半七捕物帳 津の国屋24

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第16話

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問題文

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(「おそれいりました」と、ゆうきちはすなおにてをついた。)

「恐れ入りました」と、勇吉は素直に手をついた。

(「むむ、そうか」と、つねきちはうなずいた。「よくすなおにもうしたてた。そこで、)

「むむ、そうか」と、常吉はうなずいた。「よく素直に申し立てた。そこで、

(なぜちょうたろうをやっつけるきになった。ちょうたろうになにかいこんでもあるのか」)

なぜ長太郎をやっつける気になった。長太郎になにか遺恨でもあるのか」

(「どうもかたきのようにおもわれてなりませんので・・・・・・」)

「どうも仇のように思われてなりませんので……」

(「かたき・・・・・・。むむ、おめえはつのくにやのばんとうのしんるいだということだな」)

「かたき……。むむ、おめえは津の国屋の番頭の親類だということだな」

(「はい。きんべえのえんでつのくにやへほうこうにまいりました」)

「はい。金兵衛の縁で津の国屋へ奉公にまいりました」

(「そのきんべえのかたき・・・・・・。ちょうたろうがきんべえをころしたのか」と、つねきちはねんをおした。)

「その金兵衛の仇……。長太郎が金兵衛を殺したのか」と、常吉は念を押した。

(「どうもそうおもわれてなりません」と、ゆうきちはめをふいた。)

「どうもそう思われてなりません」と、勇吉は眼をふいた。

(それにはなにかしょうこがあるかとつねきちがおしかえしてきくと、ゆうきちはべつに)

それには何か証拠があるかと常吉が押し返してきくと、勇吉は別に

(たしかなしょうこはないといった。しかしどうもそうおもわれてならない。)

確かな証拠はないと云った。併しどうもそう思われてならない。

(きんべえはじぶんのしんるいであるが、けっしてしゅじんとふぎみっつうをはたらくような)

金兵衛は自分の親類であるが、決して主人と不義密通を働くような

(にんげんではない。かれのしがいをどぞうのなかではっけんしたときから、これはじぶんで)

人間ではない。かれの死骸を土蔵の中で発見した時から、これは自分で

(くびをくくったのではない、だれかがかれをしめころしてそのしがいをどぞうのなかへ)

首をくくったのではない、誰かが彼を絞め殺してその死骸を土蔵の中へ

(はこびこんだのにそういないとはんだんしたが、なにぶんにもたしかなしょうこがないので、)

運び込んだのに相違ないと判断したが、何分にも確かな証拠がないので、

(じぶんはよんどころなしにいままでだまっていたのであると、ゆうきちはもうしたてた。)

自分はよんどころなしに今まで黙っていたのであると、勇吉は申し立てた。

(それにしても、かずあるほうこうにんのなかでどうしてちょうたろうひとりを)

それにしても、数ある奉公人の中でどうして長太郎一人を

(げしゅにんとうたがったのかと、つねきちはかさねてせんぎすると、そのぜんじつのひるすぎに)

下手人と疑ったのかと、常吉はかさねて詮議すると、その前日の午すぎに

(ちょうたろうがしゅじんのむすめにむかってなにかじょうだんをいった。それがあまりにしつこいのと)

長太郎が主人の娘に向って何か冗談を云った。それがあまりにしつこいのと

(みだりがましいのとで、ちょうばにいたきんべえがききかねて、おおきいこえで)

猥りがましいのとで、帳場にいた金兵衛が聞き兼ねて、大きい声で

(ちょうたろうをしかりつけた。しかられたちょうたろうはすごすごたっていったが、)

長太郎を叱り付けた。叱られた長太郎はすごすご起って行ったが、

など

(そのときにかれはこわいめをしてきんべえをじろりとにらんだ。そのするどいめつきが)

その時に彼は怖い眼をして金兵衛をじろりと睨んだ。その鋭い眼つきが

(いまでもじぶんのめにのこっているとゆうきちはいった。)

今でも自分の眼に残っていると勇吉は云った。

(しかしそれだけのことではおもてむきのしょうこにならないので。ゆうきちはくやしいのを)

