半七捕物帳 山祝いの夜2

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第14話

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問題文

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(「まさか、ごまのはえじゃあるめえ」と、はんしちはまたわらった。)

「まさか、胡麻の蠅じゃあるめえ」と、半七はまた笑った。

(「こばくちでもうつぐらいのやつなら、はたごやへきてべつにわるいこともしねえだろう。)

「小博奕でも打つぐらいの奴なら、旅籠屋へきて別に悪いこともしねえだろう。

(どうらくものはかえってしんみょうなものだ」)

道楽者は却って神妙なものだ」

(こっちがきにもとめないので、たきちもそれぎりだまってしまった。)

こっちが気にも留めないので、多吉もそれぎり黙ってしまった。

(よっつ(ごごじゅうじ)ごろにとこをしかせて、ふたりはろくじょうのざしきにまくらをならべてねると、)

四ツ(午後十時)頃に床をしかせて、二人は六畳の座敷に枕をならべて寝ると、

(そのよなかにはんしちはふとめをさました。)

その夜なかに半七はふと目をさました。

(「やい、たきち。おきろ、おきろ」)

「やい、多吉。起きろ、起きろ」

(に、さんどよばれて、たきちはねぼけまなこをこすった。)

二、三度呼ばれて、多吉は寝ぼけまなこをこすった。

(「おやぶん。なんです」)

「親分。なんです」

(「なんだかうちじゅうがそうぞうしいようだ。かじか、どろぼうか、おきてみろ」)

「なんだか家じゅうがそうぞうしいようだ。火事か、どろぼうか、起きてみろ」

(たきちはねまきのままでかやをくぐってでて、すぐににかいをおりていったが、)

多吉は寝衣のままで蚊帳をくぐって出て、すぐに二階を降りて行ったが、

(やがてまたあわただしくひっかえしてきた。)

やがて又あわただしく引っ返して来た。

(「おやぶん。やられた。ひとごろしだ」)

「親分。やられた。人殺しだ」

(はんしちもおきなおった。たきちのはなしによると、うらにかいにとまったすんぷ(しずおか)の)

半七も起き直った。多吉の話によると、裏二階に泊った駿府(静岡)の

(あきんどのふたりづれがなにものかにころされて、どうまきのかねをぬすまれたというのであった。)

商人の二人づれが何者かに殺されて、胴巻の金を盗まれたというのであった。

(ひとりはねているところをひとつきにのどをさされたのである。)

一人は寝ているところを一と突きに喉を刺されたのである。

(そうして、そのふとんのしたにいれてあったどうまきをひきだそうとするときに、)

そうして、その蒲団の下に入れてあった胴巻きをひき出そうとする時に、

(となりにねているつれのおとこがめをさましたので、これもついでに)

となりに寝ている連れの男が眼をさましたので、これもついでに

(きりつけたらしく、そのおとこはねどこからすこしはいだして、くびすじを)

斬り付けたらしく、その男は寝床から少し這い出して、頸すじを

(ななめにきられてたおれていた。)

斜めに斬られて倒れていた。

など

(「やくにんがきて、もうしらべています。なんでもそとからはいったものじゃ)

「役人が来て、もう調べています。なんでも外からはいったものじゃ

(ないらしいといっていますから、いずれここへもしらべにくるでしょう」)

ないらしいと云っていますから、いずれここへも調べにくるでしょう」

(と、たきちはいった。)

と、多吉は云った。

(「ひどいことをするやつだな」と、はんしちはくびをかしげてかんがえていた。)

「ひどいことをする奴だな」と、半七は首をかしげて考えていた。

(「なにしろしらべにくるまではむやみにうごいちゃあならねえ。)

「なにしろ調べに来るまでは無暗に動いちゃあならねえ。

(まあさしあたってはじっとしていろ」 「そうですね」)

まあ差し当ってはじっとしていろ」 「そうですね」

(ふたりはとこのうえにすわってまっていると、ろうかをいそいでくるあしおとが)

二人は床のうえに坐って待っていると、廊下を急いで来る足音が

(このざしきのまえにとまって、だしぬけにしょうじをがらりとあけて)

この座敷のまえに止まって、だしぬけに障子をがらりとあけて

(はいこんできたものがあった、かれはかやのそとからこえをかけた。)

這い込んで来た者があった、彼は蚊帳の外から声をかけた。

(「あにい。たきちのあにい。すまねえがたすけてくれ」)

「大哥。多吉の大哥。すまねえが助けてくれ」

(「だれだ」と、たきちはうすぐらいあんどんのひでかやごしにすかしてみると、)

「誰だ」と、多吉はうす暗い行燈の火で蚊帳越しに透かしてみると、

(それはさっきろうかでであったおとこであった。かれはにじゅうはちくで、いろのあさぐろい、)

それはさっき廊下で出逢った男であった。彼は二十八九で、色のあさ黒い、

(こじっかりとしたおとこで、ひどくあわてたようにいきをはずませていた。)

小じっかりとした男で、ひどくあわてたように息をはずませていた。

(「わっしだ、こもりのやしきのしちぞうだ。おめえにはちっとぎりのわるいことが)

「わっしだ、小森の屋敷の七蔵だ。おめえにはちっと義理の悪いことが

(あるもんだから、さっきはしらねえかおをしてわるかった。)

あるもんだから、さっきは知らねえ顔をして悪かった。

(ごしょうだ、なんとかたすけてくれ」)

後生だ、なんとか助けてくれ」

(なのられて、たきちもようようおもいだした。かれはしたやのこもりという)

名乗られて、多吉もようよう思い出した。かれは下谷の小森という

(よりきのやしきのちゅうげんで、ふだんからあまりみじょうのよくない、ほうぼうのやしきの)

与力の屋敷の中間で、ふだんから余り身状のよくない、方々の屋敷の

(おおべやへはいりこんでばくちをうつのをしょうばいのようにしているどうらくものであった。)

大部屋へはいりこんで博奕を打つのを商売のようにしている道楽者であった。

(きょねんのはる、あるところでかれはばくちにまけて、さむぞらにすっぱだかに)

去年の春、あるところで彼は博奕に負けて、寒空に素っ裸に

(されようとするところへ、ちょうどたきちがいきあわせて、かわいそうだとおもって)

されようとするところへ、ちょうど多吉が行きあわせて、可哀そうだと思って

(いちぶにしゅばかりかしてやった。しちぞうはひどくよろこんで、おおみそかまでにはきっと)

一分二朱ばかり貸してやった。七蔵はひどく喜んで、大晦日までにはきっと

(たきちのうちまでとどけるとかたくやくそくしておきながら、ことしのいままで)

多吉の家までとどけると固く約束して置きながら、ことしの今まで

(かおだしもしなかったのである。)

顔出しもしなかったのである。

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