嫁取婿取 27

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佐々木邦 作

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問題文

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(「うそをいうものか。こんどのえんだんだって、しょうかだからすすまなかったんじゃない。)

「嘘を言うものか。今度の縁談だって、商家だから進まなかったんじゃない。

(はんじょうするせいしつのしょうかとしんだいかぎりをするせいしつのしょういえがある。)

繁盛する性質の商家と身代限りをする性質の商家がある。

(てつびんはこのあいだからもいっているとおりうれないにきまっている」)

鉄瓶はこの間からも言っている通り売れないに決まっている」

(「はんじょうするしょうかならさかなやさんでもよいんでございましたわね」)

「繁盛する商家なら魚屋さんでも良いんでございましたわね」

(「うむ、ていだいでをつれてきなさい」「わかりました」とふじんはなっとくした。)

「うむ、帝大出をつれて来なさい」「分かりました」と夫人は納得した。

(しゅじんがわからないことをいうかていではしゅふはひつよういじょうけいりゃくをもちいるようになる。)

主人が分からないことを言う家庭では主婦は必要以上計略を用いるようになる。

(やましたふじんもよんどころなかった。おおせにしたがっていれば)

山下夫人も拠所なかった。仰せに従っていれば

(むすめたちがみすみすりょうえんをうしなう。てつびんやをことわったとき、べつにしょうかからくちが)

娘たちがミスミス良縁を失う。鉄瓶屋を断った時、別に商家から口が

(かかっていたので、それとなくねんをおしたのだった。)

かかっていたので、それとなく念を押したのだった。

(やましたさんはげんちをとられたとはきがつかない。)

山下さんは言質を取られたとは気がつかない。

(かえってしょうかのげきたいほうをはつめいしたつもりでいた。)

却って商家の撃退法を発明したつもりでいた。

(さきごろちょうじょのはるこさんがひさしぶりにかおをみせて、おかあさんのぐちをきいたあと)

先頃長女の春子さんが久しぶりに顔を見せて、お母さんの愚痴を聞いた後

(「おかあさん、じつはわたしもやすこのことでうかがいましたのよ」といった。)

「お母さん、実は私も安子のことで伺いましたのよ」と言った。

(「こころあたりでもあって?」「ええ、たえなかんけいですわ。)

「心当たりでもあって?」「ええ、妙な関係ですわ。

(けれどもそんなふうじゃとてもだめでしょうね。やっぱりしょうかですから」)

けれどもそんな風じゃとても駄目でしょうね。やっぱり商家ですから」

(「なにや?」「めがねやさんよ。なかなかおおきいのよ」)

「何屋?」「眼鏡屋さんよ。なかなか大きいのよ」

(「へええ。たえなかんけいってどんなかんけい?」とおかあさんはひざをすすめた。)

「へええ。妙な関係ってどんな関係?」とお母さんは膝を進めた。

(「すこしえんぎがわるいのよ」「まあ」)

「少し縁起が悪いのよ」「まあ」

(「いえのぼちのとなりにせきぐちけだいだいってのがあるでしょう」「ええ」)

「家の墓地の隣りに関口家代々ってのがあるでしょう」「ええ」

(「おほほ」「なにがおかしいの?」)

「オホホ」「何が可笑しいの?」

など

(「でもおかあさん、そんなしんけんなかおをなさるんですもの」)

「でもお母さん、そんな真剣な顔をなさるんですもの」

(「でもえんだんにぼちのおはなしなんかきんもつでしょう」)

「でも縁談に墓地のお話なんか禁物でしょう」

(「あれよ。あれはほんごうのめがねやさんよ」)

「あれよ。あれは本郷の眼鏡屋さんよ」

(「そういえばきいたことがありますわ。そくりょうのきかいやさんじゃないの?」)

「そう言えば聞いたことがありますわ。測量の機械屋さんじゃないの?」

(「めがねがおもよ。おかあさんはこのあいだおひがんにあすこのほうをおみうけしたでしょう?」)

「眼鏡が主よ。お母さんはこの間お彼岸に彼処の方をお見受けしたでしょう?」

(「ええ、ちょうどきあわせていましたよ、おおにんずうで」)

