嫁取婿取 26

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佐々木邦 作

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問題文

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(しゅんいちくんがやってきて、おやこさんにんしばらくくびをあつめた。)

俊一君がやって来て、親子三人しばらく首を集めた。

(「げっきゅうとりよりもそういうてがたいしょうばいのほうがあんしんでございますよ」と)

「月給取よりもそういう手堅い商売の方が安心でございますよ」と

(おかあさんはすすんでいた。やましたさんもげっきゅうとりだが)

お母さんは進んでいた。山下さんも月給取だが

(けっしてそれへあてつけたのではない。「しゅんいちはどうだね?」)

決してそれへ当てつけたのではない。「俊一はどうだね?」

(「かいしゃいんにやるとすればにたりよったりのところでしょう。)

「会社員にやるとすれば似たり寄ったりのところでしょう。

(びんぼうしなけりゃなりませんよ。かわいそうです」)

貧乏しなけりゃなりませんよ。可哀想です」

(「やすこはおおざっぱですから、あまりきりつめたところへはむきませんわ」)

「安子は大ざっぱですから、余り切り詰めたところへは向きませんわ」

(「おまえはだまっていなさい。しゅんいちのいけんをきいているんだ」と)

「お前は黙っていなさい。俊一の意見を訊いているんだ」と

(やましたさんはせいした。)

山下さんは制した。

(「おかあさんのおっしゃるとおり、やっぱりしょうかがよかないでしょうか?)

「お母さんの仰る通り、やっぱり商家が良かないでしょうか?

(ことにそういうてがたいところならば」としゅんいちくんはおとうさんのきたいをうらぎった。)

殊にそういう手堅いところならば」と俊一君はお父さんの期待を裏切った。

(「そういうにも、ああいうにもてがたいかどうかわからん」)

「そういうにも、ああいうにも手堅いかどうか分らん」

(「それはむろんちょうさしてみるんです」「おまえはさんせいかい?」)

「それは無論調査して見るんです」「お前は賛成かい?」

(「はあ。せんぽうがきぬがささんのおっしゃるとおりなら、やすこのためにはけっこうなえんだんだろうと)

「はあ。先方が衣笠さんの仰る通りなら、安子の為には結構な縁談だろうと

(おもいます」「あねはまるまるこうとうがっこうきょうじゅぶんがくしほうがくしふじん)

思います」「姉は〇〇高等学校教授文学士法学士夫人

(いもうとはてつびんやのおかみさん、どんなものだろうね?つりあいは」「さあ」)

妹は鉄瓶屋の女将さん、どんなものだろうね?釣合は」「さあ」

(「でもせいぞうもとでございますよ。みせにすわっていてしょうばいをするんじゃありませんわ」)

「でも製造元でございますよ。店に坐っていて商売をするんじゃありませんわ」

(とおかあさんはもうをひらこうとつとめた。「それにしてもさ」)

とお母さんは蒙を啓こうと務めた。「それにしてもさ」

(「あなたはしょうかがおきらいですからね」)

「あなたは商家がお嫌いですからね」

(「そうでもないが、たかしょうしゅっしんでてつびんやというとしょなんにもげすはっている。)

「そうでもないが、高商出身で鉄瓶屋というと処何にも下司張っている。

など

(しゅんいち、おまえはそうかんじないか?」「さあ」)

俊一、お前はそう感じないか?」「さあ」

(「きんぞくいがいにちっともしきさいがない」)

「金属以外にちっとも色彩がない」

(「それはどうせてつがくとはたしょうちがいましょう」としゅんいちくんはあんにおさふねくんをふうした。)

「それはどうせ哲学とは多少違いましょう」と俊一君は暗に長船君を諷した。

(「たかしょうとおっしゃいますけれど、しょうだいでございますよ。しょうがくしじゃありませんか?」)

「高商と仰いますけれど、商大でございますよ。商学士じゃありませんか?」

(とおかあさんもそうそうぶんがくしほうがくしばなりにはなをもたせたくない。)

とお母さんもそうそう文学士法学士ばなりに花を持たせたくない。

(「いまはしょうだいでもむかしはたかしょうさ」「しかしもうずっといぜんにしょうかくしているんです」と)

「今は商大でも昔は高商さ」「しかしもうずっと以前に昇格しているんです」と

(しゅんいちくんもがくもんもんだいになるとつねにおとうさんをいかんにおもっている。)

俊一君も学問問題になると常にお父さんを遺憾に思っている。

(「おれのがくせいじだいにはいちだんしたにみていたものだ」)

「俺の学生時代には一段下に見ていたものだ」

(「いぜんはせんもんがっこうでしたから、しかたありませんが)

「以前は専門学校でしたから、仕方ありませんが

(さっこんはていだいとたいとうです。おとうさんのかいしゃでもそつぎょうなまをさいようするとき)

