半七捕物帳 猫騒動15(終)

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第12話

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問題文

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(「ばあさんのかおがまったくねこにみえたのか」と、はんしちはふたたびねんをおすと、)

「婆さんの顔がまったく猫に見えたのか」と、半七は再び念を押すと、

(おはつはじぶんのめにもしちのすけのめにもたしかにそうみえたといいきった。)

お初は自分の眼にも七之助の眼にも確かにそう見えたと云い切った。

(さもなければ、ふだんからおやこうこうのしちのすけがおやのあたまへてをあげる)

さもなければ、ふだんから親孝行の七之助が親の頭へ手をあげる

(どうりがないといった。)

道理がないと云った。

(「それでもそのうちにしょうたいをあらわすかとおもって、しがいをしばらく)

「それでも其のうちに正体をあらわすかと思って、死骸をしばらく

(みつめていましたがおまきさんのかおはやっぱりにんげんのかおで、)

見つめていましたがおまきさんの顔はやっぱり人間の顔で、

(いつまでたってもねこにならないんです。どうしてあのときにねこのような)

いつまで経っても猫にならないんです。どうしてあの時に猫のような

(こわいかおになったのか、どうかんがえてもわかりません。しんだねこのたましいがおまきさんに)

怖い顔になったのか、どう考えても判りません。死んだ猫の魂がおまきさんに

(のりうつったんでしょうかしら。それにしてもしちのすけさんを)

乗憑(のりうつ)ったんでしょうかしら。それにしても七之助さんを

(おやごろしにするのはあんまりかわいそうですし、もともとうちのひとがちえをつけて)

親殺しにするのはあんまり可哀そうですし、もともと良人が知恵をつけて

(こんなことになったんですから、わたくしもしちのすけさんをむりになだめて、)

こんなことになったんですから、わたくしも七之助さんを無理になだめて、

(あのひとがふだんからなかよくしているとなりちょうのさんきちさんのところへ)

あの人がふだんから仲良くしている隣り町の三吉さんのところへ

(いっしょにそうだんにいったんですが、となりはあきだなですし、ろじを)

一緒に相談に行ったんですが、隣りは空店(あきだな)ですし、路地を

(ではいりするときにもいいあんばいにだれにもみつからなかったんです。)

出這入りする時にも好い塩梅(あんばい)に誰にも見付からなかったんです。

(それからさんきちさんがいろいろのちえをかしてくれて、わたくしだけが)

それから三吉さんがいろいろの知恵を貸してくれて、わたくしだけが

(ひとあしさきへかえって、はじめてしがいをみつけたようにさわぎだしたんです」)

一と足先へ帰って、初めて死骸を見つけたように騒ぎ出したんです」

(「それでみんなわかった。そこできょうおれたちがつながってきたので、)

「それでみんな判った。そこできょうおれ達が繋がって来たので、

(おまえはなんだかおかしいぞとかんづいて、さっきさんきちのところへそうだんに)

お前はなんだかおかしいぞと感づいて、さっき三吉のところへ相談に

(いったんだな。そうしてしちのすけのかえってくるのをまっていて、)

行ったんだな。そうして七之助の帰って来るのを待っていて、

(これもさんきちのところへそうだんにいったんだな。そうだろう。)

これも三吉のところへ相談に行ったんだな。そうだろう。

など

(そこでそのそうだんはどうきまった。しちのすけをどこへかにがすつもりか。)

そこで其の相談はどう決まった。七之助をどこへか逃がすつもりか。

(いや、おまえにきいているよりも、すぐにさんきちのほうへいこう」)

いや、お前に訊いているよりも、すぐに三吉の方へ行こう」

(はんしちはあめのなかをとなりちょうへいそいでゆくと、しちのすけはけさからいちども)

半七は雨のなかを隣り町へ急いでゆくと、七之助はけさから一度も

(すがたをみせないとさんきちはいった。かくしているかともうたがったが、まったく)

姿を見せないと三吉は云った。隠しているかとも疑ったが、まったく

(そうでもないらしいので、ふとあることがはんしちのむねにうかんだ。)

そうでもないらしいので、ふと或る事が半七の胸に浮かんだ。

(かれはそこをでて、さらにあざぶのてらへおってゆくと、おまきのはかのまえには)

彼はそこを出て、さらに麻布の寺へ追ってゆくと、おまきの墓の前には

(あたらしいそとばがあめにぬれているばかりで、そこらにひとのかげもみえなかった。)

新しい卒塔婆が雨にぬれているばかりで、そこらに人の影もみえなかった。

(あくるひのあさ、しちのすけのしがいがしばうらにういていた。それはちょうど)

あくる日の朝、七之助の死骸が芝浦に浮いていた。それはちょうど

(ながやのひとたちがおまきのねこをしずめたところであった。)

長屋の人達がおまきの猫を沈めた所であった。

(しちのすけはもうさんきちのところへいかずに、まっすぐにしにばしょをさがしに)

七之助はもう三吉のところへ行かずに、まっすぐに死に場所を探しに

(いったのであろう。いくらおはつがしょうにんにたっても、ははのかおがねこにみえたという)

行ったのであろう。いくらお初が証人に立っても、母の顔が猫に見えたという

(きかいなじじつをたてにして、おやごろしのとがをのがれることはできない。)

奇怪な事実を楯にして、親殺しの科(とが)を逃れることはできない。

(はりつけにあわないうちにじめつしたほうが、いっそほんにんのしあわせで)

磔刑(はりつけ)に逢わないうちに自滅した方が、いっそ本人の仕合わせで

(あったろうかとはんしちはおもった。じぶんもまたこうしたふうんのおやこうこうむすこに)

あったろうかと半七は思った。自分もまたこうした不運の親孝行息子に

(なわをかけないほうがしあわせであったとおもった。)

縄をかけない方が仕合わせであったと思った。

(「おはなしはまあこういうすじなんですがね」と、はんしちろうじんはここでひといきついた。)

「お話はまあこういう筋なんですがね」と、半七老人はここで一と息ついた。

(「それからだんだんしらべてみましたが、しちのすけはまったくこうこうもので、)

「それからだんだん調べてみましたが、七之助はまったく孝行者で、

(とてもしょうきでおやごろしなんぞするはずはないんです。となりのおはつというおんなも)

とても正気で親殺しなんぞする筈はないんです。隣りのお初という女も

(しょうじきもので、うそなんぞつくようなおんなじゃありません。そうすると、)

正直者で、嘘なんぞ吐くような女じゃありません。そうすると、

(まったくこのふたりのめにはおまきのかおがねこにみえたんでしょう。)

まったくこの二人の眼にはおまきの顔が猫に見えたんでしょう。

(ねこがのりうつったのかどうしたのかふしぎなこともあるもんですね。)

猫が乗憑ったのかどうしたのか不思議なこともあるもんですね。

(それからおまきのうちをあらためてみますと、えんのしたからくさったさかなのほねが)

それからおまきの家をあらためて見ますと、縁の下から腐った魚の骨が

(たくさんでました。ねこがいなくなったあとも、おまきはやっぱりそのくいものを)

たくさん出ました。猫がいなくなった後も、おまきはやっぱりその食い物を

(えんのしたへほうりこんでいたものとみえます。なんだかきみがわるいので、)

縁の下へほうり込んでいたものとみえます。なんだか気味が悪いので、

(いえぬしもとうとうそのうちをとりこわしてしまったそうですよ」)

家主もとうとうその家を取り毀(こわ)してしまったそうですよ」

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