嫁取婿取 9
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問題文
(「そうですかね」「おまえがひとりそつぎょうしただけでもたいへんなちがいよ」)
「そうですかね」「お前が一人卒業しただけでも大変な違いよ」
(「はやくもっとおやくにたちたいものです」)
「早くもっとお役に立ちたいものです」
(「じぶんでやっていってさえくれればなによりですわ。)
「自分でやって行ってさえくれれば何よりですわ。
(おとうさんもどうせあてにはできないとおっしゃっています」)
お父さんも何うせ当てには出来ないと仰っています」
(「みくくられているんですな。しかしせいぜいこころがけます。)
「見括られているんですな。しかし精々心掛けます。
(それからまたいちとうげですからね」「さんとうげですよ」と)
それから又一峠ですからね」「三峠ですよ」と
(おかあさんはえんだんのいみだった。)
お母さんは縁談の意味だった。
(やましたけはよんなんよんじょ、いまでこそはんすういじょうせいじんしておおいたてがかからなくなったが)
山下家は四男四女、今でこそ半数以上成人して大分手がかからなくなったが
(いぜんはがんぐはこをひっくりかえしたようだった。)
以前は玩具箱を引っくり返したようだった。
(はちにんといえばうむだけでもよういなことでない。)
八人といえば生むだけでも容易なことでない。
(そだてるほうがぶんぎょうになっているかねもちのかていとはちがう。)
育てる方が分業になっている金持ちの家庭とは違う。
(やましたふじんはきしかたをかえりみてよくしのぎをつけたものだとじぶんながら)
山下夫人は来し方を顧みて能く凌ぎをつけたものだと自分ながら
(ぜきこころするくらいだ。これがでんしゃのうんてんしゅだったらたしかにすとらいきを)
関心するくらいだ。これが電車の運転手だったら確かにストライキを
(なんかいもやっている。ちょうなんのしゅんいちくんはそこをいったのだった。)
何回もやっている。長男の俊一君はそこを言ったのだった。
(しかしかていのうんてんしゅはろうどうをろうどうとみとめていない。)
しかし家庭の運転手は労働を労働と認めていない。
(しゃしょうやくのやましたさんにしてもおなじことだ。)
車掌役の山下さんにしても同じことだ。
(はやくからこどもにしばられて、ついぞいちど)
早くから子供に縛られて、ついぞ一度
(だいたんなさいをなげるけっしんがつかないでしまった。)
大胆な骰子を投げる決心がつかないでしまった。
(これだけのにんずうをかかえてしつぎょうをしてはたいへんと)
これだけの人数を抱えて失業をしては大変と
(ひたすらしょうきょくてきかじりつしゅぎをほうじてきたのでしゅっせをしそこねた。)
ひたすら消極的齧付主義を奉じて来たので出世をし損ねた。
(ふうふのいっしょうはまったくこどものためのいっしょうだった。)
夫婦の一生は全く子供の為の一生だった。
(ふるいほうがくしでにりゅうがいしゃのかちょうはくいたらない。)
古い法学士で二流会社の課長は食い足らない。
(おんこうなやましたさんもときにふがいなくかんじる。)
温厚な山下さんも時に不甲斐なく感じる。
(しかしどうそうにはじぶによりもわるいのがしょうすうある。うえをみればはたしがない。)
しかし同窓には治部煮よりも悪いのが少数ある。上を見れば果しがない。
(それにせいこうしたれんちゅうにはみょうにかていのえんまんをかくのやこどものよくないのがおおい。)
それに成功した連中には妙に家庭の円満を欠くのや子供の良くないのが多い。
(そういうきゅうゆうにあうとおもいもかけないぐちをきかされる。)
そういう旧友に会うと思いもかけない愚痴を聞かされる。
(やましたさんはそのつど「きんができてもこどもがやくざものになっちゃしかたがない。)
山下さんはその都度「金が出来ても子供がヤクザものになっちゃ仕方がない。
(なあに、こちらだってせいかつにこまるんじゃないからね」とみずからなぐさめる。)
なあに、こちらだって生活に困るんじゃないからね」と自ら慰める。
(「ほんとうでございますよ。こうしてふたりそろってこどもをそだてていけば)
「本当でございますよ。こうして二人揃って子供を育てていけば
(ちっともふそくはございませんわ」とふじんもけっしてあがかない。)
ちっとも不足はございませんわ」と夫人も決して足掻かない。
(やましたふうふはこどもをゆいいつのせいこうとこころがけている。)
山下夫婦は子供を唯一の成功と心掛けている。
(たいていのかていはそうである。またそうであるのがあたりまえだ。)
大抵の家庭はそうである。またそうであるのが当たり前だ。
(ことにこぼんのうなやましたさんはなにかにつけてこどものじまんはなしをする。)
殊に子煩悩な山下さんは何かにつけて子供の自慢話をする。
(かいんはこころえたものだ。「かちょうさんのところはみなごせいせきがおよろしいですが)
課員は心得たものだ。「課長さんのところは皆御成績がおよろしいですが
(なにかひでんがありますか?さんこうのためにうけわせていただきたいものです」)
何か秘伝がありますか?参考の為に承わせて頂きたいものです」
(とごきげんをとる。しゃちょうもずるい。しょうきゅうをはんきのばしてもこどもをほめてやれば)
とご機嫌を取る。社長も狡い。昇給を半期延しても子供を誉めてやれば
(いいとおもってる。「やましたくん、ちょっと」「なにですか?」)
いいと思ってる。「山下君、一寸」「何ですか?」
(「きみのところのおこさんたちはじつにゆうしゅうぞろいだね」「どういたしまして」)
「君のところのお子さん達は実に優秀揃いだね」「何う致しまして」
(「ぼくのところはかずでこそまけないが、そせいらんぞうだからだめだ」)
「僕のところは数でこそ負けないが、粗製乱造だから駄目だ」
(「そんなこともありますまい」「いやきみのところはじつにけいふくだよ。)
「そんな事もありますまい」「いや・君のところは実に敬服だよ。
(やっぱりみなおくさんのいでんだろう?」「じょうだんおっしゃっちゃいけません」)
やっぱり皆奥さんの遺伝だろう?」「冗談仰っちゃいけません」
(とやましたさんはさいくんまでほめられてつもりでうれしがる。)
と山下さんは細君まで褒められて積りで嬉しがる。