半七捕物帳 勘平の死10

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第三話
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1 kkk4015 5000 B+ 5.1 97.5% 398.0 2042 52 33 2024/10/06

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(じゅうえもんにあいさつして、わかいおとこはそうそうにでていってしまった。)

十右衛門に挨拶して、若い男は早々に出て行ってしまった。

(あれがさっきおはなしもうしたせんざきやごろうのわきちですと、じゅうえもんがいった。)

あれが先刻お話し申した千崎弥五郎の和吉ですと、十右衛門が云った。

(よぎをかいてやってふとんのうえにおきなおったおふゆのかおは、はんしちがけさあった)

衾を掻いてやって蒲団の上に起き直ったお冬の顔は、半七がけさ逢った

(もじきよのかおよりもさらにあおざめてやつれていた。いきたゆうれいのようなかのじょは、)

文字清の顔よりも更に蒼ざめて窶れていた。生きた幽霊のような彼女は、

(なにをきいてもようりょうをえるほどのはかばかしいへんじをしなかった。)

なにを聞いても要領を得るほどの捗々しい返事をしなかった。

(かれはおそろしいそのよのあくむをよびおこすにたえないように、たださめざめと)

かれは恐ろしい其の夜の悪夢を呼び起こすに堪えないように、唯さめざめと

(ないているばかりであった。このに、さんにちのはるめいたようきにだまされて、)

泣いているばかりであった。この二、三日の春めいた陽気にだまされて、

(どこかでかごのうぐいすがないているのもかえってさびしいおもいをさそわれた。)

どこかで籠の鴬が啼いているのも却って寂しい思いを誘われた。

(おふゆのむねにもえていたこいのひは、はいとなってもうくずれてしまったのかも)

お冬の胸に燃えていた恋の火は、灰となってもう頽れてしまったのかも

(しれない。かのじょはかこのたのしいこいのきおくについては、なにもはなそうとしなかった。)

知れない。彼女は過去の楽しい恋の記憶については、何も話そうとしなかった。

(しかしみじめなかのじょのげんざいについては、ふじゅうぶんながらもはんしちのといにたいして)

しかし惨めな彼女の現在については、不十分ながらも半七の問いに対して

(きれぎれにこたえた。だんなやおかみさんはじぶんにどうじょうして、もったいないほど)

きれぎれに答えた。旦那やおかみさんは自分に同情して、勿体ないほど

(やさしくいたわってくださるとかのじょはかたった。みせのひとたちのうちではわきちが)

優しくいたわってくださると彼女は語った。店の人達のうちでは和吉が

(いちばんしんせつで、けさからみせのすきをみてもうにどもみまいにきてくれたとかたった。)

一番親切で、けさから店の隙を見てもう二度も見舞に来てくれたと語った。

(「じゃあ、いまもみまいにきていたんだね。そうして、どんなはなしをしていたんだ」)

「じゃあ、今も見舞に来ていたんだね。そうして、どんな話をしていたんだ」

(と、はんしちはきいた。)

と、半七は訊いた。

(「あの、わかだんながああなってしまっては、このおたなにほうこうしているのも)

「あの、若旦那がああなってしまっては、このお店に奉公しているのも

(つらいから、わたしはもうおひまをいただこうかとおもうといいましたら、わきちさんは)

辛いから、わたしはもうお暇を頂こうかと思うと云いましたら、和吉さんは

(まあそんなことをいわないで、ともかくもらいねんのでがわりまで)

まあそんなことを云わないで、ともかくも来年の出代わりまで

(しんぼうするがいいとしきりにとめてくれました」 はんしちはうなずいた。)

辛抱するがいいとしきりに止めてくれました」 半七はうなずいた。

など

(「いや、ありがとう。せっかくねているところをとんだじゃまをしてすまなかった。)

「いや、有難う。折角寝ているところを飛んだ邪魔をして済まなかった。

(まあ、からだをだいじにするがいいぜ。それからやまとやのだんな、おたなのほうへ)

まあ、からだを大事にするが好いぜ。それから大和屋の旦那、お店の方へ

(ちょいとごあんないをねがえますまいか」 「はい、はい」)

ちょいと御案内を願えますまいか」 「はい、はい」

(じゅうえもんはさきにたってみせへでていった。はんしちはよろけながらついていった。)

十右衛門は先に立って店へ出て行った。半七はよろけながら付いて行った。

(さっきのよいがだんだんはっしたとみえて、かれのほおはいよいよほてってきた。)

さっきの酔いがだんだん発したと見えて、彼の頬はいよいよ熱って来た。

(「だんな。みせのかたはこれでみんなおそろいなんですか」とはんしちはちょうばからみせのさきを)

「旦那。店の方はこれでみんなお揃いなんですか」と半七は帳場から店の先を

(ずらりとみわたした。しじゅういじょうのおおばんとうがちょうばにすわって、そのそばにふたりの)

ずらりと見渡した。四十以上の大番頭が帳場に坐って、その傍に二人の

(わかいばんとうがそろばんをはじいていた。ほかにもかのわきちともうひとりのちゅうねんのおとこが)

若い番頭が十露盤をはじいていた。ほかにもかの和吉ともう一人の中年の男が

(みえた。し、ごにんのこぞうがみせのさきでかなくぎのにをといていた。)

見えた。四、五人の小僧が店の先で鉄釘の荷を解いていた。

(「はい。ちょうどみんなそろっているようでございます」と、じゅうえもんは)

「はい。丁度みんな揃っているようでございます」と、十右衛門は

(ちょうばのひばちのまえにすわった。)

帳場の火鉢のまえに坐った。

(はんしちはみせのまんなかにどっかりとあぐらをかいて、さらにばんとうやこぞうのかおを)

半七は店のまん中にどっかりと胡坐をかいて、更に番頭や小僧の顔を

(じろじろみまわした。)

じろじろ見まわした。

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