紫式部 源氏物語 夕顔 18 與謝野晶子訳

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(さびしそうにみえたげんじは、 )

寂しそうに見えた源氏は、

(みしひとのけむりをくもとながむればゆうべのそらもむつまじきかな )

見し人の煙を雲とながむれば夕の空もむつまじきかな

(とひとりごとのようにいっていても、かえしのうたはいいだされないで、うこんは、)

と独言のように言っていても、返しの歌は言い出されないで、右近は、

(こんなときにふたりそろっておいでになったらというおもいでむねのつまるきがした。)

こんな時に二人そろっておいでになったらという思いで胸の詰まる気がした。

(げんじはうるさかったきぬたのおとをおもいだしてもそのよるがこいしくて、)

源氏はうるさかった砧の音を思い出してもその夜が恋しくて、

(「はちがつくがつまさにながきよ、せんせいばんせいやむときなし」とうたっていた。 いまもいよのすけのいえの)

「八月九月正長夜、千声万声無止時」と歌っていた。 今も伊予介の家の

(こぎみはときどきげんじのところへいったが、いぜんのようにげんじからてがみをたくされてくるような)

小君は源氏の所へ行ったが、以前のように源氏から手紙を託されて来るような

(ことがなかった。じぶんのれいたんさにこりておしまいになったのかとおもって、)

ことがなかった。自分の冷淡さに懲りておしまいになったのかと思って、

(うつせみはこころぐるしかったが、げんじのびょうきをしていることをきいたときにはさすがに)

空蝉は心苦しかったが、源氏の病気をしていることを聞いた時にはさすがに

(なげかれた。それにおっとのにんごくへともなわれるひがちかづいてくるのもこころぼそくて、)

歎かれた。それに良人の任国へ伴われる日が近づいてくるのも心細くて、

(じぶんをわすれておしまいになったかとこころみるきで、 このごろのごようすをうけたまわり、)

自分を忘れておしまいになったかと試みる気で、 このごろの御様子を承り、

(おあんじもうしあげてはおりますが、それをわたくしがどうしておしらせすることが)

お案じ申し上げてはおりますが、それを私がどうしてお知らせすることが

(できましょう。 )

できましょう。

(とわぬをもなどかととわでほどふるにいかばかりかはおもいみだるる )

問はぬをもなどかと問はで程ふるにいかばかりかは思ひ乱るる

(くしかるらんきみよりもわれぞますだのいけるかいなきといううたがおもわれます。)

苦しかるらん君よりもわれぞ益田のいける甲斐なきという歌が思われます。

(こんなてがみをかいた。 おもいがけぬあちらからのてがみをみてげんじはめずらしくも)

こんな手紙を書いた。 思いがけぬあちらからの手紙を見て源氏は珍しくも

(うれしくもおもった。このひとをおもうねつじょうもけっしてさめていたのではないのである。)

うれしくも思った。この人を思う熱情も決して醒めていたのではないのである。

(いきがいがないとはだれがいいたいことばでしょう。 )

生きがいがないとはだれが言いたい言葉でしょう。

(うつせみのよはうきものとしりにしをまたことのはにかかるいのちよ )

うつせみの世はうきものと知りにしをまた言の葉にかかる命よ

(はかないことです。 びょうごのふるえのみえるてでみだれがきをしたしょうそくは)

はかないことです。 病後の慄えの見える手で乱れ書きをした消息は

など

(うつくしかった。せみのぬけがらがわすれずにうたわれてあるのを、おんなはきのどくにもおもい、)

美しかった。蝉の脱殻が忘れずに歌われてあるのを、女は気の毒にも思い、

(うれしくもおもえた。こんなふうにてがみなどではこういをみせながらも、)

うれしくも思えた。こんなふうに手紙などでは好意を見せながらも、

(これよりふかいこうしょうにすすもうといういしはうつせみにはなかった。りかいのあるやさしい)

これより深い交渉に進もうという意思は空蝉にはなかった。理解のある優しい

(おんなであったというおもいでだけはげんじのこころにとどめておきたいと)

女であったという思い出だけは源氏の心に留めておきたいと

(ねがっているのである。もうひとりのおんなはくろうどしょうしょうとけっこんしたといううわさをげんじは)

願っているのである。もう一人の女は蔵人少将と結婚したという噂を源氏は

(きいた。それはおかしい、おとめでないにいづまをしょうしょうはどうおもうだろうと、)

聞いた。それはおかしい、処女でない新妻を少将はどう思うだろうと、

(そのおっとにどうじょうもされたし、またあのうつせみのままむすめはどんなきもちで)

その良人に同情もされたし、またあの空蝉の継娘はどんな気持ちで

(いるのだろうと、それもしりたさにこぎみをつかいにしててがみをおくった。)

いるのだろうと、それも知りたさに小君を使いにして手紙を送った。

(しぬほどはんもんしているわたくしのこころはわかりますか。 )

死ぬほど煩悶している私の心はわかりますか。

(ほのかにものきばのおぎをむすばずばつゆのかごとをなににかけまし )

ほのかにも軒ばの荻をむすばずば露のかごとを何にかけまし

(そのてがみをえだのながいおぎにつけて、そっとみせるようにとはいったが、げんじの)

その手紙を枝の長い荻につけて、そっと見せるようにとは言ったが、源氏の

(ないしんではそそうしてしょうしょうにみつかったとき、つまのいぜんのじょうじんのじぶんであることを)

内心では粗相して少将に見つかった時、妻の以前の情人の自分であることを

(しったら、そのひとのきもちはなぐさめられるであろうというたかぶったかんがえもあった。)

知ったら、その人の気持ちは慰められるであろうという高ぶった考えもあった。

(しかしこぎみはしょうしょうのきていないひまをみててがみのそったおぎのえだをおんなに)

しかし小君は少将の来ていないひまをみて手紙の添った荻の枝を女に

(みせたのである。うらめしいひとではあるがじぶんをおもいだしてじょうじんらしいてがみを)

見せたのである。恨めしい人ではあるが自分を思い出して情人らしい手紙を

(おくってきたてんではにくくもおんなはおもわなかった。わるいうたでもはやいのが)

送って来た点では憎くも女は思わなかった。悪い歌でも早いのが

(とりえであろうとかいてこぎみにへんじをわたした。 )

取柄であろうと書いて小君に返事を渡した。

(ほのめかすかぜにつけてもしもおぎのなかばはしもにむすぼおれつつ )

ほのめかす風につけても下荻の半は霜にむすぼほれつつ

(へたであるのをしゃれたかきかたでまぎらしてあるじのひんのわるいものだった。)

下手であるのを洒落た書き方で紛らしてある字の品の悪いものだった。

(ひのまえにいたよるのかおもれんそうされるのである。ごばんをなかにしてつつしみぶかく)

灯の前にいた夜の顔も連想されるのである。碁盤を中にして慎み深く

(むかいあったほうのひとのしたいにはどんなにわるいかおだちであるにもせよ、)

向かい合ったほうの人の姿態にはどんなに悪い顔だちであるにもせよ、

(それによっておとこのこいのげんじるものでないよさがあった。いっぽうはなんのふかみもなく、)

それによって男の恋の減じるものでないよさがあった。一方は何の深みもなく、

(じしんのわかいようぼうにほこったふうだったとげんじはおもいだして、やはりそれにも)

自身の若い容貌に誇ったふうだったと源氏は思い出して、やはりそれにも

(こころをひかれるのをおぼえた。まだのきばのおぎとのじょうじはせいさんされたものでは)

心を惹かれるのを覚えた。まだ軒端の荻との情事は清算されたものでは

(なさそうである。)

なさそうである。

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