「ええ、丁度来合せていましたよ、大人数で」

(「あのときちょうなんのほうがやすこをみそめたらしいのよ」)

「あの時長男の方が安子を見初めたらしいのよ」

(「まあ。おはかまいりにきて、いやなひとね」)

「まあ。お墓詣りに来て、厭な人ね」

(「けれどもわたし、これはえんがあるのじゃなかろうかとおもいますわ」「なぜ?」)

「けれども私、これは縁があるのじゃなかろうかと思いますわ」「何故?」

(「そのほうのおとうとさんというのがさぶろうのがっこうのせいとで、さぶろうのかんとくなまよ」「まあ」)

「その方の弟さんというのが三郎の学校の生徒で、三郎の監督生よ」「まあ」

(「きょねんのくれにおかあさんがおれいながらおいでになりましたの。)

「去年の暮にお母さんがお礼ながらお出でになりましたの。

(どこかでみかけたようなおかただとそんじましたが)

何処かで見かけたようなお方だと損じましたが

(そのときはきがつきませんでした」「せんぽうも?」)

その時は気がつきませんでした」「先方も?」

(「ええ。ところが、このあいだそのおこさんがいえへあそびにまいりましたの。)

「ええ。ところが、この間そのお子さんが家へ遊びに参りましたの。

(またみかけたようなかおでしょう。わたし、きいてみましたの。)

又見かけたような顔でしょう。私、訊いて見ましたの。

(「どこかでおめにかかったようね」って。)

「何処かでお目にかかったようね」って。

(するとせんぽうはおぼえがいいわ。「あおやまのぼちです」っておっしゃいました。)

すると先方は覚えがいいわ。「青山の墓地です」って仰いました。

(「そうでしたわね。まあ」っておおわらいをいたしましたわ」)

「そうでしたわね。まあ」って大笑いを致しましたわ」

(「たえなことがあるものね」)

「妙なことがあるものね」

(「それからまもなくおかあさんがまたおみえになって)

「それから間もなくお母さんが又お見えになって

(こんどはめいのりあいましたのよ。らいせはおとなりどうしでしょうから)

今度は名乗り合いましたのよ。来世はお隣同志でしょうから

(どうぞごべっこんになんてごじょうだんをおっしゃいましたわ」「まあ、あきねえ」)

どうぞ御別懇になんて御冗談を仰いましたわ」「まあ、厭ねえ」

(「おこさんのごせいせきがよくないそうですからそのおはなしかとおもっていましたら)

「お子さんのご成績が好くないそうですからそのお話かとおもっていましたら

(やすこのことをおききになりましたの」「なんて?」)

安子のことをお聞きになりましたの」「何て?」

(「それとなくよ。まだおはなしはございませんかの)

「それとなくよ。まだお話はございませんかの

(どれ、どこかへおかたづきでしょうのって」「おまえなんといったの?」)

どれ、何処かへお片付きでしょうのって」「お前何と言ったの?」

(「よいところがございましたらおせわをねがいますって)

「良いところがございましたらお世話を願いますって

(おたのみいたしましたわ。するといえのちょうなんもそろそろさがしているのですがって)

お頼み致しましたわ。すると家の長男もソロソロ探しているのですがって

(おひがんのときのおはなしをなさいましたの。おおいたきがあるらしいのよ)

お彼岸の時のお話をなさいましたの。大分気があるらしいのよ

(そのちょうなんのほうが」とはるこさんのしめいはそういうようりょうだった。)

その長男の方が」と春子さんの使命はそういう要領だった。

(「みみよりね。いくつ?おとしは」「にじゅうななとおっしゃいました」)

「耳寄りね。幾つ?お年は」「二十七と仰いました」

(「ちょうどそんなかたいましたよ。いもうとさんがおありでしょう?」)

「丁度そんな方いましたよ。妹さんがおありでしょう?」

(「ええ、おおぜいらしいのよ」「きょねんひとりなくなったのよ。)

