半七捕物帳 槍突き14

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第18話

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問題文

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(「まあいっしゅのきちがいとでもいうんでしょうかね。しかしぎんみになってからも、)

「まあ一種の気ちがいとでもいうんでしょうかね。しかし吟味になってからも、

(くちのききかたなぞははきはきしていて、ふつうのひととかわらなかったそうです。)

口の利き方なぞははきはきしていて、普通の人と変らなかったそうです。

(とうにんのはくじょうによると、まえのぶんかさんねんにやりつきをやったのは、そのあにきの)

当人の白状によると、前の文化三年に槍突きをやったのは、その兄貴の

(さくえもんというおとこで、これはうんよくしれずにしまったんですが、もうそのときには)

作右衛門という男で、これは運好く知れずにしまったんですが、もうその時には

(しんでいたとはいよいようんのいいやつです。さくえもんのきょうだいはおやだいだいのりょうしで、)

死んでいたとはいよいよ運のいい奴です。作右衛門の兄弟は親代々の猟師で、

(こうしゅうのたばやまとかいうところからもっとおくのほうにすんでいて、こうふのまちすらも)

甲州の丹波山とかいう所からもっと奥の方に住んでいて、甲府の町すらも

(みたことのないにんげんだったそうですが、なにかしょうばいのけだものをうることについて、)

見たことのない人間だったそうですが、なにか商売の獣物を売ることに就いて、

(あにきのさくえもんがはじめてえどへでてきたのはぶんかにねんのくれで、あくるとしの)

兄貴の作右衛門がはじめて江戸へ出て来たのは文化二年の暮で、あくる年の

(はるまでとうりゅうしているうちに、ふとみょうなきになったのだといいます。)

春まで逗留しているうちに、ふと妙な気になったのだと云います。

(それは、うまれてからはじめてえどというはんかなひろいとちをみて、どのひともみんな)

それは、生まれてから初めて江戸という繁華な広い土地を見て、どの人もみんな

(きれいにきかざっているのをみて、はじめはただびっくりしてぼんやりして)

綺麗に着飾っているのを見て、初めは唯びっくりしてぼんやりして

(いたんですが、そのうちにだんだんねたましくなってきて・・・・・・。)

いたんですが、そのうちにだんだん妬ましくなって来て……。

(うらやましいだけならばいいんですが、それがいよいよこうじてきて、なんだか)

羨ましいだけならばいいんですが、それがいよいよ嵩じて来て、なんだか

(むやみにねたましいような、はらがたつようないらいらしたこころもちになってきて、)

むやみに妬ましいような、腹が立つような苛々した心持になって来て、

(ただなんとなしにえどのにんげんがにくらしくなって、だれでもかまわないから)

唯なんとなしに江戸の人間が憎らしくなって、誰でもかまわないから

(ころしてやりたいようなきになったんだそうです。ねがりょうしですから)

殺してやりたいような気になったんだそうです。根が猟師ですから

(てっぽうをうつこともしっている。やりをつかうこともしっているので、そこらのやぶから)

鉄砲を打つことも知っている。槍を使うことも知っているので、そこらの藪から

(やりをきりだしてきて、くらやみでむやみにおうらいのにんげんをついてあるいたんです。)

槍を伐り出して来て、くらやみで無闇に往来の人間を突いてあるいたんです。

(まったくいのししやさるをつくりょうけんで、あいてきらわずにつきまくったんだから)

まったく猪や猿を突く料簡で、相手嫌わずに突きまくったんだから

(たまりません。かんがえてもぞっとします。そうして、いいかげんにえどじゅうを)

堪まりません。考えてもぞっとします。そうして、いい加減に江戸じゅうを

など

(あらしあるいたのと、さすがにこきょうがこいしくなったのとで、そのとしのあきごろに)

あらし歩いたのと、さすがに故郷が恋しくなったのとで、その年の秋ごろに

(くにへにげてかえって、なにくわぬかおをしてくらしていたんです。もちろん、そんなことは)

