江戸川乱歩　赤い部屋⑧

(ほんとうにわたしはこのはっけんにきょうきしました。)

ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。

(なんとすばらしいではありませんか。このほうほうによりさえすれば、)

何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、

(たいしょうのせいだいにこのわたしだけは、いわばきりすてごめんもどうようなのです。)

大正の聖代にこの私だけは、いわば斬り捨て御免も同様なのです。

(そこでわたしはこのしゅのひとごろしによって、あのしにそうなたいくつを)

そこで私はこの種の人殺しによって、あの死にそうな退屈を

(まぎらすことをおもいつきました。ぜったいにほうりつにふれないひとごろし、)

まぎらすことを思いつきました。絶対に法律に触れない人殺し、

(どんなしゃーろっく・ほーむずだってみやぶることのできないひとごろし、)

どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、

(ああなんというもうしぶんのないねむけさましでしょう。)

ああ何という申し分のない眠け醒ましでしょう。

(いらいわたしはさんねんのあいだというもの、ひとをころすたのしみにふけって、)

以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、

(いつのまにかさしものたいくつをすっかりわすれはてていました。)

いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。

(みなさんわらってはいけません。わたしはせんごくじだいのごうけつのように、)

皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、

(あのひゃくにんぎりを、むろんもじどおりきるわけではありませんけれど、)

あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、

(ひゃくにんのいのちをとるまではけっしてちゅうとでこのさつじんをとめないことを、)

百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、

(わたしじしんにちかったのです。)

私自身に誓ったのです。

(いまからみつきばかりまえです、わたしはちょうどきゅうじゅうきゅうにんだけすませました。)

今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。

(そして、あとひとりになったとき、さきにももうしあげましたとおり)

そして、あと一人になった時、先にも申上げました通り

(わたしはそのひとごろしにも、もうあきあきしてしまったのですが、)

私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、

(それはともかく、ではそのきゅうじゅうきゅうにんをどんなふうにしてころしたか。)

それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。

(もちろんきゅうじゅうきゅうにんのどのひとにもすこしだってうらみがあったわけではなく、)

勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、

(ただひとしれぬほうほうとそのけっかにきょうみをもってやったしごとですから、)

ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、

(わたしはいちどもおなじやりかたをくりかえすようなことはしませんでした。)

私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。