嫁取婿取 35
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問題文
(きょうだいはたにんのはじまりだが、どうじにきってもきれないごほんのゆびだ。)
兄弟は他人の始まりだが、同時に切っても切れない五本の指だ。
(はるこさんはふたつのことわざをたいけんしている。)
春子さんは二つの諺を体験している。
(「はるこや、どんなひとなの?いったい」と)
「春子や、どんな人なの?一体」と
(おかあさんはそれどころではなかった。)
お母さんはそれどころではなかった。
(「それがはっきりしませんの。だんさーらしいともうしていましたけれど」)
「それがハッキリしませんの。ダンサーらしいと申していましたけれど」
(「いやね、そんなひと」)
「厭ね、そんな人」
(「れいじょうでおともだちのいもうとさんかもしれないんですって」)
「令嬢でお友達の妹さんかも知れないんですって」
(「それならまたかんがえようもありますけれど」)
「それなら又考えようもありますけれど」
(「しょくぎょうふじんでしょうっておっしゃるんですよ」「いったいどれがほんとう?」)
「職業婦人でしょうって仰るんですよ」「一体どれが本当?」
(「さぶろうはそういうことにうといほうですから、みてもわからないんですわ。)
「三郎はそういうことに疎い方ですから、見ても分からないんですわ。
(としもにじゅういちからにじゅうろくまでをじゅんじゅんにいっているんですもの「」)
年も二十一から二十六までを順々に言っているんですもの「」
(「おんなにはおんなでしょうね?」「ひどいわ、おかあさん」と)
「女には女でしょうね?」「ひどいわ、お母さん」と
(はるこさんはどこまでもさぶろうくんのかたじんにたたられる。)
春子さんは何処までも三郎君の堅人に祟られる。
(「なににしてもこまったことね」とおかあさんはかんがえこんで)
「何にしても困ったことね」とお母さんは考え込んで
(「にちようになるべくこうがいへでかけるようにって)
「日曜に成るべく郊外へ出掛けるようにって
(おとうさんもわたしもしょうれいしていたんですがいままでも)
お父さんも私も奨励していたんですが今までも
(やっぱりいのかしらだったのでしょうか?」とためいきをついた。)
やっぱり井之頭だったのでしょうか?」と溜息をついた。
(「いのかしらってのはせんこくももうしあげたとおり、さぶろうのそうぞうよ。)
「井之頭ってのは先刻も申し上げた通り、三郎の想像よ。
(けれどもほんとうにいのかしらだったらたいへんですわ」「なぜ?」)
けれども本当に井之頭だったら大変ですわ」「何故?」
(「あそこはいけないところですもの」)
「あそこはいけないところですもの」
(「でも、ひでひこなんかがっこうからえんそくにいきましたわ」)
「でも、英彦なんか学校から遠足に行きましたわ」
(「こどもはいいのよ。わかいおとことおんなはいけませんのよ」)
「子供はいいのよ。若い男と女はいけませんのよ」
(「なぜさ?」「おしどりこうえんってあだながついていますわ」「・・・」)
「何故さ?」「鴛公園って綽名がついていますわ」「・・・」
(「あそこへふたりきりでさんぽにいくようになればもうごそつぎょうなんですって」)
「あそこへ二人きりで散歩に行くようになればもうご卒業なんですって」
(「そんなにひょうばんのわるいところ?」)
「そんなに評判の悪いところ?」
(「ひびやなんかとどうじつのろんでないって、さぶろうももうしていました」)
「日比谷なんかと同日の論でないって、三郎も申していました」
(「しゅんいちにかぎって、そんなふこころえはなかろうとおもうんですけどもね」)
「俊一に限って、そんな不心得はなかろうと思うんですけどもね」
(「わたしもにいさんのじんかくをうたがうんじゃございませんわ。)
「私も兄さんの人格を疑うんじゃございませんわ。
(けれどもねんのためにもうしあげておくほうがいいとおもいまして」)
けれども念の為に申し上げて置く方がいいと思いまして」
(「これからもきのついたことはなんでもえんりょなくいってくださいよ」「ええ」)
「これからも気のついたことは何でも遠慮なく言って下さいよ」「ええ」
(「まさかまちがいはなかろうとおもうんですけれどもね。)
「まさか間違いはなかろうと思うんですけれどもね。
(わかいものだから、どんなまがささないともかぎりませんわ」)
若い者だから、どんな魔が差さないとも限りませんわ」
(「しぶかわさんのおたくのようなこともございますからね」)
「渋川さんのお宅のようなこともございますからね」
(「ゆだんはなりませんよ」「はやくもらってあげないからですわ」)
「油断はなりませんよ」「早く貰って上げないからですわ」
(「やすこやよしこのほうへきをとられているものですから)
「安子や芳子の方へ気を取られているものですから
(ついにのつぎになってしまって」)
つい二の次になってしまって」
(「にいさんはふへいよ。それでわたしたちにまであたりちらすんですわ」)
「兄さんは不平よ。それで私達にまで当たり散らすんですわ」
(「そんなこともないでしょうけれど」)
「そんなこともないでしょうけれど」
(「しんぱいね、ほんとうに」「わたし、しゅんいちにきいてみますわ」)
「心配ね、本当に」「私、俊一に訊いてみますわ」
(「おかあさん」「なに?」「わたし、こまりますわ」)
「お母さん」「何?」「私、困りますわ」
(「だいじょうぶよ。それとなききますから」)
「大丈夫よ。それとな訊きますから」
(「わたしがかえってからにしてくださいよ。)
「私が帰ってからにして下さいよ。
(ただでさえさぶろうとすれすれになっているんですから)
唯でさえ三郎とスレスレになっているんですから
(わたしたちのくちからでたことがわかると、おおさわぎになりますよ」と)
私達の口から出たことが分かると、大騒ぎになりますよ」と
(はるこさんがおんびんにしょちをこんがんしているところへ)
春子さんが穏便に処置を懇願しているところへ
(もんだいのしゅんいちくんがようふくすがたでえんがわからあらわれた。)
問題の俊一君が洋服姿で縁側から現れた。