半七捕物帳 山祝いの夜1

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第14話
宮部みゆきセレクト 其ノ参

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問題文

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(「そのころのはこねはまるでちがいますよ」)

一 「その頃の箱根はまるで違いますよ」

(はんしちろうじんはてんぽうばんのどうちゅうかいほうずかんというこがたのほんをあけてみせた。)

半七老人は天保版の道中懐宝図鑑という小形の本をあけて見せた。

(「ごらんなさい、ゆもとでもみやのしたでもみんなかやぶきやねにえがいてあるでしょう。)

「御覧なさい、湯本でも宮の下でもみんな茅葺屋根に描いてあるでしょう。

(それをおもうと、むかしといまとはすっかりかわったもんですよ。)

それを思うと、むかしと今とはすっかり変ったもんですよ。

(そのころははこねへとうじにいくなんていうのはいっしょうにいちどぐらいのしごとで、)

その頃は箱根へ湯治に行くなんていうのは一生に一度ぐらいの仕事で、

(そりゃあたいへんでした。いくらかねのあるひとでも、どうちゅうがなかなかおっくうですからね。)

そりゃあ大変でした。いくら金のある人でも、道中がなかなか億劫ですからね。

(まあ、ふつうははじめのあさにしながわをたって、そのばんはほどがやかとつかにとまって、)

まあ、普通は初めの朝に品川をたって、その晩は程ケ谷か戸塚にとまって、

(つぎのひがおだわらどまりというのですが、おんなやとしよりのあしよわづれだと)

次の日が小田原泊りというのですが、女や年寄りの足弱連れだと

(おだわらまでみっかがかり。それからおだわらをたってはこねへのぼる)

小田原まで三日がかり。それから小田原を発って箱根へのぼる

(というのですから、とうじもどうしてらくじゃありませんでした。)

というのですから、湯治もどうして楽じゃありませんでした。

(わたくしがにどめにはこねへいったのはぶんきゅうにねんのごがつで、たきちという)

わたくしが二度目に箱根へ行ったのは文久二年の五月で、多吉という

(わかいこぶんをひとりつれて、おせっくのしょうぶをのきからひいたあくるひにえどをたって、)

若い子分を一人連れて、お節句の菖蒲を軒から引いた翌くる日に江戸をたって、

(そのばんはかたのとおりにとつかにとまって、つぎのひのゆうがたにおだわらのしゅくへはいりました。)

その晩は式の通りに戸塚に泊って、次の日の夕方に小田原の駅へはいりました。

(ひのながいじぶんですから、どうちゅうはらくでしたが、きゅうれきのごがつですから、)

日の長い時分ですから、道中は楽でしたが、旧暦の五月ですから、

(ひのうちはもうあついのにすこしよわりました。なに、こっちはとうじのなんのと)

日のうちはもう暑いのに少し弱りました。なに、こっちは湯治の何のと

(いうわけじゃないので、じつははっちょうぼりのだんな(どうしん)のごしんぞが)

いうわけじゃないので、実は八丁堀の旦那(同心)の御新造が

(さんごぶらぶらしていて、せんげつからはこねのゆもとにいっているので、)

産後ぶらぶらしていて、先月から箱根の湯本に行っているので、

(どうしてもいちどはみまいにいかなけりゃあならないようなはめになって、)

どうしても一度は見舞に行かなけりゃあならないような破目になって、

(なけなしのろようをつかって、ごようのひまをみてどうちゅうにでたわけなんです。)

無けなしの路用をつかって、御用の暇をみて道中に出たわけなんです。

(それでもたびへでればのんきになって、わかいやつをあいてにおもしろくあるいて)

それでも旅へ出ればのんきになって、若い奴を相手に面白くあるいて

など

(いきました。で、いまももうすとおり、ふつかめのゆうがたにさかわのかわをわたって、)

行きました。で、今も申す通り、二日目の夕方に酒匂の川を渡って、

(おだわらのごじょうかについて、まつやというはたごやにわらじをぬぐと、)

小田原の御城下に着いて、松屋という旅籠屋に草鞋をぬぐと、

(そのばんにひとつのじけんがしゅったいしたんです」)

その晩に一つの事件が出来したんです」

(そのころのおだわらとみしまのしゅくは、とうかいどうごじゅうさんつぎのなかでもくっしのはんじょうであった。)

