嫁取婿取 15
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問題文
(やましたけのちょうじょはるこさんとおさふねくんのえんだんはなかなかねんがいった。)
山下家の長女春子さんと長船君の縁談はなかなか念が入った。
(ちょうさのけっか、もうしぶんないかたじんとなっとくがいったころ)
調査の結果、申し分ない堅人と納得がいった頃
(なこうどのさいとうさんはそろそろしびれをきらして)
仲人の斎藤さんはそろそろ痺れを切らして
(「きみ、どなたかにきめたまえ。おさふねくんがまたやってこたよ。)
「君、何方かに決めたまえ。長船君がまたやって来たよ。
(ぼくはあいだにたってこまる」といいだした。)
僕は間に立って困る」と言い出した。
(「しっけい、しっけい。あらためてごへんじにあがろうとおもっていたところだ」と)
「失敬、失敬。改めて御返事に上がろうと思っていたところだ」と
(やましたさんもじぶんのいこうだけはきまっていた。)
山下さんも自分の意向だけは決まっていた。
(「ながびいていやきがさすとこまる」「どんなぐあいだね?」)
「長引いて嫌気がさすと困る」「どんな具合だね?」
(「やっぱりすすんでいる。しゃしんでたいていわかっていますが)
「やっぱり進んでいる。写真で大抵分かっていますが
(どういうおかたでしょうかって、もっとぐたいてきにしりたいのらしい」)
どういうお方でしょうかって、もっと具体的に知りたいのらしい」
(「こちらでもまいにちおなじようなことをいっているんだよ」)
「此方でも毎日同じようなことを言っているんだよ」
(「それじゃみあいをすればいいじゃないか」)
「それじゃ見合いをすればいいじゃないか」
(「そのそうだんちゅうだが、ちゅうもんがむつかしくてこまるんだ」)
「その相談中だが、注文がむつかしくて困るんだ」
(「きにいらないのかい?」)
「気に入らないのかい?」
(「いや、みたいといっているから、きにははいっているようだ」)
「いや、見たいと言っているから、気には入っているようだ」
(「それならみあいにいぞんはないんだね?」)
「それなら見合いに異存はないんだね?」
(「いや、みたいが、みられたくないというんだ」「ようりょうをえないね」)
「いや、見たいが、見られたくないと言うんだ」「要領を得ないね」
(「みられるとはずかしいのさ。むすめとしてはむりもないはなしだろう。)
「見られると恥ずかしいのさ。娘としては無理もない話だろう。
(それでみられないでみあいをするほうはあるまいかとこういうんだ」)
それで見られないで見合いをする法はあるまいかとこう言うんだ」
(「そんなみあいはないよ」「いっしゅのみあいさ」)
「そんな見合いはないよ」「一種の見合いさ」
(「いや、たんにみだよ、かたいっぽうだけだもの。あいじゃない」)
「いや、単に見だよ、片一方だけだもの。合いじゃない」
(「みでもいい。そのけんをひとつはからってもらえないか?」)
「見でもいい。その見を一つ計らって貰えないか?」
(「どうするんだい?」「きみのいえへおさふねくんをそれとなくしょうたいして)
「どうするんだい?」「君の家へ長船君をそれとなく招待して
(つぎのまからはるこがのぞいてみるのさ」)
次の間から春子が覗いて見るのさ」
(「なるほど」「すこしむりなちゅうもんだけれども」「よろしい。はからおう」と)
「なるほど」「少し無理な注文だけれども」「よろしい。計らおう」と
(さいとうさんはひきうけた。「ありがたい」)
斎藤さんは引き受けた。「有難い」
(「しかししたみだけでおしまいにしたんじゃざんこくだぜ」)
「しかし下見だけでお仕舞にしたんじゃ残酷だぜ」
(「そんなことはまんいちにもないつもりだ。)
「そんなことは万一にもないつもりだ。
(きにいればすぐにせいしきのみあいをする」「きにいるかしら?」)
気に入ればすぐに正式の見合いをする」「気に入るかしら?」
(「だいじょうぶだ。なにかとりくつをつけるのはわるくおもっていないしょうこさ」)
「大丈夫だ。何彼と理屈をつけるのは悪く思っていない証拠さ」
(「やつ、しけんへただというから、らくだいしなければいいが」)
