半七捕物帳 お文の魂5
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問題文
(そのばんはつきのくもったあたたかいよるであった。しんけいのこうふんしきっているおみちは、)
その晩は月の陰った暖かい夜であった。神経の興奮し切っているお道は、
(とてもやすらかにねむられそうもなかったが、なんにもしらないおさないむすめは)
とても安らかに眠られそうもなかったが、なんにも知らない幼い娘は
(やがてすやすやとねついたかとおもうと、たちまちはりでめだまでもつかれたように)
やがてすやすやと寝付いたかと思うと、忽ち針で眼球でも突かれたように
(けたたましいひめいをあげた。そうして「ふみがきた、ふみがきた」と、)
けたたましい悲鳴をあげた。そうして「ふみが来た、ふみが来た」と、
(ひくいこえでうなった。 「そら、きた」)
低い声で唸った。 「そら、来た」
(まちかまえていたふたりのさむらいはおっとりがたなでやにわにふすまをあけた。)
待ち構えていた二人の侍は押っ取り刀でやにわに襖をあけた。
(しめこんだへやのなかにははるのよるのなまあたたかいくうきがおもたくしずんで、)
閉め込んだ部屋のなかには春の夜のなまあたたかい空気が重たく沈んで、
(かげったようなあんどんのあかりはまたたきもせずにおやこのまくらもとをみつめていた。)
陰ったような行燈の灯はまたたきもせずに母子の枕もとをみつめていた。
(そとからはかぜさえながれこんだけはいがみえなかった。おみちはわがこをひしとだきしめて)
外からは風さえ流れ込んだ気配が見えなかった。お道はわが子を犇と抱きしめて
(まくらにかおをおしつけていた。)
枕に顔を押しつけていた。
(げんざいにこのいきたしょうこをみせつけられて、まつむらもおばたもかおをみあわせた。)
現在にこの生きた証拠を見せつけられて、松村も小幡も顔を見合わせた。
(それにしてもじぶんたちのめにもみえないちんにゅうしゃのなを、おさないおはるがどうして)
それにしても自分たちの眼にも見えない闖入者の名を、幼いお春がどうして
(しっているのであろう。それがだいいちのぎもんであった。おばたはおはるをすかして)
知っているのであろう。それが第一の疑問であった。小幡はお春をすかして
(いろいろにといただしたが、としよわのみっつではろくろくにくちもまわらないので、)
いろいろに問いただしたが、年弱の三つでは碌々に口もまわらないので、
(ちっともようりょうをえなかった。ぬれたおんなはおはるのちいさいたましいにのりうつって、)
ちっとも要領を得なかった。濡れた女はお春の小さい魂に乗りうつって、
(じぶんのかくれたなをひとにつげるのではないかともおもわれた。)
自分の隠れた名を人に告げるのではないかとも思われた。
(かたなをもっていたふたりもなんだかうすきみわるくなってきた。)
刀を持っていた二人もなんだか薄気味悪くなって来た。
(ようにんのござえもんもしんぱいして、あくるひはいちがやでゆうめいなうらないしゃをたずねた。)
用人の五左衛門も心配して、あくる日は市ヶ谷で有名な売卜者をたずねた。
(うらないしゃはやしきのにしにあるおおきいつばきのねをほってみろとおしえた。とりあえず)
売卜者は屋敷の西にある大きい椿の根を掘ってみろと教えた。とりあえず
(そのつばきをほりたおしてみたが、そのけっかはいたずらにうらないしゃのしんようを)
その椿を掘り倒してみたが、その結果はいたずらに売卜者の信用を
(おとすにすぎなかった。)
おとすに過ぎなかった。
(よるはとてもねむれないというので、おみちはひるまねどこにはいることにした。)
夜はとても眠れないというので、お道は昼間寝床にはいることにした。
(おふみもさすがにひるはおそってこなかった。これですこしはほっとしたものの、)
おふみもさすがに昼は襲って来なかった。これで少しはほっとしたものの、
(ぶけのつまがゆうじょかなんぞのように、よるはおきていてひるはねる、こうしたへんそくの)
武家の妻が遊女かなんぞのように、夜は起きていて昼は寝る、こうした変則の
(せいかつじょうたいをつづけてゆくのははなはだめいわくでもあり、かつはふべんでもあった。)
生活状態をつづけてゆくのは甚だ迷惑でもあり、且は不便でもあった。
(なんとかしてえいきゅうにこのゆうれいをおいはらってしまうのでなければ、)
なんとかして永久にこの幽霊を追いはらってしまうのでなければ、
(おばたいっかのへいわをたもつことはおぼつかないようにおもわれた。しかしこんなことが)
小幡一家の平和を保つことは覚束ないように思われた。併しこんなことが
(せけんにもれてはいえのがいぶんにもかかわるというので、まつむらももちろんひみつを)
世間に洩れては家の外聞にもかかわるというので、松村も勿論秘密を
(まもっていた。おばたもけらいどものくちをふうじておいた。それでもだれかのくちから)
守っていた。小幡も家来どもの口を封じて置いた。それでも誰かの口から
(もれたとみえて、けしからぬうわさがこのやしきにでいりするひとびとのみみに)
洩れたとみえて、けしからぬ噂がこの屋敷に出入りする人々の耳に
(ささやかれた。)
ささやかれた。
(「おばたのやしきにゆうれいがでる。おんなのゆうれいがでるそうだ」)
「小幡の屋敷に幽霊が出る。女の幽霊が出るそうだ」
(かげではおひれをつけていろいろのうわさをするものの、ぶしとぶしとのこうさいでは、)
蔭では尾鰭をつけていろいろの噂をするものの、武士と武士との交際では、
(さすがにめんとむかってゆうれいのせんぎをするものもなかったが、そのなかにただひとり、)
さすがに面と向かって幽霊の詮議をする者もなかったが、その中に唯一人、
(すこぶるぶえんりょなおとこがあった。それがすなわちおばたのやしきのきんじょにすんでいる)
すこぶる無遠慮な男があった。それが即ち小幡の屋敷の近所に住んでいる
(kのおじさんで、おじさんははたもとのじなんであった。そのうわさをきくと、すぐに)
Kのおじさんで、おじさんは旗本の次男であった。その噂を聞くと、すぐに
(おばたのやしきにおしかけていって、ことのじっぴをたしかめた。)
小幡の屋敷に押し掛けて行って、事の実否を確かめた。