人間失格【太宰治】25

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投稿者投稿者ひきにーと。  いいね0  お気に入り登録
プレイ回数2  難易度(4.0) 3140打 長文 かな
第二の手記18です
この柔道~記録です。まで

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問題文

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(このじゅうどうかけんどうのせんしゅのようなしょちょうのとりしらべはじつにあっさりしていて) この柔道か剣道の選手のような署長の取調べは、実にあっさりしていて、 (あのしんやのろうじゅんさのひそかなしつようきわまるこうしょくのとりしらべとは) あの深夜の老巡査のひそかな、執拗きわまる好色の「取調べ」とは、 (うんでいのさがありましたじんもんがすんでしょちょうは) 雲泥の差がありました。尋問がすんで、署長は、 (けんじきょくにおくるしょるいをしたためながらからだをじょうぶにしなけりゃいかんね) 検事局に送る書類をしたためながら、「からだを丈夫にしなけれゃ、いかんね。 (けったんがでているようじゃないかといいましたそのあさへんにせきがでて) 血痰が出ているようじゃないか」と言いました。その朝、へんに咳が出て、 (じぶんはせきのでるたびにはんけちでくちをおおっていたのですが) 自分は咳の出るたびに、ハンケチで口を覆っていたのですが、 (そのはんけちにあかいあられがふったみたいにちがついたのですけれどもそれは) そのハンケチに赤い霰が降ったみたいに血がついたのです。けれども、それは、 (のどからでたちではなくさくやみみのしたにできたちいさいおできをいじって) 喉から出た血ではなく、昨夜、耳の下に出来た小さいおできをいじって、 (そのおできからでたちなのでしたしかしじぶんはそれをいいあかさないほうが) そのおできから出た血なのでした。しかし、自分は、それを言い明さないほうが (べんぎなこともあるようなきがふっとしたものですからただはいと) 便宜な事もあるような気がふっとしたものですから、ただ、「はい」と、 (ふしめになりしゅしょうげにこたえておきましたしょちょうはしょるいをかきおえて) 伏眼になり、殊勝げに答えて置きました。署長は書類を書き終えて、 (きそになるかどうかそれはけんじどのがきめることだがおまえのみもとひきうけにんに) 「起訴になるかどうか、それは検事殿がきめることだが、お前の身元引受人に、 (でんぽうかでんわできょうよこはまのけんじきょくにきてもらうようにたのんだほうがいいな) 電報か電話で、きょう横浜の検事局に来てもらうように、たのんだほうがいいな (だれかあるだろうおまえのほごしゃとかほしょうにんとかいうものが) 誰か、あるだろう、お前の保護者とか保証人とかいうものが」 (ちちのとうきょうのべっそうにでいりしていたしょがこっとうしょうのしぶたというじぶんたちとどうきょうじんで) 父の東京の別荘に出入りしていた書画骨董商の渋田という、自分たちと同郷人で (ちちのたいこもちみたいなやくもつとめていたずんぐりしたどくしんのしじゅうおとこが) 父のたいこ持ちみたいな役も勤めていたずんぐりした独身の四十男が、 (じぶんのがっこうのほしょうにんになっているのをじぶんはおもいだしましたそのおとこのかおが) 自分の学校の保証人になっているのを、自分は思い出しました。その男の顔が、 (ことにめつきがひらめににているというのでちちはいつもそのおとこをひらめとよび) 殊に眼つきが、ヒラメに似ているというので、父はいつもその男をヒラメと呼び (じぶんもそうよびなれていましたじぶんはけいさつのでんわちょうをかりて) 自分も、そう呼びなれていました。自分は警察の電話帳を借りて、 (ひらめのいえのでんわばんごうをさがしみつかったのでひらめにでんわして) ヒラメの家の電話番号を捜し、見つかったので、ヒラメに電話して、
など