「奴、試験下手だというから、落第しなければいいが」
(「なあに、そんなきけんがあるようならとうにうちきってしまう。)
「なあに、そんな危険があるようならとうに打ち切ってしまう。
(じゅうぶんみこしがついているから、こんなわがままなことをたのむのさ」と)
充分見越しがついているから、こんな我儘なことを頼むのさ」と
(やましたさんもてまえがってはしょうちのうえだった。)
山下さんも手前勝手は承知の上だった。
(なこうどがきゅうのせんせいときているので、おむこさん、いちいちじぶんのほうから)
仲人が旧の先生と来ているので、お婿さん、一々自分の方から
(あしをはこばなければならない。)
足を運ばなければならない。
(わらじせんそくのたとえがあべこべになっている。)
草鞋千足の譬えがアベコベになっている。
(おさふねrきみはあるばん、しょうかんにおうじてきゅうきょさいとうけへしゅっとうした。)
長船R君は或晩、召喚に応じて急遽斎藤家へ出頭した。
(「せんせい、せんじつはいがいのちょうざをいたしまして、きょうしゅくせんばんでございます。)
「先生、先日は意外の長座を致しまして、恐縮千万でございます。
(きょうはまた・・・」とれいによってかたい。)
今日は又・・・」と例によって堅い。
(「いや、たびたびごそくろうをかけます。さあ、どうぞ」)
「いや、度々ご足労をかけます。さあ、どうぞ」
(「はあ」「さあどうぞこちらへ」「はあ」「おしきください」と)
「はあ」「さあどうぞ此方へ」「はあ」「お敷き下さい」と
(やましたさんはあっせんする。りんしつがちゃのまで)
山下さんは斡旋する。隣室が茶の間で
(そこにはさいとうふじんとやましたふじんとはるこさんがながひばちをかこんでひかえている。)
そこには斎藤夫人と山下夫人と春子さんが長火鉢を囲んで控えている。
(「はるこさん」とさいとうふじんがささやいた。「はあ」)
「春子さん」と斎藤夫人が囁いた。「はあ」
(「もうよろしいようでございますから、わたし、おちゃをだします」「はあ」)
「もう宜しいようでございますから、私、お茶を出します」「はあ」
(「そのときあのすみをしめのこしてまいりますから、ゆっくりごらんくださいまっせ」)
「その時あの隅を締め残して参りますから、ゆっくり御覧下さいまっせ」
(「ありがとうぞんじます」「みつからないようにね」「だいじょうぶでございます」と)
「有難う存じます」「見つからないようにね」「大丈夫でございます」と
(はるこさんはなかなかもってはずかしいどころでない。いたってじむてきだった。)
春子さんはなかなかもって恥ずかしいどころでない。至って事務的だった。
(「おくさま」とやましたふじんがこえをひそめた。「はあ」)
「奥様」と山下夫人が声を潜めた。「はあ」
(「わたしたち、おげんかんへはきものをぬいでまいりましたが)
「私達、お玄関へ履物を脱いで参りましたが
(きどられはしませんでしたろうか?」)
気取られはしませんでしたろうか?」
(「てぬかりはございません。すぐにげたばこへしまわせました」)
「手抜かりはございません。直ぐに下駄箱へ仕舞わせました」
(「おそれいります」)
「恐れ入ります」
(「ただいまもうしあげたとおり、おちゃをもってまいるときに・・・」「はあ」)
「ただ今申し上げた通り、お茶を持って参る時に・・・」「はあ」
(「むねがどきどきいたしますわ」「わたしも」)
「胸がドキドキ致しますわ」「私も」
(「こんなことじゃおどろぼうなんかできませんわね」とさいとうふじんもきんちょうしていた。)
「こんなことじゃお泥棒なんか出来ませんわね」と斎藤夫人も緊張していた。
(きゃくまでは「れいのおはなしですがあまりながびくものですからちょっと)
客間では「例のお話ですが余り長引くものですから一寸
(けいいをもうしあげておきたいとぞんじまして」「ははあ」)
経緯を申し上げて置きたいと存じまして」「ははあ」
(「てがみでもすんだのですが・・・」)
「手紙でも済んだのですが・・・」
(「いや、おうかがいもうしあげようとぞんじていたところでした」)
「いや、お伺い申し上げようと存じていたところでした」