「桃太郎」1 芥川龍之介
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問題文
(いち)
一
(むかし、むかし、おおむかし、あるふかいやまのおくにおおきいもものきがいっぽんあった。)
むかし、むかし、大むかし、ある深い山の奥に大きい桃の木が一本あった。
(おおきいとだけではいいたりないかもしれない。このもものえだはくものうえに)
大きいとだけではいい足りないかも知れない。この桃の枝は雲の上に
(ひろがり、このもものねはだいちのそこのよみのくににさえおよんでいた。)
ひろがり、この桃の根は大地の底の黄泉の国にさえ及んでいた。
(なんでもてんちかいびゃくのころおい、いさなぎのみことはよもつひらさかにやっつのいかずちを)
なんでも天地開闢の頃おい、伊弉諾の尊は黄最津平阪に八つの雷を
(しりぞけるため、もものみをつぶてにうったという、ーそのかみよのもものみはこのきのえだに)
却るため、桃の実を礫に打ったという、ーその神代の桃のみはこの木の枝に
(なっていたのである。このきはせかいのよあけいらい、いちまんねんにいちどはなをひらき、)
なっていたのである。この木は世界の夜明以来、一万年に一度花を開き、
(いちまんねんにいちどみをつけていた。はなはしんくのきぬがさにおうごんのふさを)
一万年に一度実をつけていた。花は真紅の衣蓋に黄金の流蘇を
(たらしたようである。みはーーみもまたおおきいのはいうをまたない。)
垂らしたようである。実はーー実もまた大きいのはいうを待たない。
(が、それよりもふしぎなのはそのみはさねのあるところにうつくしいあかごを)
が、それよりも不思議なのはその実は核のあるところに美しい赤児を
(ひとりずつ、おのずからはらんでいたことである。)
一人ずつ、おのずから孕んでいたことである。
(むかし、むかし、おおむかし、このきはやまたにをおおったえだに、)
むかし、むかし、大むかし、この木は山谷を掩った枝に、
(るいるいとみをつづったまま、しずかにひのひかりをよくしていた。いちまんねんにいちどむすんだみは)
累々と実を綴ったまま、静かに日の光を浴していた。一万年に一度結んだ実は
(いっせんねんのあいだはちへおちない。しかしあるさびしいあさ、うんめいはいちわのやたがらすに)
一千年の間は地へ落ちない。しかしある寂しい朝、運命は一羽の八咫鴉に
(なり、さっとそのえだへおろしてきた。とおもうともうあかみのさした、ちいさいみを)
なり、さっとその枝へおろして来た。と思うともう赤みのさした、小さい実を
(ひとつついばみおとした。みはくもきりのたちのぼるなかにはるかしたのたにがわへおちた。)
一つ啄み落した。実は雲霧の立ち昇る中に遥か下の谷川へ落ちた。
(たにがわはもちろんみねみねのあいだにしろいみずけぶりをなびかせながら、にんげんのいるくにへ)
谷川は勿論峯々の間に白い水煙をなびかせながら、人間のいる国へ
(ながれていたのである。このあかごをはらんだみはふかいやまのおくをはなれたのち、)
流れていたのである。この赤児を孕んだ実は深い山の奥を離れた後、
(どういうひとのてにひろわれたか?ーそれはいまさらはなすまでもあるまい。)
どういう人の手に拾われたか?ーそれはいまさら話すまでもあるまい。
(たにがわのすえにはおばあさんがひとり、にほんちゅうのこどものしっているとおり、)
谷川の末にはお婆さんが一人、日本中の子供の知っている通り、
(しばかりにいったおじいさんのきものかなにかをあらっていたのである。・・・・・・)
芝刈りに行ったお爺さんの着物か何かを洗っていたのである。・・・・・・
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