紫式部 源氏物語 明石 17 與謝野晶子訳(終)
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問題文
(げんじはなにわにふねをつけて、そこではらいをした。すみよしのかみへもぶじにきらくのひの)
源氏は浪速に船を着けて、そこで祓いをした。住吉の神へも無事に帰洛の日の
(きたほうこくをして、いくつかのがんをじっこうしようとおもういしのあることも)
来た報告をして、幾つかの願を実行しようと思う意志のあることも
(つかいにいわせた。じしんはさんけいしなかった。とちゅうのけんぶつなどもせずに)
使いに言わせた。自身は参詣しなかった。途中の見物などもせずに
(すぐにきょうへはいったのであった。 にじょうのいんについたいっこうのひとびとと)
すぐに京へはいったのであった。 二条の院に着いた一行の人々と
(きょうにいたひとびとはゆめごこちであい、ゆめごこちではなしがとりかわされた。)
京にいた人々は夢心地で逢い、夢心地で話が取りかわされた。
(よろこびなきのこえもさわがしいにじょうのいんであった。むらさきふじんもいきがいなく)
喜び泣きの声も騒がしい二条の院であった。紫夫人も生きがいなく
(おもっていたいのちが、きょうまであって、げんじをむかええたことに)
思っていた命が、今日まであって、源氏を迎ええたことに
(まんぞくしたことであろうとおもわれる。うるわしかったひとのさらにかんせいされたすがたを)
満足したことであろうと思われる。美しかった人のさらに完成された姿を
(にねんはんのじかんののちにげんじはみることができたのである。さびしくくらしたあいだに、)
二年半の時間ののちに源氏は見ることができたのである。寂しく暮らした間に、
(あまりにおおかったかみのりょうのすこしへったまでもがこのひとをよりうつくしくおもわせた。)
あまりに多かった髪の量の少し減ったまでもがこの人をより美しく思わせた。
(こうしてこのひととえいきゅうにすむいえへかえってくることができたのであると、)
こうしてこの人と永久に住む家へ帰って来ることができたのであると、
(げんじのこころのおちついたのとともに、またもべつりをかなしんだあかしのおんなが)
源氏の心の落ち着いたのとともに、またも別離を悲しんだ明石の女が
(かわいそうにおもいやられた。げんじはれんあいのくにどこまでも)
かわいそうに思いやられた。源氏は恋愛の苦にどこまでも
(つきまとわれるひとのようである。げんじはふじんにあかしのきみのことをはなした。)
つきまとわれる人のようである。源氏は夫人に明石の君のことを話した。
(にょおうはどうかんじたか、うらみをいうともなしに「みをばおもわず」)
女王はどう感じたか、恨みを言うともなしに「身をば思はず」
((わすらるるみをばおもわずちかいてしひとのいのちのおしくもあるかな))
(忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな)
(などとはかなそうにいっているのを、うつくしいともかれんであるともげんじはおもった。)
などとはかなそうに言っているのを、美しいとも可憐であるとも源氏は思った。
(みてもみあかぬこのひととわかれわかれにいるようなことはなにがさせたかとおもうと)
見ても見飽かぬこの人と別れ別れにいるようなことは何がさせたかと思うと
(いまさらまたうらめしかった。 まもなくげんじはほんかんにふくしたうえ、)
今さらまた恨めしかった。 間もなく源氏は本官に復した上、
(ごんだいなごんもかねるじれいをえた。じしんたちのかんいもそれぞれ)
権大納言も兼ねる辞令を得た。侍臣たちの官位もそれぞれ
(もとにかえされたのである。かれたきにはるのめがでたようなめでたいことである。)
元にかえされたのである。枯れた木に春の芽が出たようなめでたいことである。
(おめしがあってげんじはさんだいした。おつねごてんにあがると、げんじのさらに)
お召しがあって源氏は参内した。お常御殿に上がると、源氏のさらに
(うつくしくなったすがたをあれでいなかずまいをながくしておいでになったのかと)
美しくなった姿をあれで田舎住まいを長くしておいでになったのかと
(ひとはおどろいた。ぜんだいからきゅうちゅうにほうししていて、としをとったにょうぼうなどは、)
人は驚いた。前代から宮中に奉仕していて、年を取った女房などは、
(かなしがっていまさらまたなきさわいでいた。みかどもげんじにおあいになるのを)
悲しがって今さらまた泣き騒いでいた。帝も源氏にお逢いになるのを
(はれがましくおぼしめされて、おみなりなどをことにきれいにあそばして)
晴れがましく思召されて、お身なりなどをことにきれいにあそばして
(おでましになった。ずっとごびょうきでおありになったために、)
お出ましになった。ずっと御病気でおありになったために、
