嫁取婿取 33
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問題文
(たにんのはじまり)
他人の始まり
(ちゃのまではおかあさんとはるこさんがひそひそはなしこんでいた。)
茶の間ではお母さんと春子さんがヒソヒソ話し込んでいた。
(ざとはいつこてもよい。てつびんのちゃだんすのとだなのきめにも)
里はいつ来ても良い。鉄瓶の茶箪笥の戸棚の木目にも
(むかしなつかしいおもいでがうごいてはるこさんはしぜん、ちょうざになる。)
昔懐かしい思い出が動いて春子さんは自然、長座になる。
(おかあさんもちょうなんよりもちょうじょがそうだんあいてだ。)
お母さんも長男よりも長女が相談相手だ。
(「せんこくのようすではおとうさんもきにいったようね?」「ええ」)
「先刻の様子ではお父さんも気に入ったようね?」「ええ」
(「これはまとまりますよ」「わたしもなんだかそんなよかんがありますわ」)
「これは纏まりますよ」「私も何だかそんな予感がありますわ」
(「それにしゅんいちがすすんでいますのよ。だいがくがうえならはんたいしてやるんだけれど)
「それに俊一が進んでいますのよ。大学が上なら反対してやるんだけれど
(いちねんごだからつごうがいいって」「それもありますわね」)
一年後だから都合がいいって」「それもありますわね」
(「としよりのおとうとばかりできちゃやりきれないんですって、おほほ」と)
「年寄りの弟ばかり出来ちゃ遣り切れないんですって、オホホ」と
(おかあさんはありのままをつたえた。)
お母さんは有りのままを伝えた。
(「まあ」「しゅんいちはさぶろうさんがけむったいのよ」)
「まあ」「俊一は三郎さんが煙ったいのよ」
(「そんなこともないでしょうけれど」)
「そんなこともないでしょうけれど」
(「とにかく、いもうとのむこですから、とししたのほうがじゅんとうよ」)
「兎に角、妹の婿ですから、年下の方が順当よ」
(「するとさぶろうはへんそくね」「おまえのところはもうしかたがないわ」)
「すると三郎は変則ね」「お前のところはもう仕方がないわ」
(「まあ、ひどいわ」「おほほ」)
「まあ、ひどいわ」「オホホ」
(「いっきゅうかぐらいなら、にいさんはせんぽうをごぞんじじゃありませんの?」)
「一級下ぐらいなら、兄さんは先方をご存知じゃありませんの?」
(「せきぐちさんとどうきゅうのほうがかいしゃにいるんですって」)
「関口さんと同級の方が会社にいるんですって」
(「きいてみて?そのかたに」「ええ、もうしぶんないんですって」)
「訊いて見て?その方に」「ええ、申し分ないんですって」
(「おさけなんかめしあがらないでしょうね?)
「お酒なんか召し上がらないでしょうね?
(やすこはそれをじょうけんにしていますのよ」)
安子はそれを条件にしていますのよ」
(「だいじょうぶでしょう。さぶろうさんのおせわなら)
「大丈夫でしょう。三郎さんのお世話なら
(もうさんざんいしばしをたたいたあとでしょうからって)
もう散々石橋を叩いた後でしょうからって
(しゅんいちもあんしんしていましたわ」)
俊一も安心していましたわ」
(「おかあさん、いしばしってなに?」とはるこさんは)
「お母さん、石橋って何?」と春子さんは
(このけいようがきにいらなかった。)
この形容が気に入らなかった。
(「さぶろうさんはかたいということよ」)
「三郎さんは堅いということよ」
(「かたくてわるいんですか?」)
「堅くて悪いんですか?」
(「けっこうよ。おとうさんがしゅうしほめているじゃありませんか。)
「結構よ。お父さんが終始褒めているじゃありませんか。
(そのかたじんのおせわだから、だいじょうぶですって」)
その堅人のお世話だから、大丈夫ですって」
(「・・・」「まちがいありませんわ」)
「・・・」「間違いありませんわ」
(「・・・」「はるこや」「・・・」「おまえ、おこったの?」)
「・・・」「春子や」「・・・」「お前、怒ったの?」
(「おかあさん、わたし、さぶろうのことをひやかされるといやなきもちになりますよ。)
「お母さん、私、三郎のことを冷やかされると嫌な気持ちになりますよ。
(にいさんのことをさぶろうからいわれてもはらがたちますけれど」)
兄さんのことを三郎から言われても腹が立ちますけれど」
(「さぶろうさんがにいさんのことをなんとかおっしゃったの?」)
「三郎さんが兄さんのことを何とか仰ったの?」
(「・・・」)
「・・・」
(「はるこや、おまえはこのあいだもわたしがさぶろうさんのことをはなしたら)
「春子や、お前はこの間も私が三郎さんの事を話したら
(だまってたってしまったのね」)
黙って立ってしまったのね」
(「でも、わたし、ちゃかされれば、どうしたってこころもちがわるくなりますわ」)
「でも、私、茶化されれば、どうしたって心持ちが悪くなりますわ」
(「ちゃかしたってほどのこともなかったじゃないの?」)
「茶化したってほどのこともなかったじゃないの?」
(「いいえ」「ないないですもの」)
「いいえ」「内々ですもの」
(「いくらないないでも、せいじんだのきみこだのってのははんごですわ。)
「幾ら内々でも、聖人だの君子だのってのは反語ですわ。
(それをおかあさんまでいいきになっておっしゃるんですもの」)
それをお母さんまでいい気になって仰るんですもの」
(「じょうだんよ」「にいさんはあまりですわ。ほんとうににくらしいわ」)
「冗談よ」「兄さんは余りですわ。本当に憎らしいわ」
(「なぜ?」「せんこくもわたしに「せんせいはあいかわらずごきげんですか?」って)
「何故?」「先刻も私に「先生は相変わらず御機嫌ですか?」って
(ききましたの。わたし、にらんでやったわ」)
訊きましたの。私、睨んでやったわ」
(「おまえはめはおおきいからね」)
「お前は目は大きいからね」
(「おかあさん、すぐそのとおりじゃございませんか?」)
「お母さん、すぐその通りじゃございませんか?」
(「おほほ」「あきよ。わたし、もう」)
「オホホ」「厭よ。私、もう」
(「むずかしいのね。それじゃこれからきをつけましょう」と)
「むずかしいのね。それじゃこれから気をつけましょう」と
(おかあさんはなだめるほかなかった。)
お母さんは宥める外なかった。
(「ぎろんにまけてくやしいものだから、かたじんだのなにだのって」)
「議論に負けて口惜しいものだから、堅人だの何だのって」
(「しゅんいちもよくないんですよ」)
「俊一もよくないんですよ」
(「わたし、そのものじがきにいりませんわ」)
「私、そのもの字が気に入りませんわ」
(「しゅんいちがわるいのよ。いつまでもちゃめでね」)
「俊一が悪いのよ。いつまでも茶目でね」