嫁取婿取 30

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プレイ回数83難易度(4.5) 3569打 長文
佐々木邦 作

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問題文

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(しゅんいちくんはやっきになってばくげきをくわえるけれど、あいてはそういうことがせんもんだから)

俊一君は躍気になって駁撃を加えるけれど、相手はそういう事が専門だから

(とうていはがたたない。くやしまぎれにちくりちくりとひにくをいう。)

到底歯が立たない。口惜し紛れにチクりチクりと皮肉を言う。

(しかしそれがそくざにつうじないから、けっきょくほねおりそんになる。)

しかしそれが即座に通じないから、結局骨折り損になる。

(「かくばりはしゃれもひにくもわからない」というのはここである。)

「角張りは洒落も皮肉も分からない」というのはここである。

(あるあめふりのひに、さぶろうくんはがっこうからかえってきて「ただいま」というやいなや)

或る雨降りの日に、三郎君は学校から帰って来て「唯今」と言うや否や

(「はるこや、わかったよ。わかった。はっは・・・」とわらいだした。)

「春子や、分かったよ。分かった。ハッハ・・・」と笑い出した。

(「なんでございますの?」「みちのふかさだ」「はあ」とはるこさんは)

「何でございますの?」「道の深さだ」「はあ」と春子さんは

(がてんがいかなかった。さぶろうくんはくつをぬぎもあえず)

合点が行かなかった。三郎君は靴を脱ぎもあえず

(「じつはこのあいだよつやへいったとき、にいさんにからかわれたんだよ。)

「実はこの間四谷へ行った時、兄さんにからかわれたんだよ。

(「こうえんじもよいが、みちがせまいですからなあ」って)

「高円寺も良いが、道が狭いですからなあ」って

(れいによってわるくちをいうだろう?」とかたりはじめた。「それで?」)

例によって悪口を言うだろう?」と語り始めた。「それで?」

(「おれははちまどうろができれば、よつやにまけなくなるって)

「俺は八間道路が出来れば、四谷に負けなくなるって

(ちょっとほらをふいてやったのさ。するとにいさんは)

一寸法螺を吹いてやったのさ。すると兄さんは

(「はばはっけんでふかさはどれぐらいです?」ってきいた。)

「幅八間で深さはどれぐらいです?」って訊いた。

(「みちのふかさってことはありません」てこたえたら)

「道の深さってことはありません」て答えたら

(「こうえんじみちのふかさいくしゃくぞ」ってきゅうにしぎんをやりはじめた。)

「高円寺道の深さ幾尺ぞ」って急に詩吟をやり始めた。

(「にいさん、あれはほんのうじみぞのふかさですよ」って)

「兄さん、あれは本能寺溝の深さですよ」って

(おれがていせいすると、はっは・・・って、じつにつうかいにわらったよ。)

俺が訂正すると、ハッハ・・・って、実に痛快に笑ったよ。

(ここさ。おまえ、みちのふかさっていみがわかるかい?」「さあ」)

ここさ。お前、道の深さって意味が分かるかい?」「さあ」

(「わかるまい?おれはけんきゅうをかさねてただいま、はじめてわかった」)

「分かるまい?俺は研究を重ねて唯今、初めて分かった」

など

(「そんなにむずかしいこと?」)

「そんなにむずかしいこと?」

(「えきからここまでかえるとちゅう、どろのなかへいくどもふみこんだ。ずぶっとはいる。)

「駅からここまで帰る途中、泥の中へ幾度も踏み込んだ。ズブッと入る。

(ごすんぐらいある。にいさんのみちのふかさってのは、あれだよ。みちのわるいことさ」)

五寸ぐらいある。兄さんの道の深さってのは、あれだよ。道の悪いことさ」

(にいさんのみちのふかさってのは、あれだよ。みちのわるいことさ」)

兄さんの道の深さってのは、あれだよ。道の悪いことさ」

(「あのひとはひにくですからね」「なかなか、うまいことをいうよ」)

「あの人は皮肉ですからね」「なかなか、うまいことを言うよ」

(「あなたはひとがよいんですわ」)

「あなたは人が良いんですわ」

(「こうえんじみちのふかさいくしゃくぞか。これあるかな、これあるかな」)

「高円寺道の深さ幾尺ぞか。これあるかな、これあるかな」

(「おほほ。かんしんしていらっしゃいますのね」とはるこさんはきのどくになった。)

「オホホ。感心していらっしゃいますのね」と春子さんは気の毒になった。

(わからないのではないが、すくなくともにさんにちかかる。)

分らないのではないが、少なくともニ三日かかる。

(「ほんのうじとこうえんじだ」「もうわかりましたよ」)

「本能寺と高円寺だ」「もう分りましたよ」

(「みぞのふかさをみちのふかさにもじったところがおもしろい」)

「溝の深さを道の深さにもじったところが面白い」

(「おかあさんがわらっていらっしゃいますよ」)

「お母さんが笑っていらっしゃいますよ」

(「おかあさん、うまいしゃらくでしょう?」とこういうひとにかぎって)

「お母さん、うまい洒落でしょう?」とこういう人に限って

(わかるとおにのくびでもとったようにちんちょうする。)

