半七捕物帳 雪達磨2
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問題文
(「それにしても、このゆきだるまをだれがつくったのか」)
「それにしても、この雪達磨を誰が作ったのか」
(やくにんたちはとうぜんのじゅんじょとして、まずそのせんぎにとりかかった。ちょうないのものも)
役人たちは当然の順序として、まずその詮議に取りかかった。町内の者も
(ことごとくぎんみをうけたが、だれもこのゆきだるまをつくったとはくじょうするものはなかった。)
ことごとく吟味をうけたが、誰もこの雪達磨を作ったと白状する者はなかった。
(かれらのもうしたてによると、このゆきだるまはみっかのよるのうちになにものにかつくられた)
かれらの申し立てによると、この雪達磨は三日の夜のうちに何者にか作られた
(のであるが、まえにもいうとおり、ゆきがふればだれかのてによってかならずひとつやふたつの)
のであるが、前にもいう通り、雪が降れば誰かの手に依って必ず一つや二つの
(ゆきだるまはつくられるのであるから、このおおきいゆきだるまがいちやのうちにしゅつげんしたのを)
雪達磨は作られるのであるから、この大きい雪達磨が一夜のうちに出現したのを
(みても、だれもべつにあやしむものもなかった。おおかたちょうないのだれかがこしらえたので)
みても、誰も別に怪しむものもなかった。おおかた町内の誰かが拵えたので
(あろうぐらいにおもって、なんのちゅういもはらわずにいくにちをすごしたのであった。)
あろうぐらいに思って、なんの注意も払わずに幾日をすごしたのであった。
(ことにこのきんじょにはぶけやしきがおおいので、それはちょうにんがこしらえたのか、ぶけの)
殊にこの近所には武家屋敷が多いので、それは町人がこしらえたのか、武家の
(わかいものどもがつくったのか、それすらもたしかにはわからなかった。)
若い者どもが作ったのか、それすらも確かには判らなかった。
(もちろんこれほどのゆきだるまがしぜんにわきだしてくるはずはない。かならずそのせいさくしゃは)
勿論これほどの雪達磨が自然に湧き出してくる筈はない。必ずその製作者は
(どこかにひそんでいるにはそういないのであるが、こうなってはだれもなのってでる)
どこかに潜んでいるには相違ないのであるが、こうなっては誰も名乗って出る
(ものもない。なにかのてがかりをみつけだすために、だるまはむざんにつき)
ものもない。なにかの手がかりを見付け出すために、達磨は無残に突き
(くずされてそのけいがいはめちゃくちゃにはかいされてしまったが、おとこのしがいいがいには)
くずされて其の形骸は滅茶苦茶に破壊されてしまったが、男の死骸以外には
(なんのあたらしいはっけんもないらしかった。くずれたゆきはそのしょうせきをいんめつせんと)
なんの新らしい発見もないらしかった。くずれた雪はその証跡を隠滅せんと
(するかのようにしだいしだいにきえうせて、いたずらにどろみずとなってながれさった。)
するかのように次第々々に消え失せて、いたずらに泥水となって流れ去った。
(「だんながた、ごくろうさまでございます」)
「旦那がた、御苦労さまでございます」
(ひとりのおとこがじしんばんのまえにあさぐろいかおをだした。かれはみかわちょうのはんしちであった。)
ひとりの男が自身番の前に浅黒い顔を出した。かれは三河町の半七であった。
(はっちょうぼりどうしんのみうらしんごろうはまちかねたようにこえをかけた。)
八丁堀同心の三浦真五郎は待ちかねたように声をかけた。
(「おお、はんしち、おそいな。きさまのなわばりないでとんでもないことがはじまったぞ」)
「おお、半七、遅いな。貴様の縄張り内で飛んでもないことが始まったぞ」
(「それをきくと、わたくしもびっくりしました。で、もうたいていおしらべも)
「それを聞くと、わたくしもびっくりしました。で、もう大抵お調べも
(とどきましたか」 「いや、ちっともけんとうがつかない。しがいはここにある。)
