嫁取婿取 29

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プレイ回数66難易度(4.5) 3046打 長文
佐々木邦 作

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問題文

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(「そうかね。まあまあ、ろーまにはいってはろーまじんにしたがえさ。)

「そうかね。まあまあ、ローマに入ってはローマ人に従えさ。

(しかたがない。しかしいえではすわらせてもらう」とさぶろうくんはれいぎただしい。)

仕方がない。しかし家では坐らせて貰う」と三郎君は礼儀正しい。

(がんらいかたじんというのでえんだんがせいりつしたのだ。)

元来堅人というので縁談が成立したのだ。

(しかしたしょうゆうずうのきかないうらみがある。)

しかし多少融通の利かない憾みがある。

(はるこさんがさとへかえると、おとうさんはかならず「どうだね?さぶろうは」ときく。)

春子さんが里へ帰ると、お父さんは必ず「どうだね?三郎は」と訊く。

(「かちんかちんよ」とはるこさんはこたえる。)

「カチンカチンよ」と春子さんは答える。

(「しかしかたいにこしたことはない」「それはそうですけれど」)

「しかし堅いに越したことはない」「それはそうですけれど」

(「べんきょうだろう?あいかわらず」「ええ、ひまさえあればつくえにすわったきりですわ」)

「勉強だろう?相変わらず」「ええ、閑さえあれば机に坐ったきりですわ」

(「よくつづくよ」「わたし、このあいだみましたら、ごほんにいちいち)

「よく続くよ」「私、この間見ましたら、御本に一々

(なんねんなんがつなんにちどくはってかいてありましたのよ」「きちょうめんだね」)

何年何月何日読破って書いてありましたのよ」「几帳面だね」

(「しょさいのなかがきちんとして、まるでかきわりのようですわ」)

「書斎の中がキチンとして、まるで書割のようですわ」

(「いえのしゅんいちなぞはちっとさぶろうのつめあかをもらってせんじてのむといいんだよ」と)

「家の俊一なぞはちっと三郎の爪垢を貰って煎じて飲むといいんだよ」と

(おとうさんはさぶろうくんをすいしょうする。)

お父さんは三郎君を推賞する。

(むこにはなをもたせるつもりでいえのものをけなすのだが)

婿に花を持たせるつもりで家の者を貶すのだが

(たびかさなると、しゅんいちくんはおもしろくない。)

度重なると、俊一君は面白くない。

(さっこんはさぶろうくんにはんかんをもって「おかあさん、いったいぜんたいこうえんじのかくばりは)

昨今は三郎君に反感を持って「お母さん、一体全体高円寺の角張りは

(ぼくのおとうとですか?にいさんですか?」なぞとときおりおかさんにからみかかる。)

僕の弟ですか?兄さんですか?」なぞと時折岡さんに絡みかかる。

(「おとうとのことはわかっているじゃありませんか?おまえのいもうとのむこですもの」)

「弟のことは分かっているじゃありませんか?お前の妹の婿ですもの」

(「しかしちっともおとうとらしくしませんよ」)

「しかしちっとも弟らしくしませんよ」

(「にいさんとよんでいるじゃないの?」)

「兄さんと呼んでいるじゃないの?」

など

(「ひょうめんはにいさんとよんでも、じぶんのほうがにいさんのつもりですよ」)

「表面は兄さんと呼んでも、自分の方が兄さんのつもりですよ」

(「そんなことはないでしょう」)

「そんなことはないでしょう」

(「いいえ。おとうさんがかくばりばかりほめるからいけないんです」)

「いいえ。お父さんが角張りばかり褒めるからいけないんです」

(「かくばりはよしてちょうだい。わたし、このあいだおとうさんにしかられたじゃありませんか?」)

「角張りはよして頂戴。私、この間お父さんに叱られたじゃありませんか?」

(「ぼくはあのもったいぶったたいどがきにいりません。)

「僕はあの勿体ぶった態度が気に入りません。

(なにかというと、ぼくやじろうにくんろんをするつもりです」)

何かというと、僕や二郎に訓論をするつもりです」

(「それはがっこうのせんせいだからついぐせがでるんですわ」)

「それは学校の先生だからつい癖が出るんですわ」

(「にょうぼうのさとをきょうしつとまちがえるようじゃあたまのよさもしれています」)