分ると鬼の首でも取ったように珍重する。

(さて、このさぶろうくんがやすこさんのえんだんのけんでよつやをおとずれたひにもどる。)

さて、この三郎君が安子さんの縁談の件で四谷を訪れた日に戻る。

(「ただいま」「おかえりなさいまし」とはるこさんはでむかえて)

「唯今」「おかえりなさいまし」と春子さんは出迎えて

(「どうでございましたの?」ときいた。きっそうをまっていたのである。)

「どうでございましたの?」と訊いた。吉左右を待っていたのである。

(「びじときつけてきた」「めがねがうれることになって?」)

「美事説きつけてきた」「眼鏡が売れることになって?」

(「うむ。おとうさん、いちごんもない。はっは・・・」とさぶろうくんは)

「うむ。お父さん、一言もない。ハッハ・・・」と三郎君は

(きがえをするあいだもほうこくにいそがしく「ごらん」ととくいそうにふくさづつみをつきつけた。)

着替えをする間も報告に忙しく「御覧」と得意そうに袱紗包みを突きつけた。

(「やすこさんのしゃしんさ。これをせんぽうへわたして、せんぽうからもとりよせてくれと)

「安子さんの写真さ。これを先方へ渡して、先方からも取り寄せてくれと

(ごちゅうもんさ」「まあまあ、だいせいこうね」とはるこさんはつつみをといて)

御註文さ」「まあまあ、大成功ね」と春子さんは包みを解いて

(いもうとのしゃしんにみいる。「あんがいはやくことがはかどった」)

妹の写真に見入る。「案外早く事が捗った」

(「わたし、おとうさんとぎろんになりはしないかとおもって、しんぱいしていましたのよ」)

「私、お父さんと議論になりはしないかと思って、心配していましたのよ」

(「おかあさんががわでかせいをしてしたすったからやりやすかった。)

「お母さんが側で加勢をして下すったからやりやすかった。

(おとうさんもけっしてわからないひとじゃない」)

お父さんも決して分からない人じゃない」

(「それはそうですけれども」「けっきょく、なっとくがいって)

「それはそうですけれども」「結局、納得が行って

(このえんだんはおまえたちにいちにんするとおっしゃったよ」「あなたとわたし?」)

この縁談はお前たちに一任すると仰ったよ」「あなたと私?」

(「うむ。どうだね?」「せきにんがおもい」「しかしひきうけてきたよ」)

「うむ。どうだね?」「責任が重い」「しかし引き受けてきたよ」

(「けっこうでございますわ」「これはまとまる。りょうえんだもの」)

「結構でございますわ」「これは纏まる。良縁だもの」

(「にいさんはなんとおっしゃいましたの?」「にいさんはおるすだった」と)

「兄さんは何と仰いましたの?」「兄さんはお留守だった」と

(さぶろうくんはちょっとくびをかしげた。「むろんごいぞんはございますまい」)

三郎君は一寸首を傾げた。「無論御異存はございますまい」

(「うむ」「やすこは?」「おかあさんからおはなしになる」)

「うむ」「安子は?」「お母さんからお話になる」

(「きょうおあいになるって?」「うむ」「しっていて?」「さあ」)

「今日お会いになるって?」「うむ」「知っていて?」「さあ」

(「はやくせんぽうのおしゃしんをはいけんしたいものね」とはるこさんはそれだけが)

「早く先方のお写真を拝見したいものね」と春子さんはそれだけが

(きがかりだった。あまりふうさいがわるいとすすめかねる。)

気がかりだった。余り風采が悪いと進め兼ねる。

(「それをおくればすぐにおくってくるよ」)

「それを送れば直ぐに送って来るよ」

(「あのおこさんのおにいさんならきっとりっぱなおかたですわ」)

「あのお子さんのお兄さんならきっと立派なお方ですわ」

(「おれもそうおもっている。ときにおかあさんはどこかへおいでになったのかい」)

「俺もそう思っている。時にお母さんは何処かへお出でになったのかい」

(「ぼうやがおきてないたものですから、おとなりのにわとりをみせにいらっしゃいました」)

「坊やが起きて泣いたものですから、お隣の鶏を見せにいらっしゃいました」

(「はるこや」とさぶろうくんはきゅうにこえをひそめた。「はあ」)

「春子や」と三郎君は急に声を潜めた。「はあ」

(「おれはいましがたでんしゃのなかでにいさんにあったよ」)

「俺は今しがた電車の中で兄さんに会ったよ」

(「まあ。どこへいらっしゃたんでしょう?」)

「まあ。何処へいらっしゃたんでしょう?」

(「こんなことをおまえにはなしたくはないんだがわかいおんなのひととふたりづれだったよ」)

「こんなことをお前に話したくはないんだが若い女の人と二人づれだったよ」

(「あらまあ」「おれもおどろいた」「あなたおことばをおかけになって?」)

「あらまあ」「俺も驚いた」「あなたお言葉をお掛けになって?」

(「いや。はしからはしでせんぽうがきがつかなかったが)

「いや。端から端で先方が気がつかなかったが

(おれはふたりがしんじゅくでのるところからみていた」)

俺は二人が新宿で乗るところから見ていた」

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