夢十夜 8
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問題文
(じいさんがまっすぐにやなぎのしたまできた。やなぎのしたにこどもがさんよにんいた。)
爺さんが真っ直ぐに柳の下まで来た。柳の下に子供が三四人いた。
(じいさんはわらいながらこしからあさぎのてぬぐいをだした。)
爺さんは笑いながら腰から浅黄の手拭いを出した。
(それをかんじんよのようにほそながくよった。そうしてじめんのまんなかにおいた。)
それを肝心縒のように細長く縒った。そうして地面の真中に置いた。
(それからてぬぐいのしゅういに、おおきなまるいわをかいた。)
それから手拭いの周囲に、大きな丸い輪を描いた。
(しまいにかたにかけたはこのなかからしんちゅうでせいらえたあめやのふえをだした。)
しまいに肩にかけた箱の中から真鍮で製らえた飴屋の笛を出した。
(「いまにそのてぬぐいがへびになるから、みておろう。みておろう」)
「今にその手拭いが蛇になるから、見ておろう。見ておろう」
(とくりかえしいった。こどもはいっしょうけんめいにてぬぐいをみていた。じぶんもみてた。)
と繰り返し云った。子どもは一生懸命に手拭いを見ていた。自分も見てた。
(「みておろう。みておろう。、よいか」といいながらじいさんがふえをふいて)
「見ておろう。見ておろう。、好いか」と云いながら爺さんが笛を吹いて
(わのうえをぐるぐるまわりだした。じぶんはてぬぐいばかりみていた。)
輪の上をぐるぐる廻り出した。自分は手拭いばかり見ていた。
(けれどもてぬぐいはいっこううごかなかった。)
けれども手拭いはいっこう動かなかった。
(じいさんはふえをぴいぴいふいた。そうしてわのうえをなんべんもまわった。)
爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そうして輪の上を何遍も廻った。
(わらじをつまだてるように、ぬきあしをするように、てぬぐいにえんりょをするように)
草鞋を爪立てるように、抜足をするように、手拭いに遠慮をするように
(まわった。こわそうにもみえた。おもしろそうにもあった。)
廻った。怖そうにも見えた。面白そうにもあった。
(やがてじいさんはふえをぴたりとやめた。そうしてかたにかけたはこのくちをあけて)
やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。そうして肩に掛けた箱の口を開けて
(てぬぐいのくびをちょいとつまんでぽっとほうりこんだ。)
手拭いの首をちょいと撮んでぽっと放り込んだ。
(「こうしておくと、はこのなかでへびになる。いまにみせてやる。」といいながら)
「こうしておくと、箱の中で蛇になる。今に見せてやる。」と云いながら
(じいさんがまっすぐにあるいだした。)
爺さんが真っ直ぐに歩い出した。
(やなぎのしたをぬけて、ほそいみちをまっすぐにおりていった。)
柳の下を抜けて、細い路を真っ直ぐに下りて行った。
(じぶんはへびがみたいから、ほそいみちをどこまでもおいていった。)
自分は蛇が見たいから、細い路をどこまでも追いて行った。
(じいさんはときどき「いまになる」といったり、「へびになる」といったりして)
爺さんは時々「今になる」と云ったり、「蛇になる」と云ったりして
(あるいていく。しまいには「いまになる、へびになる、きっとなる、ふえがなる」)
歩いて行く。しまいには「今になる、蛇になる、きっとなる、笛が鳴る」
(とうたいながら、とうとうかわのきしへでた。はしもふねもないから)
と唄いながら、とうとう河の岸へ出た。橋も舟もないから
(ここでやすんではこのなかのへびをみせるだろうとおもっていると、)
ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、
(じいさんはざぶざぶかわのなかへはいりだした。)
爺さんはざぶざぶ河の中へ這入り出した。
(はじめはひざくらいのふかさであったが、だんだんごしから、むねのほうまで)
始めは膝くらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで
(みずにつかってみえなくなる。それでもじいさんは)
見ずに浸かって見えなくなる。それでも爺さんは
(「ふかくなる、よるになる、まっすぐになる」)
「深くなる、夜になる、真っ直ぐになる」
(とうたいながら、どこまでもまっすぐにあるいていった。)
と唄いながら、どこまでも真っ直ぐに歩いて行った。
(そうしてひげもかおもあたまもずきんもまるでみえなくなってしまった。)
そうして髭も顔も頭も頭巾もまるで見えなくなってしまった。
(じぶんはじいさんがむこうぎしへあがったときに、へびをみせるだろうとおもって)
自分は爺さんが向岸へ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って
(あしのなるところにたって、たったひとりいつまでもまっていた。)
蘆の鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。
(けれどもじいさんは、とうとうあがってこなかった。)
けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。