半七捕物帳 津の国屋20

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第16話

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問題文

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(「ししょう。うちかえ」)

七 「師匠。内かえ」

(つねきちがもじはるのうちのこうしをくぐったのは、それからいっときほどののちであった。)

常吉が文字春の家の格子をくぐったのは、それから一晌ほどの後であった。

(もじはるはまちかねていたように、すぐにながひばちのまえをたってでた。)

文字春は待ち兼ねていたように、すぐに長火鉢のまえを起って出た。

(「さきほどはしつれい。きたないところですが、どうぞこちらへ・・・・・・」)

「さきほどは失礼。きたないところですが、どうぞこちらへ……」

(「じゃあ、ちっとじゃまをするぜ」)

「じゃあ、ちっと邪魔をするぜ」

(わかいおかっぴきがぞうりをぬいでうちへあがると、もじはるはこおんなにみみうちをして、)

若い岡っ引きが草履をぬいで内へあがると、文字春は小女に耳打ちをして、

(きんじょのしだしやへはしらせた。)

近所の仕出し屋へ走らせた。

(「ところで、ししょう。さっそくだが、すこしおめえにききてえことがある。)

「ところで、師匠。早速だが、少しおめえに訊きてえことがある。

(あのつのくにやのむすめはおめえのでしだというじゃあねえか。)

あの津の国屋の娘はおめえの弟子だというじゃあねえか。

(ししょうもつのくにやへときどきではいりすることもあるんだろう」)

師匠も津の国屋へときどき出這入りすることもあるんだろう」

(「はあ。ときどきには・・・・・・」と、もじはるはうなずいた。「ですから、きょうも)

「はあ。時々には……」と、文字春はうなずいた。「ですから、きょうも

(あとにちょいとかおだしをしようとおもっているんです」)

後にちょいと顔出しをしようと思っているんです」

(「ところで、しろうとっぽいことをきくようだが、こんどのいっけんについて)

「ところで、素人っぽいことを訊くようだが、今度の一件について

(なんにもこころあたりはねえかね。おいらのかんがえじゃあ、おかみさんとばんとうのしんじゅうは)

なんにも心当りはねえかね。おいらの考えじゃあ、おかみさんと番頭の心中は

(どうものみこめねえ。あれにはなにかこみいったわけがあるだろうと)

どうも呑み込めねえ。あれには何か込み入ったわけがあるだろうと

(おもうんだが・・・・・・。おいらはまえからしっているが、あのきんべえというばんとうは)

思うんだが……。おいらは前から知っているが、あの金兵衛という番頭は

(しろねずみで、そんなふらちをはたらくにんげんじゃあねえ。ましておかみさんとはおやこほども)

白鼠で、そんな不埒を働く人間じゃあねえ。ましておかみさんとは母子ほども

(としがちがっている。たといいっしょにしんだとしても、しんじゅうじゃあねえ。)

年が違っている。たとい一緒に死んだとしても、心中じゃあねえ。

(なにかほかにしさいがあるにそういねえ。いまのところじゃあとしのわけえむすめと)

何かほかに仔細があるに相違ねえ。今の処じゃあ年の若けえ娘と

(ほうこうにんばかりで、なにをしらべてもいっこうにてごてえがねえのでこまっているんだが、)

奉公人ばかりで、何を調べても一向に手応えがねえので困っているんだが、

など

(ししょう、けっしておめえにめいわくはかけねえ。なにかきのついたことがあるんなら)

師匠、決しておめえに迷惑はかけねえ。なにか気のついたことがあるんなら

(おしえてくんねえか」)

教えてくんねえか」

(「そうですねえ。おやぶんもごしょうちでしょう。なんだかつのくにやに、)

「そうですねえ。親分も御承知でしょう。なんだか津の国屋に、

(いやなうわさのあることは・・・・・・」)

いやな噂のあることは……」

(「いやなうわさ・・・・・・」と、つねきちもうなずいた。「なにかあのみせがつぶれるとか)

「いやな噂……」と、常吉もうなずいた。「なにかあの店が潰れるとか

(いうんじゃねえか」)