昨今は帝大と対等です。お父さんの会社でも卒業生を採用する時

(どうたいぐうじゃありませんか?」)

同待遇じゃありませんか?」

(「しまのずぼんなんかはいて、けいはくなやつらばかりいるがっこうだったよ」と)

「縞のズボンなんか穿いて、軽薄な奴等ばかりいる学校だったよ」と

(やましたさんのあたまにはしょうだいがない。さんじゅうねんむかしのたかしょうがいつまでもこびりついている。)

山下さんの頭には商大がない。三十年昔の高商がいつまでもこびり付いている。

(てつびんがうれるかうれないかのそうろんはこのひきつづきだった。)

鉄瓶が売れるか売れないかの争論はこの引き続きだった。

(ふじんはときどきうかがいをたてるけれど、ようりょうをえない。)

夫人は時々伺いを立てるけれど、要領を得ない。

(やましたさんはそのつどまだかんがえちゅうだという。)

山下さんはその都度まだ考え中だと言う。

(「あなた、やすこもすすまないようですから、いっそのこと)

「あなた、安子も進まないようですから、いっそのこと

(はやくおことわりになったらどうでございましょう?」とふじんはとうとうごうをにやした。)

早くお断りになったらどうでございましょう?」と夫人は到頭業を煮やした。

(「ほんにんがいやがるようじゃしかたがないね」)

「本人が厭がるようじゃ仕方がないね」

(「いいえ、あなたが「やすこや、てつびんやのおかみさんになるかい?」なんて)

「いいえ、あなたが「安子や、鉄瓶屋の女将さんになるかい?」なんて

(おっしゃるからですわ。がわでちからをいれなくて、どうしていくきになるものですか」)

仰るからですわ。側で力を入れなくて、どうして行く気になるものですか」

(「まあ、まちなさい。もうすこしかんがえてみる」)

「まあ、待ちなさい。もう少し考えて見る」

(「いつまでもらちがあきませんのね」「いそぐことないよ」とやましたさんは)

「いつまでも埒が明きませんのね」「急ぐことないよ」と山下さんは

(そのままにぎりつぶすさんだんだった。)

そのまま握り潰す算段だった。

(しょうだいもきにいらないが、しょうかへえんづけるいしはもうとうない。)

商大も気に入らないが、商家へ縁づける意思は毛頭ない。

(しかしそれをいいたてるとぎろんになるからたんにてつびんのうれないことをりきせつする。)

しかしそれを言い立てると議論になるから単に鉄瓶の売れないことを力説する。

(きぬがささんからやすこさんのしゃしんをようきゅうしてきたとき、やましたふじんは)

衣笠さんから安子さんの写真を要求してきた時、山下夫人は

(「あなた、もうおことわりもうしあげましょうよ」とさいごのけっていをうながした。)

「あなた、もうお断り申し上げましょうよ」と最後の決定を促した。

(「やすこはなんといっているね?」「いやだともうしていますわ」)

「安子は何と言っているね?」「厭だと申していますわ」

(「それじゃもんだいにならない」)

「それじゃ問題にならない」

(「あしたあたりおいでになっておことわりもうしあげてください」)

「明日あたりお出でになってお断り申し上げて下さい」

(「うっちゃっておけばやってくる」)

「打っちゃっておけばやって来る」

(「そんなしつれいなことはできませんわ。ああしてごしんせつにあしをはこんで)

「そんな失礼なことはできませんわ。ああしてご親切に足を運んで

(くださるもの」「それじゃいこう。これはやっぱりふちがなかったんだんだよ」と)

下さるもの」「それじゃ行こう。これはやっぱり縁がなかったんだんだよ」と

(やましたさんはおもうつぼだった。)

山下さんは思う壷だった。

(「あなた、わたし、ついでながらうかがっておきたいことがございますのよ」)

「あなた、私、序ながら伺っておきたいことがございますのよ」

(「なにだい?」「しょうだいがおきにめさなかったことはわかっていますが)

「何だい?」「商大がお気に召さなかったことは分かっていますが

(しょうかまでもおきにめさないんでございますか?」)

商家までもお気に召さないんでございますか?」

(「そんなことはないよ。なぜだい?」)

「そんなことはないよ。何故だい?」

(「これからさきも、どれかたがたへおたのみするんですから)

「これから先も、どれ方々へお頼みするんですから

(しょうかはいけないならいけないとはっきりおっしゃっていただくほうがはやわかりでございますわ」)

商家はいけないならいけないとハッキリ仰って戴く方が早分りでございますわ」

(「しょうかだからどうのこうのってことはない」「ほんとうでございましょうね?」)

「商家だからどうのこうのってことはない」「本当でございましょうね?」

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