋にこもって仕事にふけっているだけだから、

など

(ていないのひとびとともほとんどこうしょうがなかったし、)

邸内の人々とも殆ど交渉がなかったし、

(ましてていがいとはこうしょうがなかった。)

まして邸外とは交渉がなかった。

(だからむらざとをおそっているえきびょうのおそろしいうわさを)

だから村里を襲っている疫病の怖ろしい噂を

(ときたまきくことがあっても、おれにとってはべつてんちのできごとで、)

時たま聞くことがあっても、オレにとっては別天地の出来事で、

(みにしみるおもいにうたれたことはなかった。)

身にしみる思いに打たれたことはなかった。

(おれのばけものがまよけのかみさまにまつりあげられ、)

オレのバケモノが魔よけの神様にまつりあげられ、

(おれがめいじんともてはやされているときいても、)

オレが名人ともてはやされていると聞いても、

(それすらもべつてんちのできごとであった。)

それすらも別天地の出来事であった。

(おれははじめてこうろうからむらをながめた。)

オレははじめて高楼から村を眺めた。

(それはうらのやまからむらをみおろすふうけいのきょりをちぢめただけのものだが、)

それは裏の山から村を見下す風景の距離をちぢめただけのものだが、

(ばけもののほこらにすがりついてしんでいるひとのすがたをみると、)

バケモノのホコラにすがりついて死んでいる人の姿を見ると、

(それもわがみにかかわりのないそらぞらしいながめながらも、)

それもわが身にかかわりのないソラゾラしい眺めながらも、

(ひとざとのあわれさがめにしみもした。)

人里の哀れさが目にしみもした。

(あんなばけものがまよけのやくにたたないのはわかりきっているのに、)

あんなバケモノが魔よけの役に立たないのは分りきっているのに、

(そのほこらにすがりついてしぬひとがあるとはつみなはなしだ。)

そのホコラにすがりついて死ぬ人があるとは罪な話だ。

(いっそやきはらってしまえばいいのに、とおれはおもった。)

いッそ焼き払ってしまえばいいのに、とオレは思った。

(おれがつみをおかしているようなあじけないおもいにかられもした。)

オレが罪を犯しているような味気ない思いにかられもした。

(ひめはげかいのながめにたんのーして、ふりむいた。)

ヒメは下界の眺めにタンノーして、ふりむいた。

(そして、おれにめいじた。)

そして、オレに命じた。

(「ふくろのなかのへびをいっぴきずついきさきにしてちをしぼってちょうだい。)

「袋の中の蛇を一匹ずつ生き裂きにして血をしぼってちょうだい。

(おまえはそのちをしぼって、どうしたの?」)

お前はその血をしぼって、どうしたの?」

(「おれはちょこにうけてのみましたよ」)

「オレはチョコにうけて飲みましたよ」

(「じゅっぴきも、にじゅっぴきも?」)

「十匹も、二十匹も?」

(「いちどにそうはのめませんが、)

「一度にそうは飲めませんが、

(のみたくなけりゃそのへんへぶっかけるだけのことですよ」)

飲みたくなけりゃそのへんへぶッかけるだけのことですよ」

(「そしてさきころしたへびをてんじょうにつるしたのね」)

「そして裂き殺した蛇を天井に吊るしたのね」

(「そうですよ」)

「そうですよ」

(「おまえがしたとおなじことをしてちょうだい。)

「お前がしたと同じことをしてちょうだい。

(いきちだけはわたしがのみます。はやくよ」)

生き血だけは私が飲みます。早くよ」

(ひめのめいれいにはしたがういがいにてのないおれであった。)

ヒメの命令には従う以外に手のないオレであった。

(おれはいきちをうけるちょこや、)

オレは生き血をうけるチョコや、

(へびをてんじょうへつるすためのどうぐをはこびあげて、)

蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、

(ふくろのへびをいっぴきずつさいていきちをしぼり、じゅんにてんじょうへつるした。)

袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。

(おれはまさかとおもっていたが、ひめはたじろぐいろもなく、)

オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、

(にっこりとむじゃきにわらって、いきちをひといきにのみほした。)

ニッコリと無邪気に笑って、生き血を一息にのみほした。

(それをみるまではさほどのこととはおもわなかったが、)

それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、

(そのときからはあまりのおそろしさに、)

その時からはあまりの怖ろしさに、

(へびをさくなれたてまでがくるいがちであった。)

蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。

(おれもさんねんのあいだ、かずのしれないへびをさいていきちをのみ)

オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ

(したいをてんじょうにさかさづりにしたが、)

死体を天井に逆吊りにしたが、

(おれがじぶんですることだからおそろしいともいようともおもわなかった。)

オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。

(ひめはへびのいきちをのみ、じゃたいをこうろうにさかさづりにして、)

ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、

(なにをするつもりなのだろう。)

何をするつもりなのだろう。

(もくてきのぜんあくがどうあろうとも、こうろうにのぼり、)

目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり、

(ためらういろもなくにっこりとへびのいきちをのみほすひめは)

ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメは

(あまりむじゃきで、おそろしかった。)

あまり無邪気で、怖ろしかった。

(ひめはさんびきめのいきちまではひといきにのみほした。)

ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。

(よんひきめからはやねやゆかうえへまきちらした。)

四匹目からは屋根や床上へまきちらした。

(おれがふくろのなかのへびをみんなさいてつるしおわると、ひめはいった。)

オレが袋の中の蛇をみんな裂いて吊るし終ると、ヒメは言った。

(「もういっぺんやまへいってふくろにいっぱいへびをとってきてよ。)

「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。

(ひのあるうちは、なんべんもよ。)

陽のあるうちは、何べんもよ。

(このてんじょうにいっぱいつるすまでは、きょうも、あしたも、あさっても。はやく」)

この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」

(もういちどだけへびとりにいってくると、そのひはもうたそがれてしまった。)

もう一度だけ蛇とりに行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。

(ひめのえがおにはむねんそうなかげがさした。)

ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。

(つるされたへびと、つるされていないくうかんとを、みちたりたように、)

吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、

(またむねんげに、ひめのえがおはしばしこうろうのてんじょうをみあげてうごかなかった。)

また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動かなかった。

(「あしたはあさはやくからでかけてよ。なんべんもね。)

「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。

(そして、どっさりとってちょうだい」)

そして、ドッサリとってちょうだい」

(ひめはこころのこりげに、たそがれのむらをみおろした。そして、おれにいった。)

ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。

(「ほら。おばあさんのしたいをかたづけに、)

「ほら。お婆さんの死体を片づけに、

(ほこらのまえにひとがつどっているわ。あんなに、たくさんのひとが」)

ホコラの前に人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」

(ひめのえがおはかがやきをました。)

ヒメの笑顔はかがやきを増した。

(「ほーそーのときは、いつもせいぜいにさんにんのひとが)

「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人が

(しょんぼりしたいをはこんでいたのに、)

ションボリ死体を運んでいたのに、

(こんどはひとびとがまだいきいきとしているのね。)

今度は人々がまだ生き生きとしているのね。

(わたしのめにみえるむらのひとびとがみんなきりきりまいをしてしんでほしいわ。)

私の目に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。

(そのつぎにはわたしのめにみえないひとたちも。)

その次には私の目に見えない人たちも。

(はたけのひとも、ののひとも、やまのひとも、もりのひとも、いえのなかのひとも、)

畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、

(みんなしんでほしいわ」)

みんな死んで欲しいわ」

(おれはれいすいをあびせかけられたように、)

オレは冷水をあびせかけられたように、

(すくんでうごけなくなってしまった。)

すくんで動けなくなってしまった。

(ひめのこえはすきとおるようにしずかでむじゃきであったから、)

ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、

(なおのこと、このうえもなくおそろしいものにおもわれた。)

尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。

(ひめがへびのいきちをのみ、へびのしたいをこうろうにつるしているのは、)

ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、

(むらのひとびとがみんなしぬことをいのっているのだ。)

村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。

(おれはいたたまらずにいっさんににげたいとおもいながら、)

オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、

(おれのあしはすくんでいたし、こころもすくんでいた。)

オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。

(おれはひめがにくいとはついぞおもったことがないが、)

オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、

(このひめがいきているのはおそろしいということをそのときはじめてかんがえた。)

このヒメが生きているのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。

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