いうんじゃねえか」

(「そうですよ。あたしはよくしりませんけれど、つのくにやにはおやすさんとかいう)

「そうですよ。あたしはよく知りませんけれど、津の国屋にはお安さんとかいう

(むすめのしりょうがたたっているとかいううわさですが・・・・・・」)

娘の死霊が祟っているとかいう噂ですが……」

(「むすめのしりょう・・・・・・。そりゃあおいらもはつみみだ。そうして、そのむすめはどうしたんだ」)

「娘の死霊……。そりゃあおいらも初耳だ。そうして、その娘はどうしたんだ」

(あいてがのりきになってみみをひきたてるので、もじはるはしぜんにつりだされたのと、)

相手が乗り気になって耳を引き立てるので、文字春は自然に釣り出されたのと、

(もうひとつにはつねきちにてがらをさせてやりたいというようなしたごころをまじって、)

もう一つには常吉に手柄をさせてやりたいというような下心をまじって、

(かのじょはさきにかねきちからきかされたおやすのいっけんをくわしくはなした。)

彼女はさきに兼吉から聞かされたお安の一件をくわしく話した。

(まだそのうえにじぶんがおそしさまへさんけいのかえりみちで、おやすのゆうれいらしいわかいむすめと)

まだその上に自分がお祖師様へ参詣の帰り路で、お安の幽霊らしい若い娘と

(みちづれになったことまでこわごわとささやくと、つねきちはいよいよねっしんに)

道連れになったことまで怖々とささやくと、常吉はいよいよ熱心に

(みみをかたむけていた。ことにもじはるがゆうれいのようなむすめにであったということが)

耳をかたむけていた。殊に文字春が幽霊のような娘に出逢ったということが

(かれのきょうみをひいたらしかった。かれはそのむすめのとしごろやにんそうやみなりなどを)

彼の興味を惹いたらしかった。彼はその娘の年ごろや人相や服装などを

(いちいちめいさいにききただして、じぶんのむねのうちにたたみこんでいるようにみえた。)

一々明細に聞きただして、自分の胸のうちに畳み込んでいるように見えた。

(「むむ。こりゃあいいことをきかしてくれた。ししょう、あらためてれいをいうぜ、)

「むむ。こりゃあいいことを聞かしてくれた。師匠、あらためて礼をいうぜ、

(そんなことはちっともしらなかった」)

そんなことはちっとも知らなかった」

(しだしやからあつらえのさかなをもちこんできたので、もじはるはすぐにさけのしたくをした。)

仕出し屋から誂えの肴を持ち込んで来たので、文字春はすぐに酒の支度をした。

(「こりゃあきのどくだな。こんなやっかいになっちゃあいけねえ」と、つねきちは)

「こりゃあ気の毒だな。こんな厄介になっちゃあいけねえ」と、常吉は

(こころからきのどくそうにいった。)

こころから気の毒そうに云った。

(「いいえ、ほんのさむさしのぎにひとくち、なんにもございませんけれど、)

「いいえ、ほんの寒さしのぎにひと口、なんにもございませんけれど、

(あがってください」 「じゃあ、せっかくだからごちそうになろう」)

あがってください」 「じゃあ、折角だから御馳走になろう」

(ふたりはさしむかいでのみはじめた。そのあいだに、もじはるはつのくにやのいっけんについて、)

二人は差し向かいで飲み始めた。その間に、文字春は津の国屋の一件について、

(じぶんのしっているだけのことをのこらずしゃべってしまった。じょちゅうのおかくは)

自分の知っているだけのことを残らずしゃべってしまった。女中のお角は

(じぶんがせわをしたんだということもうちあけた。これもつねきちのちゅういを)

自分が世話をしたんだということも打ち明けた。これも常吉の注意を

(ひいたらしく、かれはときどきにちょこをおいてかんがえていた。)

惹いたらしく、彼はときどきに猪口をおいて考えていた。

(なんだかのこりおしそうにひきとめるししょうをふりきって、かれははんときほどののちに)

なんだか残り惜しそうに引き留める師匠をふり切って、彼は半晌ほどの後に

(ここをでた。)

ここを出た。

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