「ええ、大勢らしいのよ」「去年一人亡くなったのよ。

(おめでたいほうはわかりませんが、わるいほうだけはおはかですぐわかりますわ」)

御目出度い方は分かりませんが、悪い方だけはお墓で直ぐわかりますわ」

(「いやなおつきあいね」「ほんとうにね」)

「厭なお付き合いね」「本当にね」

(「さぶろうがきのうだいがくへいったついでによってまいりましたの」「せきぐちさんへ?」)

「三郎が昨日大学へ行った序に寄って参りましたの」「関口さんへ?」

(「ええ」「きのはやいひとたちね。おまえたちでひきうけてしまったの?」)

「ええ」「気の早い人達ね。お前達で引き受けてしまったの?」

(「いいえ、おこさんことでたびたびおいでくださるからよ。)

「いいえ、お子さんことで度々お出で下さるからよ。

(むろんついでにようすをみてきていただいたんですけれど」「どんなふう?」)

無論序に様子を見て来て戴いたんですけれど」「どんな風?」

(「おおきくやっているそうですわ」「おくさんはやすこをほしいとかもらいたいとか)

「大きくやっているそうですわ」「奥さんは安子を欲しいとか貰いたいとか

(はっきりおっしゃったの?」「おめでたいおはなしをぼちのかんけいでもってあがったんじゃ)

ハッキリ仰ったの?」「御目出度いお話を墓地の関係で持って上ったんじゃ

(どうせしおばなものでございましょうなんて)

どうせ塩花ものでございましょうなんて

(それとなくわたしたちにたのみこんだつもりらしいのよ。)

それとなく私達に頼み込んだつもりらしいのよ。

(さっしてあげなければなりませんわ」「それでさぶろうさんがみにいったの?」)

察して上げなければなりませんわ」「それで三郎さんが見に行ったの?」

(「まあそうよ」「がっこうはどこそつぎょう?」)

「まあそうよ」「学校は何処卒業?」

(「あらたいせつなことをわすれていました。ていだいよ。けいざいがくしよ。)

「あら大切なことを忘れていました。帝大よ。経済学士よ。

(あつらえむきじゃございませんか?」「そうね」)

誂え向きじゃございませんか?」「そうね」

(「おとうさんにもうしあげてみましょうか?」「だめよ」「なぜ?」)

「お父さんに申し上げてみましょうか?」「駄目よ」「何故?」

(「しょうかですもの。わるくこじらせれば、それっきりですわ。)

「商家ですもの。悪く拗らせれば、それっきりですわ。

(おまえやわたしからもちだせば、もんくをつけるにきまっていますよ」)

お前や私から持ち出せば、文句をつけるに決まっていますよ」

(「でもよいところでやすこがいくきになればよいはずじゃございませんか?」)

「でも良いところで安子が行く気になれば良い筈じゃございませんか?」

(「りくつじゃないのよ。いじですからね」「そんなわかりませんの?」)

「理屈じゃないのよ。意地ですからね」「そんな分りませんの?」

(「おまえのおとうさんだけれど、わたしはもうあきれていますのよ」)

「お前のお父さんだけれど、私はもう呆れていますのよ」

(「さぶろうからいわせてみましょうか?」「そうね」「さぶろうならしんようがありますわ」)

「三郎から言わせてみましょうか?」「そうね」「三郎なら信用がありますわ」

(「それもいいかたひとつよ。せんぽうにおかねがあるなんていったら、もうだめよ」)

「それも言い方一つよ。先方にお金があるなんて言ったら、もう駄目よ」

(「むずかしいのね」「ひとつそうだんしましょう」とおかあさんは)

「むずかしいのね」「一つ相談しましょう」とお母さんは

(さくをまわらすじせつがきた。さぶろうくんがおとずれたのはそのつぎのにちようだった。)

策を廻らす時節が来た。三郎君が訪れたのはその次の日曜だった。

(もっともそのあいだにおかあさんはこうえんじへぬけがけをしてつぶささにうちあわせたのである。)

尤もその間にお母さんは高円寺へ抜け駆けをして具さに打ち合わせたのである。

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