(すいじゃくがおみえになるのであるが、さっこんになってへいかのごきぶんはおよろしかった。)
衰弱が御見えになるのであるが、昨今になって陛下の御気分はおよろしかった。
(しめやかにおはなしをあそばすうちによるになった。じゅうごやのつきのうつくしくしずかなもとで)
しめやかにお話をあそばすうちに夜になった。十五夜の月の美しく静かなもとで
(むかしをおしのびになってみかどはおこころをしめらせておいでになった。)
昔をお忍びになって帝はお心をしめらせておいでになった。
(おこころぼそいごようすである。 「おんがくをやらせることもちかごろはない。)
お心細い御様子である。 「音楽をやらせることも近ごろはない。
(あなたのきんのねもずいぶんながくきかなんだね」 とおおせられたとき、)
あなたの琴の音もずいぶん長く聞かなんだね」 と仰せられた時、
(わたつみにしずみうらぶれひるのこのあしたたざりしとしはへにけり )
わたつみに沈みうらぶれひるの子の足立たざりし年は経にけり
(とげんじがもうしあげると、みかどはあにぎみらしいあわれみと、くんしゅとしてのかしつを)
と源氏が申し上げると、帝は兄君らしい憐みと、君主としての過失を
(みずからおみとめになるじょうをやさしくおみせになって、 )
みずからお認めになる情を優しくお見せになって、
(みやばしらめぐりあいけるときしあればわかれしはるのうらみのこすな )
宮ばしらめぐり逢ひける時しあれば別れし春の恨み残すな
(とおおせられた。えんなごようすであった。 げんじはいんのおんために)
と仰せられた。艶な御様子であった。 源氏は院の御為に
(ほけきょうのはっこうをおこなうじゅんびをさせていた。 とうぐうにおめにかかると、)
法華経の八講を行う準備をさせていた。 東宮にお目にかかると、
(ずっとおみおおきくなっておいでになって、めずらしいげんじのしゅっしを)
ずっとお身大きくなっておいでになって、珍しい源氏の出仕を
(およろこびになるのを、かぎりもなくおかわいそうにげんじはおもった。)
お喜びになるのを、限りもなくおかわいそうに源氏は思った。
(がくもんもよくおできになって、みくらいにおつきになってもさしつかえはないと)
学問もよくおできになって、御位におつきになってもさしつかえはないと
(おもわれるほどごそうめいであることがうかがわれた。すこしひがたって)
思われるほど御聡明であることがうかがわれた。少し日がたって
(きのおちついたころにごほうもんしたにゅうどうのみやででも、)
気の落ち着いたころに御訪問した入道の宮ででも、
(かんがいむりょうなごかいだんがあったはずである。)
感慨無量な御会談があったはずである。
(げんじはあかしからおくってきたつかいにてがみをもたせてかえした。)
源氏は明石から送って来た使いに手紙を持たせて帰した。
(ふじんにはばかりながらこまやかなじょうをおんなにかきおくったのである。)
夫人にはばかりながらこまやかな情を女に書き送ったのである。
(まいよまいよかなしくおもっているのですか、 )
毎夜毎夜悲しく思っているのですか、
(なげきつつあかしのうらにあさぎりのたつやとひとをおもいやるかな )
歎きつつ明石の浦に朝霧の立つやと人を思ひやるかな
(こんなないようであった。 だいにのむすめのごせちは、)
こんな内容であった。 大弐の娘の五節は、
(ひとりでしていたこころのくもかいしょうしたようによろこんで、)
一人でしていた心の苦も解消したように喜んで、
(どこからともいわせないつかいをだして、にじょうのいんへうたをおかせた。 )
どこからとも言わせない使いを出して、二条の院へ歌を置かせた。
(すまのうらにこころをよせしふなびとのやがてくたせるそでをみせばや )
須磨の浦に心を寄せし船人のやがて朽たせる袖を見せばや
(じはいぜんよりずっとじょうずになっているが、)
字は以前よりずっと上手になっているが、
(ごせちにちがいないとげんじはおもってへんじをおくった。 )
五節に違いないと源氏は思って返事を送った。
(かえりてはかごとやせましよせたりしなごりにそでのひがたかりしを )
かへりてはかごとやせまし寄せたりし名残に袖の乾がたかりしを
(げんじはずいぶんすきであったおんなであるから、さそいかけたてがみをみては)
源氏はずいぶん好きであった女であるから、誘いかけた手紙を見ては
(たずねたいきがしきりにするのであるが、とうぶんはふきんしんなことも)
訪ねたい気がしきりにするのであるが、当分は不謹慎なことも
(できないようにおもわれた。はなちるさとなどへもてがみをおくるだけで、)
できないように思われた。花散里などへも手紙を送るだけで、
(あいにはいこうとしないのであったから、)
逢いには行こうとしないのであったから、
(かえってきょうにげんじのいなかったころよりもさびしくおもっていた。)
かえって京に源氏のいなかったころよりも寂しく思っていた。