嫁取婿取 32
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問題文
(「このあいだからうるさいってありませんのよ」「もういいわよ」)
「この間から煩いってありませんのよ」「もういいわよ」
(「ゆだんがなりませんわ」「それあずけておきますから)
「油断がなりませんわ」「それ預けておきますから
(よくかんがえてみておかあさんにもうしあげたらいいでしょう」「ええ」)
よく考えてみてお母さんに申し上げたらいいでしょう」「ええ」
(「やすこや、ほうきゅうどりよりもしょうかよ」「わたし、おかねなんかどうでもいいわ」)
「安子や、俸給取りよりも商家よ」「私、お金なんかどうでもいいわ」
(「なにもわからないのね」「それはむろんあるにこしたことはありませんけれど」)
「何も分からないのね」「それは無論あるに越したことはありませんけれど」
(「せきぐちさんといえばほんごうではたいていのひとがしっているざいさんかだそうですよ。)
「関口さんといえば本郷では大抵の人が知っている財産家だそうですよ。
(あのぼちでもわかっていますわ。いえのよりもよっぽどおおきいでしょう?)
あの墓地でも分かっていますわ。家のよりもよっぽど大きいでしょう?
(めがねやばかりでなくて、じしょをもっているんですって」とはるこさんは)
眼鏡屋ばかりでなくて、地所を持っているんですって」と春子さんは
(なこうどぐちをききはじめた。すきみをみつかったよしこさんは)
仲人口をきき始めた。隙見を見つかった芳子さんは
(じろうくんのところへにげていって「きてよ。あなたのおにいさんがきてよ」と)
二郎君のところへ逃げて行って「来てよ。あなたのお兄さんが来てよ」と
(ささやいた。「どんなやつ?」とじろうくんはらんぼうだ。「わたし、みちゃったの」)
囁いた。「どんな奴?」と二郎君は乱暴だ。「私、見ちゃったの」
(「だめだね。どこへしまったの?」)
「駄目だね。何処へ仕舞ったの?」
(「まだみているのよ。もういっぺんいってくるわ」ときょうだいしめしあわせている。)
「まだ見ているのよ。もう一遍行って来るわ」と姉弟示し合わせている。
(よしこさんはまもなくもどってきて、おおがたにむねwをたたきながら)
芳子さんは間もなく戻って来て、大形に胸Wを叩きながら
(「ごつくえのひきだしよ。ああ、こわかった」とほうこくした。)
「御机の引き出しよ。ああ、怖かった」と報告した。
(「よし、ぼくがぬすみだしてやる」「だめよ。がんばっているわ」)
「よし、僕が盗み出してやる」「駄目よ。頑張っているわ」
(「おおきいねえさんは?」「おざしきよ」「そうっと」とじろうくんが)
「大きい姉さんは?」「お座敷よ」「そうっと」と二郎君が
(うでをくんでかんがえこんだところへ、しゅんいちくんがはいってきて)
腕を組んで考え込んだ処へ、俊一君が入って来て
(「どうしたんだい?いったい」とおとうとあねをみくらべた。)
「どうしたんだい?一体」と弟姉を見比べた。
(「にいさん。まいりましたのよ、おしゃしんが」とよしこさんがにこにこした。)
「兄さん。参りましたのよ、お写真が」と芳子さんがニコニコした。
(「みたかい?」「いいえ。いまおっぱらわれてきましたの」)
「見たかい?」「いいえ。今追っ払われて来ましたの」
(「はやくみえてもらいなさい。きっとあのわかだんなだよ」)
「早く見えて貰いなさい。きっとあの若旦那だよ」
(「ねえさんこんりんざいだれにもみせないっておっしゃっていますわ」「ふうむ」)
「姉さん金輪際誰にも見せないって仰っていますわ」「ふうむ」
(「それでおとうさん、おかあさんからすぐにねえさんへいったのよ。)
「それでお父さん、お母さんから直ぐに姉さんへ行ったのよ。
(そうなるとにいさんもしんようがないのね」「よし、ぼく、わんりょくでやってくる」と)
そうなると兄さんも信用がないのね」「よし、僕、腕力でやって来る」と
(じろうくんはけっしんがついた。「ばかだなあ、おまえは」「なぜですか?」)
二郎君は決心がついた。「馬鹿だなあ、お前は」「何故ですか?」
(「それだからしかられるんだ。おれがさくをさずけてやる」としゅんいちくんがじろうくんに)
「それだから叱られるんだ。俺が策を授けてやる」と俊一君が二郎君に
(なにかみみうちをした。「ねえさん」とじろうくんがまたそれをつたえる。)
何か耳打ちをした。「姉さん」と二郎君が又それを伝える。
(「けれどもはやくしないと、どこかへしまってしまうわ」「すぐいってみよう」)
「けれども早くしないと、何処かへ仕舞ってしまうわ」「直ぐ行ってみよう」
(「ええ」とよしこさんはじろうくんにしたがった。)
「ええ」と芳子さんは二郎君に従った。
(やすこさんのへやはまわりえんになっている。じろうくんはいっぽうからちかづいて)
安子さんの部屋は廻り縁になっている。二郎君は一方から近付いて
(「よいおてんきだなあ」としばらくそらをながめていたあと)
「良いお天気だなあ」としばらく空を眺めていた後
(「ねえさん、ねえさん」とけたたましくよんだ。「なに?」とやすこさんがでてきた。)
「姉さん、姉さん」とけたたましく呼んだ。「何?」と安子さんが出て来た。
(「ひこうき。あら、かなたにも、あらこちらにも」とじろうくんはあちらこちらをゆびさした。)
「飛行機。あら、彼方にも、あら此方にも」と二郎君は彼方此方を指さした。
(「ばかね」とやすこさんがかつがれたことをさとったときには)
「馬鹿ね」と安子さんが担がれたことを覚った時には
(もういっぽうのえんがわからしのびこんだよしこさんがつくえのなかのしゃしんをぬすみだしていた。)
もう一方の縁側から忍び込んだ芳子さんが机の中の写真を盗み出していた。
(「にいさん」とよしこさんはしゅんいちくんのへやへかけこんだ。)
「兄さん」と芳子さんは俊一君の部屋へ駆け込んだ。
(「せいこう、せいこう」とじろうくんももどってきた。)
「成功、成功」と二郎君も戻って来た。
(「わかだんな。あいかわらずあいきょうがよいや。おい、こんどはみつからないように)
「若旦那。相変わらず愛嬌が良いや。おい、今度は見つからないように
(かえすのがむずかしい」としゅんいちくんがいったとたん)
返すのがむずかしい」と俊一君が言った途端
(「よしこ、よしこ」とよぶやすこさんのこえがきこえた。)
「芳子、芳子」と呼ぶ安子さんの声が聞こえた。
(「これはいけない」としゅんいちくんがあわてた。つぎのしゅんかんに)
「これはいけない」と俊一君が慌てた。次の瞬間に
(「ひどいわ。にいさん、ひどいわ」とやすこさんはしゅんいちくんにすがりついた。)
「ひどいわ。兄さん、ひどいわ」と安子さんは俊一君に縋りついた。
(じろうくんはさえぎったけれど、こえをたてられるのがおそろしい。)
二郎君は遮ったけれど、声を立てられるのが恐ろしい。
(しゃしんはしんのひとめみただけでとりもどされてしまった。)
写真は真の一目見ただけで取り戻されてしまった。