半七捕物帳 弁天娘10
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問題文
(そのはなしをきいて、はんしちはうなずいた。)
その話を聴いて、半七はうなずいた。
(「ああ、そうでしたか。だが、まあ、それでぶじにおさまればけっこうでしょう」)
「ああ、そうでしたか。だが、まあ、それで無事に納まれば結構でしょう」
(なにしろ、こんなことのしゅったいしたのがおたがいのさいなんですからね」)
なにしろ、こんなことの出来(しゅったい)したのがお互いの災難ですからね」
(「どうもしかたがございますまい」と、りへえはまだあきらめきれないように)
「どうも仕方がございますまい」と、利兵衛はまだあきらめ切れないように
(いった。)
云った。
(「そこで、つかんことをきくようですが、おこのさんははりしごとをしますかえ」)
「そこで、つかんことを訊くようですが、お此さんは針仕事をしますかえ」
(「はい。はりしごとはじょうずでございまして、それになんにもようがないもんですから、)
「はい。針仕事は上手でございまして、それになんにも用がないもんですから、
(いんきょじょのほうでまいにちなにかしごとをしております」)
隠居所の方で毎日なにか仕事をして居ります」
(はんしちはかんがえながらまたきいた。)
半七はかんがえながら又訊いた。
(「わたしはしりませんが、うらのいんきょじょというのはひろいんですかえ」)
「わたしは知りませんが、裏の隠居所というのは広いんですかえ」
(「いえ、それほどひろくもございません。じょちゅうべやともでむまばかりで、)
「いえ、それほど広くもございません。女中部屋ともで六間(むま)ばかりで、
(いんきょはたいていおくのよじょうはんのへやにとじこもっております」)
隠居はたいてい奥の四畳半の部屋に閉じ籠っております」
(「むすめは・・・・・・はりしごとをするんじゃああかるいところにいるんでしょうね」)
「娘は……針仕事をするんじゃあ明るいところにいるんでしょうね」
(「みなみむきのよころくじょうで、まえがにわになっております。そこがひあたりが)
「南向きの横六畳で、まえが庭になっております。そこが日あたりが
(いいもんですから、いつもそこでしごとをしているようでございます」)
いいもんですから、いつもそこで仕事をしているようでございます」
(「みせのほうからにわづたいにいけますか」)
「店の方から庭づたいに行けますか」
(「きどがありまして、そこからいんきょじょのにわへはいれるようになっております」)
「木戸がありまして、そこから隠居所の庭へはいれるようになって居ります」
(「なるほど」と、はんしちはおもわずほほえんだ。「それからそのいんきょじょの、)
「なるほど」と、半七は思わずほほえんだ。「それから其の隠居所の、
(おこのさんのいるろくじょうのへやで、ちかいころにしょうじのきりばりでもしたことは)
お此さんのいる六畳の部屋で、近い頃に障子の切り貼りでもしたことは
(ありませんかえ」)
ありませんかえ」
(「さあ」と、りへえはすこしかんがえていた。「いんきょじょのほうのことは)
「さあ」と、利兵衛はすこし考えていた。「隠居所の方のことは
(くわしくぞんじませんが、そういえばなんでもこのつきはじめに、)
くわしく存じませんが、そう云えば何でもこの月はじめに、
(いんきょじょのしょうじをねこがやぶいたとかいって、こぞうがきりばりにいったことが)
隠居所の障子を猫が破いたとか云って、小僧が切り貼りに行ったことが
(あったようでした。しかしそれはおこのさんのへやでしたか、どうでしたか。)
あったようでした。併しそれはお此さんの部屋でしたか、どうでしたか。
(おい、おい、おときち」)
おい、おい、音吉」
(に、さんけんもさきにたってゆくこぞうをよびもどして、りへえはきいた。)
二、三間も先に立ってゆく小僧を呼び戻して、利兵衛は訊いた。
(「このあいだいんきょじょのしょうじをきりばりにいったのは、おまえじゃなかったか」)
「このあいだ隠居所の障子を切り貼りに行ったのは、お前じゃなかったか」
(「わたくしです」と、こぞうはこたえた。「おこのさんがいつもしごとをしている)
「わたくしです」と、小僧は答えた。「お此さんがいつも仕事をしている
(ろくじょうのしょうじです。なんでもねこがいたずらをしたとかいうことで、)
六畳の障子です。なんでも猫がいたずらをしたとかいうことで、
(したからさん、よだんめのこまがいちまいやぶけていました」)
下から三、四段目の小間(こま)が一枚やぶけていました」
(「いつごろだか、そのひをたしかにおぼえていないかえ」と、はんしちはきいた。)
「いつ頃だか、その日をたしかに覚えていないかえ」と、半七は訊いた。
(「おぼえています。おせっくのひでした」)
「おぼえています。お節句の日でした」
(はんしちはまたほほえんだ。それぎりでさんにんはだまってあるいた。)
半七はまたほほえんだ。それぎりで三人は黙ってあるいた。