風の又三郎 11

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九月六日 葡萄蔓
宮沢賢治 作 全文

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(くがつむいか)

九 月 六 日

(つぎのひはあさのうちはあめでしたが、)

次の日は朝のうちは雨でしたが、

(にじかんめからだんだんあかるくなって、)

二時間目からだんだん明るくなって、

(さんじかんめのおわりのじゅっぷんやすみには、とうとうすっかりやみ、)

三時間目の終りの十分休みには、とうとうすっかりやみ、

(あちこちにけずったようなあおぞらもできて、)

あちこちに削ったような青ぞらもできて、

(そのしたをまっしろなうろこぐもがどんどんひがしへはしり、)

その下をまっ白な鱗雲がどんどん東へ走り、

(やまのかやからもくりのきからも、)

山の萱からも栗の木からも、

(のこりのくもがゆげのようにたちました。)

残りの雲が湯気のように立ちました。

(「さがったらぶどうづるとりにいがなぃが。」)

「下(サガ)ったら葡萄蔓とりに行がなぃが。」

(こうすけがかすけにそっといいました。)

耕助が嘉助にそっといいました。

(「いぐいぐ。またさぶろうもいがなぃが。」かすけがさそいました。こうすけは、)

「行ぐ行ぐ。又三郎も行がなぃが。」嘉助がさそいました。耕助は、

(「わあい、あそごまたさぶろうさおしえるやなぃじゃ。」といいましたが、)

「わあい、あそご又三郎さ教えるやなぃじゃ。」といいましたが、

(さぶろうはしらないで、)

三郎は知らないで、

(「いくよ。ぼくはほっかいどうでもとったぞ。)

「行くよ。ぼくは北海道でもとったぞ。

(ぼくのおかあさんはたるへふたっつつけたよ。」といいました。)

ぼくのお母さんは樽へ二っつ漬けたよ。」といいました。

(「ぶどうとりにおらもつれでがなぃが。」にねんせいのしょうきちもいいました。)

「葡萄とりにおらも連でがなぃが。」二年生の承吉もいいました。

(「わがなぃじゃ。うなどさおしえるやなぃじゃ。)

「わがなぃじゃ。うなどさ教えるやなぃじゃ。

(おらきょねんな、あたらしいどごめつけだじゃ。」)

おら去年な、新らしいどご目附だじゃ。」

(みんなはがっこうのすむのがまちどおしかったのでした。)

みんなは学校の済むのが待ち遠しかったのでした。

(ごじかんめがおわると、いちろうとかすけがさたろうとこうすけとえつじとまたさぶろうとろくにんで、)

五時間目が終ると、一郎と嘉助が佐太郎と耕助と悦治と又三郎と六人で、

など

(がっこうからかみのほうへのぼっていきました。)

学校から上流(カミ)の方へ登って行きました。

(すこしいくといっけんのわらやねのいえがあって、)

少し行くと一けんの藁やねの家があって、

(そのまえにちいさなたばこばたけがありました。)

その前に小さなたばこ畑がありました。

(たばこのきはもうしたのほうのはをつんであるので、)

たばこの木はもう下の方の葉をつんであるので、

(そのあおいくきがはやしのようにきれいにならんでいかにもおもしろそうでした。)

その青い茎が林のようにきれいにならんでいかにも面白そうでした。

(するとまたさぶろうはいきなり、)

すると又三郎はいきなり、

(「なんだい、このはは。」といいながらはをいちまいむしっていちろうにみせました。)

「何だい、此の葉は。」といいながら葉を一枚むしって一郎に見せました。

(するといちろうはびっくりして、)

すると一郎はびっくりして、

(「わあ、またさぶろう、たばごのはとるづど、せんばいきょくにうんとしかられるぞ。)

「わあ、又三郎、たばごの葉とるづど、専売局にうんと叱られるぞ。

(わあ、またさぶろうなしてとった。」とすこしかおいろをわるくしていいました。)

わあ、又三郎何(ナ)してとった。」と少し顔いろを悪くしていいました。

(みんなもくちぐちにいいました。)

みんなも口々にいいました。

(「わあい。せんばいきょくでぁ、このはいちまいづつかぞえでちょうめんさつけでるだ。)

「わあい。専売局でぁ、この葉一枚づつ数えで帳面さつけでるだ。

(おらしらなぃぞ。」)

おら知らなぃぞ。」

(「おらもしらなぃぞ。」)

「おらも知らなぃぞ。」

(「おらもしらなぃぞ。」みんなくちをそろえてはやしました。)

「おらも知らなぃぞ。」みんな口をそろえてはやしました。

(するとさぶろうはかおをまっかにして、)

すると三郎は顔をまっ赤にして、

(しばらくそれをふりまわして、なにかいおうとかんがえていましたが、)

しばらくそれを振り廻わして、何かいおうと考えていましたが、

(「おらしらないでとったんだい。」とおこったようにいいました。)

「おら知らないでとったんだい。」と怒ったようにいいました。

(みんなはこわそうに、だれかみていないかというようにむこうのいえをみました。)

みんなは怖そうに、誰か見ていないかというように向うの家を見ました。

(たばこばたけから、もうもうとあがるゆげのむこうで、)

たばこばたけから、もうもうとあがる湯気の向うで、

(そのいえはしいんとしてだれもいたようではありませんでした。)

その家はしいんとして誰も居たようではありませんでした。

(「あのいえ、いちねんせいのこすけのいえだじゃい。」)

「あの家、一年生の小助の家だじゃい。」

(かすけがすこしなだめるようにいいました。)

嘉助が少しなだめるようにいいました。

(ところがこうすけは、はじめからじぶんのみつけたぶどうやぶへ、)

ところが耕助は、はじめからじぶんの見附けた葡萄藪へ、

(さぶろうだのみんなあんまりきて、おもしろくなかったもんですから、)

三郎だのみんなあんまり来て、面白くなかったもんですから、

(いじわるくもいちどさぶろうにいいました。)

意地悪くもいちど三郎にいいました。

(「わあまたさぶろう、なんぼしらなぃたってわがなぃんだじゃ。)

「わあ又三郎、なんぼ知らなぃたってわがなぃんだじゃ。

(わあい、またさぶろう。もどのとおりにしてまゆんだであ。」)

わあい、又三郎。もどの通りにしてまゆんだであ。」

(またさぶろうはこまったようにして、またしばらくだまっていましたが、)

又三郎は困ったようにして、またしばらくだまっていましたが、

(「そんなら、おいらここへおいてくからいいや。」といいながら、)

「そんなら、おいら此処へ置いてくからいいや。」といいながら、

(さっきのきのねもとへ、そっとそのはをおきました。)

さっきの木の根もとへ、そっとその葉を置きました。

(するといちろうは、)

すると一郎は、

(「はやくあべ。」といって、さきにたってあるきだしましたので、)

「早くあべ。」といって、先にたってあるきだしましたので、

(みんなもついていきましたが、こうすけだけはまだのこって、)

みんなもついて行きましたが、耕助だけはまだ残って、

(「ほう、おらしらなぃぞ。ありゃ、またさぶろうのおいたは、あすごにあるじゃい。」)

「ほう、おら知らなぃぞ。ありゃ、又三郎の置いた葉、あすごにあるじゃい。」

(なんていっているのでしたが、)

なんていっているのでしたが、

(みんながどんどんあるきだしたので、こうすけもやっとついてきました。)

みんながどんどん歩きだしたので、耕助もやっとついて来ました。

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