紫式部 源氏物語 松風 7 與謝野晶子訳

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問題文
(みっかめはきょうへかえることになっていたので、げんじはあさもおそくおきて、)
三日目は京へ帰ることになっていたので、源氏は朝もおそく起きて、
(ここからちょくせつかえっていくつもりでいたが、かつらのいんのほうへこうかんがたくさん)
ここから直接帰って行くつもりでいたが、桂の院のほうへ高官がたくさん
(あつまってきていて、このさんそうへもてんじょうやくにんがおおぜいでむかえにきた。)
集まって来ていて、この山荘へも殿上役人がおおぜいで迎えに来た。
(げんじはしょうぞくをして、 「きまりのわるいことになったものだね、)
源氏は装束をして、 「きまりの悪いことになったものだね、
(あなたがたにみられてよいうちでもないのに」 といいながら)
あなたがたに見られてよい家でもないのに」 と言いながら
(いっしょにでようとしたが、こころぐるしくおんなをおもって、さりげなくまぎらして)
いっしょに出ようとしたが、心苦しく女を思って、さりげなく紛らして
(たちどまったとぐちへ、めのとはひめぎみをだいてでてきた。)
立ち止まった戸口へ、乳母は姫君を抱いて出て来た。
(げんじはかわいいようすでこどものあたまをなでながら、 「みないでいることは)
源氏はかわいい様子で子供の頭を撫でながら、 「見ないでいることは
(たえられないきのするのもにわかなあいじょうすぎるね、)
堪えられない気のするのもにわかな愛情すぎるね、
(どうすればいいだろう、とおいじゃないか、ここは」 とげんじがいうと、)
どうすればいいだろう、遠いじゃないか、ここは」 と源氏が言うと、
(「とおいいなかのいくとしよりも、こちらへまいってたまさかしかおむかえできない)
「遠い田舎の幾年よりも、こちらへ参ってたまさかしかお迎えできない
(ようなことになりましては、だれもみなくるしゅうございましょう」)
ようなことになりましては、だれも皆苦しゅうございましょう」
(などめのとはいった。ひめぎみがてをまえへのばして、たっているげんじのほうへ)
など乳母は言った。姫君が手を前へ伸ばして、立っている源氏のほうへ
(いこうとするのをみて、げんじはひざをかがめてしまった。)
行こうとするのを見て、源氏は膝をかがめてしまった。
(「ものおもいからかいほうされるひのないわたくしなのだね、しばらくでも)
「もの思いから解放される日のない私なのだね、しばらくでも
(わかれているのはくるしい。おくさんはどこにいるの、なぜここへきてわかれを)
別れているのは苦しい。奥さんはどこにいるの、なぜここへ来て別れを
(おしんでくれないのだろう、せめてひとごこちがでてくるかもしれないのに」)
惜しんでくれないのだろう、せめて人心地が出てくるかもしれないのに」
(というと、めのとはわらいながらあかしのところへいってそのとおりをいった。)
と言うと、乳母は笑いながら明石の所へ行ってそのとおりを言った。
(おんなはあったよろこびがふつかでつきて、わかれのときがきたかなしみに)
女は逢った喜びが二日で尽きて、別れの時が来た悲しみに
(こころをみだしていて、よばれてもすぐにでようとしないのをげんじはこころのうちで)
心を乱していて、呼ばれてもすぐに出ようとしないのを源氏は心のうちで
(あまりにもきじょぶるのではないかとおもっていた。にょうぼうたちからも)
あまりにも貴女ぶるのではないかと思っていた。女房たちからも
(すすめられて、あかしはやっといざってでて、そしてすがたはみせないように)
勧められて、明石はやっと膝行って出て、そして姿は見せないように
(きちょうのかげへはいるようにしているようすにきひんがみえて、しかもやわらかい)
几帳の蔭へはいるようにしている様子に気品が見えて、しかも柔らかい
(うつくしさのあるこのひとはないしんのうといってもよいほどにけだかく)
美しさのあるこの人は内親王と言ってもよいほどに気高く
(みえるのである。げんじはきちょうのたれぎぬをよこへひいてまたこまやかに)
見えるのである。源氏は几帳の垂れ絹を横へ引いてまたこまやかに
(ささやいた。いよいよでかけるときにげんじがいちどふりかえってみると、)
ささやいた。いよいよ出かける時に源氏が一度振り返って見ると、
(れいせいにしていたあかしも、このときはかおをだしてみおくっていた。げんじのびは)
冷静にしていた明石も、この時は顔を出して見送っていた。源氏の美は
(いまがさかりであるとおもわれた。いぜんはやせてせたけがたかいようにみえたが、)
今が盛りであると思われた。以前は痩せて背丈が高いように見えたが、
(いまはちょうどいいほどになっていた。これでこそかんめのあるこうだんしに)
今はちょうどいいほどになっていた。これでこそ貫目のある好男子に
(なられたというものであるとおんなたちがながめていて、さしぬきのすそからも)
なられたというものであると女たちがながめていて、指貫の裾からも
(あいきょうはこぼれでるようにおもった。かいかんされてげんじについてさすらえたくろうども)
愛嬌はこぼれ出るように思った。解官されて源氏について漂泊えた蔵人も
(またもとのちいにかえって、ゆぎえのじょうになったうえにことしはごいもえていたが、)
また旧の地位に復って、靫負尉になった上に今年は五位も得ていたが、
(このこうせいねんかんじんがげんじのたちをとりにとぐちへきたときに、みすのなかに)
この好青年官人が源氏の太刀を取りに戸口へ来た時に、御簾の中に
(あかしのいるのをさっしてあいさつをした。 「いぜんのごこうじょうをわすれておりませんが、)
明石のいるのを察して挨拶をした。 「以前の御厚情を忘れておりませんが、
(しつれいかとぞんじますし、うらかぜににたきのいたしましたこんぎょうのやまかぜにも、)
失礼かと存じますし、浦風に似た気のいたしました今暁の山風にも、
(ごあいさつをとりついでいただくびんもございませんでしたから」)
御挨拶を取り次いでいただく便もございませんでしたから」
(「やまにとりまかれておりましては、うみべのたよりないすまいと)
「山に取り巻かれておりましては、海べの頼りない住居と
(かわりもなくて、まつもむかしの(ともならなくに)とおもってさびしがって)
変わりもなくて、松も昔の(友ならなくに)と思って寂しがって
(おりましたが、むかしのかたがおとものなかにおいでになってちからづよくおもいます」)
おりましたが、昔の方がお供の中においでになって力強く思います」
(などとあかしはいった。すばらしいものにこのひとはなったものだ、)
などと明石は言った。すばらしいものにこの人はなったものだ、
(じぶんだってこいびとにしたいとおもったこともあるおんなではないかなどとおもって、)
自分だって恋人にしたいと思ったこともある女ではないかなどと思って、
(きょういをおぼえながらもくろうどは、 「またべつのきかいに」)
驚異を覚えながらも蔵人は、 「また別の機会に」
(といっておとこらしくかたをふっていった。りっぱなふうさいのげんじがしずかにほを)
と言って男らしく肩を振って行った。りっぱな風采の源氏が静かに歩を
(はこぶかたわらでさきばらいのこえがたかくたてられた。)
運ぶかたわらで先払いの声が高く立てられた。
(げんじはくるまへとうのちゅうじょう、ひょうえのかみなどをばいじょうさせた。)
源氏は車へ頭中将、兵衛督などを陪乗させた。