半七捕物帳 少年少女の死8
関連タイピング
-
プレイ回数179かな142打
-
プレイ回数3847長文1069打
-
プレイ回数1135歌詞かな940打
-
プレイ回数3971歌詞かな1406打
-
プレイ回数570長文1666打
-
プレイ回数681長文2054打
-
プレイ回数936長文1162打
-
プレイ回数117長文かな3030打
問題文
(よしごろうはいまさらじぶんのきばやをくやんだが、これもおそかった。)
由五郎は今さら自分の気早を悔やんだが、これも遅かった。
(やがてひきあげられたにょうぼうのしたいは、わがこのしたいとまくらをならべて、)
やがて引き揚げられた女房の死体は、わが子の死体と枕をならべて、
(せまいろくじょうによこたえられた。つまとこをいちどにうしなったよしごろうは、)
狭い六畳に横たえられた。妻と子を一度にうしなった由五郎は、
(じぶんもたましいのないひとのようにただだまってすわっていた。あいながやのはち、くにんが)
自分も魂のない人のように唯黙って坐っていた。相長屋の八、九人が
(あつまってきて、ざんしょのまだつよいしちがつのよるにふたつのあたらしいほとけをまもっていた。)
あつまって来て、残暑のまだ強い七月の夜に二つの新らしい仏を守っていた。
(そのつやのせきで、いっけんおいたとなりのかみくずやのにょうぼうがこんなことをいいだした。)
その通夜の席で、一軒置いた隣の紙屑屋の女房がこんなことを云い出した。
(このにょうぼうはし、ごにちまえにななつになるおとこのこをうしなったのであった。)
この女房は四、五日まえに七つになる男の児を亡ったのであった。
(「ほんとうにわからないもんだわねえ。うちのこどもがなくなりましたときには)
「ほんとうに判らないもんだわねえ。家の子供が歿りました時には
(ここのおかみさんがきて、いろいろおせわをしてくだすったのに、)
ここのおかみさんが来て、いろいろお世話をして下すったのに、
(そのおかみさんがいくにちもたたないうちにこんなことになってしまって・・・・・・。)
そのおかみさんが幾日も経たないうちにこんなことになってしまって……。
(おまけによしちゃんまで・・・・・・。まあ、なんということでしょう。)
おまけに由ちゃんまで……。まあ、なんということでしょう。
(うちのこどももよしちゃんとちょうどおなじように、だしぬけにかおのいろがかわって、)
家の子供も由ちゃんと丁度おなじように、だしぬけに顔の色が変って、
(それからいっときのまもなしに、しんでしまったんですが、おいしゃにもやっぱり)
それから一晌の間もなしに、死んでしまったんですが、お医者にもやっぱり
(そのびょうきがたしかにわからないということでした。このごろはこどもに)
その病気がたしかに判らないということでした。この頃は子供に
(こんなにわるいびょうきがはやるんでしょうか。まったくいやですね。)
こんなに悪い病気が流行るんでしょうか。まったく忌ですね。
(いや、それについて、わたしはなんだかいやなこころもちのすることがあるんですよ。)
いや、それに就いて、わたしは何だか忌な心持のすることがあるんですよ。
(じつはね、うちのこどもがおもちゃにしていたみずだしをね、いまかんがえると、)
実はね、家の子供が玩具にしていた水出しをね、今考えると、
(ほんとうによせばよかったんですけれど、ここのうちのよしちゃんに)
ほんとうに止せばよかったんですけれど、ここの家の由ちゃんに
(あげたんですよ。しんだこどものものなんかをあげるのはわるいと)
上げたんですよ。死んだ子供の物なんかを上げるのは悪いと
(おもったんですけれど、ここのよしちゃんがけさあそびにきて、)
思ったんですけれど、ここの由ちゃんがけさ遊びに来て、
(おばさん、あのみずだしをどうしたというから、うちにありますよといって)
おばさん、あの水出しをどうしたと云うから、家にありますよと云って
(だしてみせると、わたしにくれないかといってもってかえったんです。)
出して見せると、わたしにくれないかと云って持って帰ったんです。
(そうすると、そのよしちゃんがまたこんなことになって・・・・・・。)
そうすると、その由ちゃんが又こんなことになって……。
(しんだこどものものなんかけっしてひとにやるものじゃありませんね。)
死んだ子供の物なんか決して人にやるものじゃありませんね。
(わたしはなんだかわるいことをしたようなこころもちがして、きがとがめて)
わたしは何だか悪いことをしたような心持がして、気が咎めて
(ならないんですよ」)
ならないんですよ」
(かみくずやのにょうぼうはしきりにじぶんのふちゅういをくやんでいるらしかった。)
紙屑屋の女房はしきりに自分の不注意を悔やんでいるらしかった。
(ふうんなははとこのしたいはあくるひのゆうがた、しながわのあるてらへおくられて)
不運な母と子の死体はあくる日の夕方、品川の或る寺へ送られて
(ぶじにとむらいをすませた。よしごろうはやけざけをのんでそのごはしごとにもでなかった。)
無事に葬式をすませた。由五郎は自棄酒を飲んでその後は仕事にも出なかった。
(「このはなしがふとわたくしのみみにはいったもんですからね。)
…… 「この話がふとわたくしの耳にはいったもんですからね。
(いわゆるじごくみみでききのがすわけにはいきません」と、はんしちろうじんはいった。)
いわゆる地獄耳で聞き逃すわけには行きません」と、半七老人は云った。
(「そのだいくのこどもや、かみくずやのこどもが、はやりやまいでしんだのならば)
「その大工の子供や、紙屑屋の子供が、はやり病いで死んだのならば
(しかたがありません。かどなみにそうれいがでてもふしぎがないんですが、)
仕方がありません。門並みに葬礼が出ても不思議がないんですが、
(そこにすこしきになることがあったもんですから、はっちょうぼりのだんながたにもうしあげて、)
そこに少し気になることがあったもんですから、八丁堀の旦那方に申し上げて、
(てをつけてみることになりました」)
手をつけてみることになりました」
(「じゃあ、ふたりのこどもはやっぱりなにかのさいなんだったんですね」と、)
「じゃあ、二人の子供はやっぱり何かの災難だったんですね」と、
(わたしはきいた。 「そうですよ。まったくかわいそうなことでした」)
わたしは訊いた。 「そうですよ。まったく可哀そうなことでした」