届きましたか」 「いや、ちっとも見当がつかない。死骸はここにある。
(よくみてくれ」 「ごめんください」)
よく見てくれ」 「ごめんください」
(はんしちはすすみよって、そこによこたえてあるおとこのしがいをのぞいた。おとこはておりじまの)
半七はすすみ寄って、そこに横たえてある男の死骸をのぞいた。男は手織り縞の
(わたいれをきて、てついろもめんのこくもちのはおりをかさねていた。はきものはどうして)
綿衣をきて、鉄色木綿の石持の羽織をかさねていた。履物はどうして
(しまったのか、かれははだしであった。はんしちはていねいにしがいをあらためたが、やはり)
しまったのか、彼は跣足であった。半七は丁寧に死骸をあらためたが、やはり
(どこにもちめいしょうらしいあとをはっけんすることができなかった。)
何処にも致命傷らしいあとを発見することが出来なかった。
(「どうもわかりませんね」と、かれはまゆをよせた。「まあ、ともかくもそのげんばを)
「どうも判りませんね」と、彼は眉をよせた。「まあ、ともかくも其の現場を
(みとどけてまいりましょう」 やくにんたちにえしゃくして、はんしちはゆきだるまのとけた)
見とどけてまいりましょう」 役人たちに会釈して、半七は雪達磨の融けた
(あとをたずねていった。そこらにはゆきどけのどろみずとさんざんにふみあらしたげたの)
あとを尋ねて行った。そこらには雪どけの泥水とさんざんに踏みあらした下駄の
(あととがのこっているばかりで、きんじょのこどもやおうらいのひとたちがそれをとおまきにして)
痕とが残っているばかりで、近所の子供や往来の人達がそれを遠巻きにして
(なにかひそひそとささやきあっていた。そのざっとうをかきわけて、はんしちはあしだを)
何かひそひそとささやき合っていた。その雑沓をかき分けて、半七は足駄を
(すいこまれるようなどろみずのなかへふみこんだ。そうして、ゆだんなくそのめを)
吸いこまれるような泥水のなかへ踏み込んだ。そうして、油断なくその眼を
(はたらかせているうちに、かれはまだいくらかきえのこっているゆきとどろとのあいだからなにものをか)
働かせているうちに、彼はまだ幾らか消え残っている雪と泥との間から何物をか
(はっけんしたらしく、みをかがめてじっとながめていた。)
発見したらしく、身をかがめてじっと眺めていた。
(かれはそれからしばらくそこらをあさっていたが、ほかにはなんにもあたらしいはっけんも)
彼はそれから少時そこらを猟っていたが、ほかにはなんにも新しい発見も
(なかったらしく、どろによごれたてさきをふところのてぬぐいでふきながら、もとの)
なかったらしく、泥によごれた手先をふところの手拭で拭きながら、もとの
(じしんばんへひっかえしてゆくと、よりきはもうひきあげて、とうばんのどうしんみうらだけが)
自身番へ引っ返してゆくと、与力はもう引き揚げて、当番の同心三浦だけが
(のこっていた。 「どうだ、はんしち。なにかほりだしたか。しっかりたのむぜ。)
残っていた。 「どうだ、半七。なにか掘り出したか。しっかり頼むぜ。
(たちのわるいはたもとかごけにんどものしわざじゃあねえかな」)
質の悪い旗本か御家人どもの仕業じゃあねえかな」
(「そうですね」と、はんしちもかんがえていた。「まあ、どうにかなるかも)
「そうですね」と、半七もかんがえていた。「まあ、どうにかなるかも
(しれません、どうぞあしたまでおまちください」 「あしたまで・・・・・・」と、)
知れません、どうぞ明日までお待ちください」 「あしたまで……」と、
(しんごろうはわらった。「そうやすうけあいができるかな」)
真五郎は笑った。「そう安受け合いが出来るかな」
(「まあ、せいぜいはたらいてみましょう」 「では、くれぐれもたのむぞ」)
「まあ、せいぜい働いてみましょう」 「では、くれぐれも頼むぞ」
(いいのこしてしんごろうはかえった。そのあとで、はんしちはふたたびしがいのたもとをていねいに)
云い残して真五郎は帰った。そのあとで、半七は再び死骸の袂を丁寧に
(あらためた。)
あらためた。