「女房の里を教室と間違えるようじゃ頭の良さも知れています」

(「おまえよりもとしがうえだから、しんせつずくでせわをやくんですよ。)

「お前よりも年が上だから、親切ずくで世話を焼くんですよ。

(きにかけることはないわ」「あれかかたじんじゃないです」)

気にかけることはないわ」「あれか堅人じゃないです」

(「それならなに?」「へんじんですよ」「かわいそうに」)

「それなら何?」「変人ですよ」「可哀そうに」

(「しゃれもひにくもわからない。じろうにからかわれてもしらないでいるんです」)

「洒落も皮肉も分からない。二郎にからかわれても知らないでいるんです」

(「まあまあ、なかよくしてくださいよ。わたし、そのなかにはるこにいっておきますから」と)

「まあまあ、仲良くして下さいよ。私、その中に春子に言って置きますから」と

(おかあさんはなだめるほかなかった。)

お母さんは宥めるほかなかった。

(さぶろうくんはけっしてでしゃばるつもりでない。)

三郎君は決して出しゃばるつもりでない。

(ただてんしんらんまんにかくばっているおひれがしゅんいちくんのかんしゃくにさわるのである。)

唯天真爛漫に角張っている尾鰭が俊一君の癇癪に障るのである。

(たとえばはなしのなかにもだんがーるがでるばあい)

例えば話の中にモダン・ガールが出る場合

(「もだんぼーいだのもだんがーるだのってものは)

「モダン・ボーイだのモダン・ガールだのってものは

(ぶんかのじょうそうにうかぶあわかすですよ。もんだいにするにたりません」と)

文化の上層に浮かぶ泡糟ですよ。問題にするに足りません」と

(さぶろうくんはおもうままをのべる。)

三郎君は思うままを述べる。

(「しかしたしょういぎののあるそんざいでしょう」ともだんをもってにんじている)

「しかし多少意義ののある存在でしょう」とモダンをもって任じている

(しゅんいちくんはじぶんがののしられたようなきになる。「それはむろんです」)

俊一君は自分が罵られたような気になる。「それは無論です」

(「いちがいにけなすべきものじゃありますまい」)

「一概に貶すべきものじゃありますまい」

(「しかしあわかすとしてのそんざいにすぎませんよ」)

「しかし泡糟としての存在にすぎませんよ」

(「がんらいあわかすときめるのがどくだんてきじゃないでしょうか?」)

「元来泡糟と決めるのが独断的じゃないでしょうか?」

(「さあ。どうもそれいじょうのそんざいとはおもえませんな。)

「さあ。どうもそれ以上の存在とは思えませんな。

(すうじゅうねんもたてばきえてしまうんですから」)

数十年もたてば消えてしまうんですから」

(「もだんぼーいともだんがーるがですか?」)

「モダン・ボーイとモダン・ガールがですか?」

(「はあ」「ぼくはきえないとおもいます」)

「はあ」「僕は消えないと思います」

(「むろんほんたいはぶんかのつづくかぎりつづきます。めいしょうがきえるだけです」)

「無論本体は文化の続く限り続きます。名称が消えるだけです」

(「それはどういういみですか?」)

「それはどういう意味ですか?」

(「ぼくたちのこどものころ、はいからさんてことばがはやったでしょう?)

「僕達の子供の頃、ハイカラさんて言葉が流行ったでしょう?

(あれがあのじだいのぶんかのあわかすです。もだんぼーとともだんがーるは)

あれがあの時代の文化の泡糟です。モダン・ボートとモダン・ガールは

(げんだいぶんかのあわかすです。それですから、いぜんのはいからとさっこんの)

現代文化の泡糟です。それですから、以前のハイカラと昨今の

(もだんとのあいだにはいちみゃくしょうつうじるところがあります。)

モダンとの間には一脈相通じるところがあります。

(どなたもあわかすです。じつはどうめいいじん、いや、いみょうどうじんですからな。)

何方も泡糟です。実は同名異人、いや、異名同人ですからな。

(つぎのじだいのぶんかのあわかすにはまたべつのめいしょうがつくにそういありません」と)

次の時代の文化の泡糟には又別の名称がつくに相違ありません」と

(さぶろうくんはせいとにおしえるようなくちょうをおびる。)

三郎君は生徒に教えるような口調を帯びる。

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