(よこはまのけんじきょくにきてくれるようにたのみましたら) 横浜の検事局に来てくれるように頼みましたら、 (ひらめはひとがかわったみたいないばったくちょうでそれでも) ヒラメは人が変わったみたいな威張った口調で、それでも、 (とにかくひきうけてくれましたおいそのでんわきすぐしょうどくしたほうがいいぜ) とにかく引受けてくれました。「おい、その電話機、すぐ消毒した方がいいぜ。 (なんせけったんがでているんだからじぶんがまたほごしつにひきあげてから) 何せ、血痰が出ているんだから」自分が、また保護室に引き上げてから、 (おまわりたちにそういいつけているしょちょうのおおきなこえが) お巡りたちにそう言いつけている署長の大きな声が、 (ほごしつにすわっているじぶんのみみにまでとどきましたおひるすぎじぶんは) 保護室に坐っている自分の耳にまで、とどきました。お昼すぎ、自分は、 (ほそいあさなわでどうをしばられそれはまんとでかくすことをゆるされましたが) 細い麻縄で胴を縛られ、それはマントで隠すことを許されましたが、 (そのあさなわのはしをわかいおまわりがしっかりにぎっていて) その麻縄の端を若いお巡りが、しっかり握っていて、 (ふたりいっしょにでんしゃでよこはまにむかいましたけれどもじぶんにはすこしのふあんもなく) 二人一緒に電車で横浜に向かいました。けれども、自分には少しの不安も無く、 (あのけいさつのほごしつもろうじゅんさもなつかしくああ) あの警察の保護室も、老巡査もなつかしく、嗚呼、 (じぶんはどうしてこうなのでしょうざいにんとしてしばられるとかえってほっとして) 自分はどうしてこうなのでしょう、罪人として縛られると、かえってほっとして (そうしてゆったりおちついてそのときのついおくをいまかくにあたっても) そうしてゆったり落ちついて、その時の追憶を、いま書くに当っても、 (ほんとうにのびのびしたたのしいきもちになるのですしかし) 本当にのびのびした楽しい気持になるのです。しかし、 (そのじきのなつかしいおもいでのなかにもたったひとつれいかんさんとの) その時期のなつかしい思い出の中にも、たった一つ、冷汗三斗の、 (しょうがいわすれられぬひさんなしくじりがあったのですじぶんはけんじきょくのうすぐらいいっしつで) 生涯わすれられぬ悲惨なしくじりがあったのです。自分は検事局の薄暗い一室で (けんじのかんたんなとりしらべをうけましたけんじはよんじゅうさいぜんごのものしずかな) 検事の簡単な取調べを受けました。検事は四十歳前後の物静かな、 (もしじぶんがびぼうだったとしても) (もし自分が美貌だったとしても、 (それはいわばじゃいんのびぼうだったにちがいありませんがそのけんじのかおは) それは謂わば邪淫の美貌だったに違いありませんが、その検事の顔は、 (ただしいびぼうとでもいいたいようなそうめいなせいひつのけはいをもっていました) 正しい美貌、とでも言いたいような、聡明な静謐の気配を持っていました) (こせこせしないひとがらのようでしたのでじぶんもまったくけいかいせず) コセコセしない人柄のようでしたので、自分も全く警戒せず、 (ぼんやりちんじゅつしていたのですがとつぜんれいのせきがでてきて) ぼんやり陳述していたのですが、突然、れいの咳が出て来て、 (じぶんはたもとからはんけちをだしふとそのちをみて) 自分は袂からハンケチを出し、ふとその血を見て、 (このせきもまたなにかのやくにたつかもしれぬとあさましいかけひきのこころをおこしごほん) この咳もまた何かの役に立つかも知れぬとあさましい駈引きの心を起し、ゴホン (ごほんとふたつばかりおまけのにせのせきをおおげさにつけくわえて) ゴホンと二つばかり、おまけの贋の咳を大袈裟に附け加えて、 (はんけちでくちをおおったままけんじのかおをちらとみたかんいっぱつほんとうかい) ハンケチで口を覆ったまま検事の顔をちらと見た、間一髪、「ほんとうかい?」 (ものしずかなびしょうでしたれいかんさんといいえいまおもいだしても) ものしずかな微笑でした。冷汗三斗、いいえ、いま思い出しても、 (きりきりまいをしたくなりますちゅうがくじだいにあのばかのたけいちからわざわざ) きりきり舞いをしたくなります。中学時代に、あの馬鹿の竹一から、ワザ、ワザ (といわれてせなかをつかれじごくにけおとされたそのときのおもいいじょうといっても) と言われて脊中を突かれ、地獄に蹴落とされた、その時の思い以上と言っても、 (けっしてかごんではないきもちですあれとこれとふたつ) 決して過言では無い気持です、あれと、これと、二つ、 (じぶんのしょうがいにおけるえんぎのだいしっぱいのきろくです) 自分の生涯に於ける演技の大失敗の記録です。
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