その頃の小田原と三島の駅は、東海道五十三次のなかでも屈指の繁昌であった。

(それはこのふたつのしゅくのあいだにはこねのせきをひかえているからで、)

それはこの二つの駅のあいだに箱根の関を控えているからで、

(ひがしからきたたびびとはおだわらにとまり、にしからきたひとはみしまにとまって、)

東から来た旅人は小田原にとまり、西から来た人は三島に泊って、

(あくるひにはこねはちりのやまごしをするというのがそのとうじのならいであった。)

あくる日に箱根八里の山越しをするというのが其の当時の習いであった。

(そうして、おだわらをたったものはみしまにとまり、みしまをたったものは)

そうして、小田原を発ったものは三島にとまり、三島を発った者は

(おだわらにとまることになるので、とうかいどうをわらじであるくものは、)

小田原に泊ることになるので、東海道を草鞋であるくものは、

(いやがおうでもこのふたつのしゅくにいくらかのはたごせんをはらっていかなければならなかった。)

否が応でもこの二つの駅に幾らかの旅籠銭を払って行かなければならなかった。

(せきしょをこえるたびではないが、はんしちもやはりおだわらにとまって、)

関所を越える旅ではないが、半七もやはり小田原に泊って、

(あくるひゆもとのやどをたずねていこうとおもっていた。)

あくる日湯本の宿をたずねて行こうと思っていた。

(みちくさをくいながらぶらぶらあるいてきたので、ふたりがやどへついたのは)

道草を食いながらぶらぶらあるいて来たので、二人が宿へ着いたのは

(もうむっつはん(ごごしちじ)ごろであった。ふろへはいってくると、)

もう六ツ半(午後七時)頃であった。風呂へはいって来ると、

(じょちゅうがすぐにぜんをはこびだした。はんしちはげこであるが、たきちはのむので、)

女中がすぐに膳を運び出した。半七は下戸であるが、多吉は飲むので、

(ふたりのぜんのうえにはとっくりがのっていた。たきちのつきあいにに、さんばいのむと、)

二人の膳のうえには徳利が乗っていた。多吉の附き合いに二、三杯飲むと、

(もうはんしちはまっかになって、ぜんをひかせると、やがてそこへごろりと)

もう半七はまっ赤になって、膳を引かせると、やがてそこへごろりと

(よこになってしまった。)

横になってしまった。

(「おやぶん、くたびれましたかえ」と、たきちはやどからかりたべにずりのうちわで、)

「親分、くたびれましたかえ」と、多吉は宿から借りた紅摺りの団扇で、

(ひざのあたりのかをおいながらいった。)

膝のあたりの蚊を追いながら云った。

(「むむ。あんまりみちくさをくったので、ちっとくたびれたようだ。)

「むむ。あんまり道草を食ったので、ちっとくたびれたようだ。

(いくじがねえ。おとどしおおやまへのぼったときのようなげんきはねえよ」と、)

意気地がねえ。おとどし大山へ登った時のような元気はねえよ」と、

(はんしちはねころびながらわらった。)

半七は寝ころびながら笑った。

(「ときにおやぶん。わっしはさっきここのふろへいくとちゅうでへんなやつにあいましたよ」)

「時に親分。わっしは先刻ここの風呂へ行く途中で変な奴に逢いましたよ」

(「だれにあった」 「なんというやつだかしらねえんですけど、)

「誰に逢った」 「なんという奴だか知らねえんですけど、

(なんでもかたぎのにんげんじゃありません。どこかでみたやつだとおもうんだが、)

なんでも堅気の人間じゃありません。どこかで見た奴だと思うんだが、

(どうもおもいだせないので・・・・・・。なにしろろうかでわたしにあったら、)

どうも思い出せないので……。何しろ廊下で私に逢ったら、

(あわててかおをそむけていきましたから、むこうでもさとったにそういありません。)

あわてて顔をそむけて行きましたから、むこうでも覚ったに相違ありません。

(あんなやつがとまっているようじゃあ、ちっときをつけなけりゃあいけませんぜ」)

あんな奴が泊っているようじゃあ、ちっと気をつけなけりゃあいけませんぜ」

(と、たきちはしさいらしくささやいた。)

と、多吉は仔細らしくささやいた。

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