国へ逃げて帰って、何食わぬ顔をして暮らしていたんです。勿論、そんなことは

(ひとにうっかりしゃべられないんですが、それでもさけによったときなどには、)

他人にうっかりしゃべられないんですが、それでも酒に酔った時などには、

(いろりのそばでおとうとにはなしたことがあるので、さくべえはそれを)

囲炉裏のそばで弟に話したことがあるので、作兵衛はそれを

(よくしっていたんです。)

よく知っていたんです。

(それからにじゅうねんたつうちに、あにのさくえもんはあるとしのふゆ、ゆきにすべって)

それから二十年経つうちに、兄の作右衛門はある年の冬、雪にすべって

(ふかいたにぞこへころげおちて、そのしがいもみえなくなってしまったらしいと)

深い谷底へころげ落ちて、その死骸も見えなくなってしまったらしいと

(いいます。あとはおとうとのさくべえひとりで、にょうぼうももたずにくらしていると、)

いいます。あとは弟の作兵衛ひとりで、女房も持たずに暮らしていると、

(これもなにかのしょうばいようではじめてえどへでてくることになったんです。)

これもなにかの商売用で初めて江戸へ出て来ることになったんです。

(それがぶんせいはちねんのごがつごろで、わかいときからあにきのおそろしいはなしをきかされて)

それが文政八年の五月頃で、若い時から兄貴のおそろしい話を聴かされて

(いるので、じぶんはもちろんおとなしくかえるつもりであったところが、さていよいよえどへ)

いるので、自分は勿論おとなしく帰る積りであったところが、扨いよいよ江戸へ

(でてみるととちがにぎやかなのと、めにみるものがみんなきれいなのとで、なんだか)

出てみると土地が賑やかなのと、眼に見る物がみんな綺麗なのとで、なんだか

(よったようなこころもちになって、これもむらむらときがへんになって、とうとうあにきの)

酔ったような心持になって、これもむらむらと気が変になって、とうとう兄貴の

(にだいめになってしまったんです。で、ごがつとろくがつのふたつきはやはりたけやりを)

二代目になってしまったんです。で、五月と六月のふた月はやはり竹槍を

(かつぎあるいていたんですが、さすがにわるいことだときがついて、そうそうにこきょうへ)

担ぎ歩いていたんですが、さすがに悪いことだと気がついて、怱々に故郷へ

(にげてかえりました。それでおとなしくしていれば、あにきどうようにぶじだったんで)

逃げて帰りました。それでおとなしくしていれば、兄貴同様に無事だったんで

(しょうが、やまへはいっていのししやさるをつくたびに、なんだかえどのことが)

しょうが、山へはいって猪や猿を突くたびに、なんだか江戸のことが

(おもいだされて、とうとうこらえきれなくなってそのとしのくがつにまたぶらりと)

思い出されて、とうとう堪え切れなくなって其の年の九月に又ぶらりと

(でてきました。えどのにんげんこそとんださいなんです。それでもいよいようんがつきて、)

出て来ました。江戸の人間こそ飛んだ災難です。それでもいよいよ運がつきて、

(しちべえにめしとられてしまったんです。いままではだれもさむらいやろうにんばかりに)

七兵衛に召し捕られてしまったんです。今までは誰も侍や浪人ばかりに

(めをつけていたんですが、はじめてたけやりということをみつけだしたのがしちべえの)

眼をつけていたんですが、初めて竹槍ということを見付けだしたのが七兵衛の

(てがらでしょう。そのあいだにくろねこというおけいぶつがついたので、ことがすこし)

手柄でしょう。そのあいだに黒猫というお景物が付いたので、事がすこし

(めんどうになりましたが、むかしのけんじゅつつかいなどのやりそうないたずらです。)

面倒になりましたが、むかしの剣術使いなどのやりそうな悪戯です。

(はははははは。さくべえはむろんひきまわしのうえではりつけになりました」)

はははははは。作兵衛は無論引き廻しの上で磔刑になりました」

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