半七捕物帳 筆屋の娘7

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ

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問題文

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(「そこでおまえはどうとる」と、はんしちはわらいながらきいた。)

「そこでお前はどう取る」と、半七は笑いながら訊いた。

(そのむすめはじょうしゅうやのほうこうにんで、しゃみせんぼりきんじょのいんきょじょへときどきつかいにくるに)

その娘は上州屋の奉公人で、三味線堀近所の隠居所へときどき使にくるに

(そういないとおくめはいった。じぶんのじゃすいかはしらないが、ひょっとするとそのむすめは)

相違ないとお粂は云った。自分の邪推かは知らないが、ひょっとすると其の娘は

(じょうしゅうやのむすことなにかわけがあって、こんどのえんだんについていっしゅのねたみのめをもって)

上州屋の息子となにか情交があって、今度の縁談について一種の嫉妬の眼を以て

(おとしをうかがっているのではあるまいかといった。)

お年を窺っているのではあるまいかと云った。

(「なかなかすみへはおけねえぞ」と、はんしちはまたわらった。「どうだい。)

「なかなか隅へは置けねえぞ」と、半七は又笑った。「どうだい。

(いっそときわずのししょうなんぞをやめてごようききにならねえか」)

いっそ常磐津の師匠なんぞを止めて御用聞きにならねえか」

(「ほほ、ずいぶんなことをいう。なんぼあたしだって、ばちのかわりに)

「ほほ、随分なことを云う。なんぼあたしだって、撥の代わりに

(じってをもっちゃあ、あんまりいろけしじゃありませんか」)

十手を持っちゃあ、あんまり色消しじゃありませんか」

(「ははは、かんにんしろ。それからどうだというんだ」)

「ははは、堪忍しろ。それからどうだと云うんだ」

(「もういやよ。あたしなんにもいいませんよ。ほほほほほほ。)

「もういやよ。あたしなんにも云いませんよ。ほほほほほほ。

(あたしもうねえさんのほうへいくわ」)

あたしもう姉さんの方へ行くわ」

(おくめはわらいながらにょうぼうのいるほうへたってしまった。じょうだんはんぶんにききながして)

お粂は笑いながら女房のいる方へ起ってしまった。冗談半分に聞き流して

(いたものの、いもうとのかんていはなかなかふかいところまでゆきとどいていると)

いたものの、妹の鑑定はなかなか深いところまで行き届いていると

(はんしちはおもった。じぶんがげんじにいいつけて、じょうしゅうやのほうこうにんどものみもとを)

半七は思った。自分が源次に云いつけて、上州屋の奉公人どもの身許を

(あらわせたのも、つまりはそれとおなじしゅいであった。そしてもじはるのまどを)

あらわせたのも、つまりはそれと同じ趣意であった。そして文字春の窓を

(たびたびのぞいていたむすめと、とうざんどうへふでをとりかえにきたむすめと、そのとしごろから)

たびたびのぞいていた娘と、東山堂へ筆を取り換えに来た娘と、その年頃から

(にんそうまでどういつであるいじょう、じぶんのはんだんのいよいよあやまらないことがたしかめられた。)

人相まで同一である以上、自分の判断のいよいよ誤らないことが確かめられた。

(はんしちはいけすのさかなをかんししているようなこころもちでそのばんをあかした。)

半七は生簀の魚を監視しているような心持でその晩を明かした。

(あくるあさになって、げんじがきた。そのほうこくによると、じょうしゅうやのほうこうにんは)

あくる朝になって、源次が来た。その報告によると、上州屋の奉公人は

など

(ばんとうこぞうをあわせておとこじゅういちにん、なかばたらきやめしたきをあわせておんなよにんである。)

番頭小僧をあわせて男十一人、仲働きや飯炊きをあわせて女四人である。

(このじゅうごにんのみもとをあらうにはなかなかほねがおれたが、うまみちのしょうたのてをかりて、)

この十五人の身許を洗うにはなかなか骨が折れたが、馬道の庄太の手をかりて、

(まずひととおりはしらべてきたといった。おとこどものほうはあとまわしにして、)

まず一と通りは調べて来たと云った。男どもの方は後廻しにして、

(はんしちはまずおんなのほうのしらべをきくと、なかばたらきはおきよ、さんじゅうはっさい。)

半七は先ず女の方のしらべを訊くと、仲働きはお清、三十八歳。

(おまる、じゅうななさい。だいどころのげじょはおかる、にじゅうにさい。おかね、はたちというのであった。)

お丸、十七歳。台所の下女はお軽、二十二歳。お鉄、二十歳というのであった。

(「このおまるというのはどんなおんなだ」)

「このお丸というのはどんな女だ」

(「しばくちのげたやのむすめで、あにきはうちのしごとをしていて、おとうとはりょうごくのきぐすりやに)

「芝口の下駄屋の娘で、兄貴は家の職をしていて、弟は両国の生薬屋に

(ほうこうしているそうです」と、げんじはせつめいした。)

奉公しているそうです」と、源次は説明した。

(「よし、わかった。すぐにそのおんなをひきあげなければならねえ」)

「よし、判った。すぐにその女を引き挙げなければならねえ」

(「へえ、そのおまるというのがおかしいんですかえ」)

「へえ、そのお丸というのがおかしいんですかえ」

(「むむ、おまるのしわざにそういねえ。おとうとがやくしゅやにほうこうしているというなら)

「むむ、お丸の仕業に相違ねえ。弟が薬種屋に奉公しているというなら

(なおのことだ。よくかんがえてみろ。なめふでのむすめのしんだひにおまるそっくりのおんなが)

猶のことだ。よく考えてみろ。舐め筆の娘の死んだ日にお丸そっくりの女が

(ふでをかいにきて、いっときばかりたってまたそのふでをとりかえにきた。そこがてづまだ。)

筆を買いに来て、一晌ばかり経って又その筆を取り換えに来た。そこが手妻だ。

(とりかえにきたときに、ふでのほへなにかどくやくをぬってきたにそういねえ。)

取り換えに来たときに、筆の穂へなにか毒薬を塗って来たに相違ねえ。

(そうして、ほかのふでととりかえて、そのふでをおいていったんだ。)

そうして、ほかの筆と取り換えて、その筆を置いて行ったんだ。

(もちろん、なめふでのひょうばんをしってのうえでたくんだことにきまっている。)

勿論、なめ筆の評判を知っての上で巧んだことに決まっている。

(むすめはそれをしらねえで、そのふでをうるときに、いつものとおりになめてやった。)

娘はそれを知らねえで、その筆を売る時に、いつもの通りに舐めてやった。

(かったやつはとくほうじのぜんしゅうというぼうずで、これもまたそのふでをなめた。)

買った奴は徳法寺の善周という坊主で、これも又その筆を舐めた。

(どくのまわりかたがはやかったので、むすめはそのばんにしんだ。ぼうずのほうはあくるあさになって)

毒の廻り方が早かったので、娘はその晩に死んだ。坊主の方はあくる朝になって

(しんだ。しんじゅうでもなんでもねえ。いっぽんのふでがまわりまわって、ふたりのにんげんの)

死んだ。心中でもなんでもねえ。一本の筆が廻り廻って、二人の人間の

(いのちをとるようになったので、むすめはもちろんだが、ぼうずもとんださいなんで、)

命を取るようになったので、娘は勿論だが、坊主も飛んだ災難で、

(わけもわからずにしんでしまったんだ。かわいそうともなんともいいようがねえ」)

訳もわからずに死んでしまったんだ。可哀そうとも何とも云いようがねえ」

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