半七捕物帳 筆屋の娘9
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問題文
(はんしちはげじょのくちからさらにこういうじじつをききだした。じょうしゅうやのにょうぼうは)
半七は下女の口から更にこういう事実を聞き出した。上州屋の女房は
(りょうごくのやくしゅやのなかだちでここへえんづいたもので、そのかんけいじょう、たねんしんるいどうように)
両国の薬種屋の媒介でここへ縁付いたもので、その関係上、多年親類同様に
(つきあっている。うまみちからわざわざくすりをかいにゆくのもそのためである。)
附き合っている。馬道からわざわざ薬を買いにゆくのもその為である。
(やくしゅやにはよのすけということしにじゅうにのむすこがあって、じょうしゅうやへも)
薬種屋には与之助という今年二十二の息子があって、上州屋へも
(ときどきあそびにくる。おまるがそのよのすけにつれられて、りょうごくのみせものなどを)
時々遊びに来る。お丸がその与之助に連れられて、両国の見世物などを
(みにいったことがあるらしいとのことであった。)
観に行ったことがあるらしいとの事であった。
(どくぶつのでどころもそれでたいていわかったので、はんしちはまたひっかえしてりょうごくへゆくと、)
毒物の出所もそれで大抵判ったので、半七は又引っ返して両国へゆくと、
(そうきちはみせさきにみずをうっていた。むすこらしいおとこのすがたはちょうばには)
宗吉は店さきに水を打っていた。息子らしい男のすがたは帳場には
(みえなかった。 「おい、わかだんなはどうした」と、はんしちはそうきちにきいた。)
見えなかった。 「おい、若旦那はどうした」と、半七は宗吉に訊いた。
(「わたしがばんやからかえってきたら、そのるすにどこへかいってしまったんです」)
「わたしが番屋から帰って来たら、その留守にどこへか行ってしまったんです」
(とそうきちはいった。)
と宗吉は云った。
(ほかのばんとうにきいてもようりょうをえなかった。わかしゅじんのよのすけはこのごろ)
ほかの番頭に訊いても要領を得なかった。若主人の与之助はこのごろ
(だれにもさたなしに、ふらりといずこへかでてゆくことがたびたびある。)
誰にも沙汰無しに、ふらりと何処へか出てゆくことが度々ある。
(きょうもそうきちがばんやへひかれていったあとで、すぐにおもてへでていったが)
きょうも宗吉が番屋へ引かれて行った後で、すぐに表へ出て行ったが
(やがてひっかえしてきた。それからまたそわそわとみじたくをしていずこへか)
やがて引っ返して来た。それから又そわそわと身支度をして何処へか
(でていったが、そのゆくさきはわからないとのことであった。)
出て行ったが、その行くさきは判らないとのことであった。
(はんしちははらのなかでしたうちした。こぞうのあげられたのにおじけがついて、)
半七は肚のなかで舌打ちした。小僧のあげられたのに怖気がついて、
(よのすけはどこへかかげをかくしたのではあるまいかともうたがわれたので、)
与之助はどこへか影を隠したのではあるまいかとも疑われたので、
(かれはうまみちへまたいそいでいった。そこにすんでいるこぶんのしょうたをよんで、)
彼は馬道へ又急いで行った。そこに住んでいる子分の庄太を呼んで、
(じょうしゅうやのおまるのではいりをよくみはっていろといいつけてかえった。)
上州屋のお丸の出這入りをよく見張っていろと云い付けて帰った。
(「おやぶん、しようがねえ。おまるのやつはきのうでたぎりでけさまで)
「親分、しようがねえ。お丸の奴はきのう出たぎりで今朝まで
(かえらねえそうです。りょうごくのくすりやのせがれもやっぱりてっぽうだまだそうですよ」)
帰らねえそうです。両国の薬屋の伜もやっぱり鉄砲玉だそうですよ」
(それはあくるあさ、しょうたからうけとったほうこくであった。じぶんらのうしろに)
それは明くる朝、庄太から受け取った報告であった。自分らのうしろに
(くらいかげがつきまとっているのをはやくもさとって、おとこもおんなもすがたを)
暗い影が付きまとっているのを早くも覚って、男も女も姿を
(くらましたのであろう。もううちすててはおかれないので、はんしちはりょうごくへ)
晦ましたのであろう。もううち捨てては置かれないので、半七は両国へ
(でばっておもてむきのせんぎをはじめた。よのすけのおやたちやばんとうどもをじしんばんへ)
出張って表向きの詮議をはじめた。与之助の親たちや番頭どもを自身番へ
(よびだして、いちいちきびしくぎんみのすえに、よのすけはいえのかねごじゅうりょうをもちだして)
呼び出して、一々きびしく吟味の末に、与之助は家の金五十両を持ち出して
(いったことがわかった。しんしゅうにしんるいがあるので、おそらくそこへたよっていったのでは)
行ったことが判った。信州に親類があるので、恐らくそこへ頼って行ったのでは
(あるまいかというけんとうもついた。)
あるまいかという見当も付いた。
(「あしよわづれだ。とちゅうでおっつくだろう」)
「足弱連れだ。途中で追っ付くだろう」
(はんしちはしょうたをつれて、そのつぎのひにえどをたった。)
半七は庄太を連れて、その次の日に江戸を発った。