併しそれだけのことでは表向きの証拠にならないので。勇吉は口惜しいのを

(がまんしていると、こんやのじけんがはからずもしゅったいした。にくらしいちょうたろうが)

我慢していると、今夜の事件が測らずも出来した。憎らしい長太郎が

(しゅじんのむすめをきょうはくして、どこへかつれていこうとするのである。)

主人の娘を脅迫して、どこへか連れて行こうとするのである。

(ことしじゅうろくのゆうきちはもうかんにんができなくなって、いっそかれをころして)

今年十六の勇吉はもう堪忍ができなくなって、いっそ彼を殺して

(おゆきをすくおうと、とっさのあいだにしあんをきめたのであった。)

お雪を救おうと、咄嗟のあいだに思案を決めたのであった。

(「よし、よし、よくもうしたてた」と、つねきちはまんぞくしたようにうなずいた。)

「よし、よし、よく申し立てた」と、常吉は満足したようにうなずいた。

(「きずようじょうをしてごじつのごさたをまっていろ。かならずたんきをだしちゃあ)

「傷養生をして後日の御沙汰を待っていろ。かならず短気をだしちゃあ

(ならねえぞ。きんべえのかたきはまだほかにもおおぜいある。それはおれがみんな)

ならねえぞ。金兵衛の仇はまだほかにも大勢ある。それは俺がみんな

(かたきうちをしてやるから、おとなしくまっていろ」)

仇討ちをしてやるから、おとなしく待っていろ」

(「ありがとうございます」と、ゆうきちはふたたびめをふいた。)

「ありがとうございます」と、勇吉は再び眼を拭いた。

(ゆうきちをいたわって、あとからつのくにやへおくってやるようにとちょうやくにんに)

勇吉をいたわって、あとから津の国屋へ送ってやるようにと町役人に

(いいつけて、つねきちはすぐにつのくにやへひっかえしていこうとして、)

云い付けて、常吉はすぐに津の国屋へ引っ返して行こうとして、

(もじはるのうちのまえをとおりかかると、うちのなかではなにかけたたましいおんなのさけびごえが)

文字春の家の前を通りかかると、家の中では何かけたたましい女の叫び声が

(きこえた。それがみみについておもわずたちどまるとたんに、みずぐちのとを)

きこえた。それが耳について思わず立ちどまる途端に、水口の戸を

(おしたおすようなものおとがして、ひとりのおんながろじのなかからころがるように)

押し倒すような物音がして、ひとりの女が露路の中から転がるように

(かけだしてきた。つづいてまたひとりのおんながなにかはものをふりあげて)

駈け出して来た。つづいて又一人の女が何か刃物をふり上げて

(おってくるらしかった。つねきちはとんでいって、あとのおんなのまえにたちふさがると、)

追って来るらしかった。常吉は飛んで行って、あとの女の前に立ちふさがると、

(おんなはやしゃのようになってかれにきってかかった。に、さんどやりたがわして)

女は夜叉のようになって彼に斬ってかかった。二、三度やりたがわして

(そのはものをたたきおとして、つねきちはさけんだ。 「おかく、ごようだ」)

其の刃物をたたき落として、常吉は叫んだ。 「お角、御用だ」

(ごようのこえをきくと、おんなはつかまれたうでをいっしょうけんめいにふりはなして、)

御用の声を聞くと、女は摑まれた腕を一生懸命に振りはなして、

(もとのろじのおくへひっかえしてかけこんだ。つねきちはつづいておってゆくと、)

もとの露路の奥へ引っ返して駈け込んだ。常吉はつづいて追ってゆくと、

(にげばをうしなったものかただしははじめからかくごのうえか、かれはそこにあるいどがわに)

逃げ場を失ったものか但しは初めから覚悟の上か、かれはそこにある井戸側に

(てをかけたかとおもうと、みをひるがえしてまっさかさまにとびこんだ。)

手をかけたかと思うと、身をひるがえして真っ逆さまに飛び込んだ。

(ながやじゅうのてをかりてつねきちはすぐにいどのなかからおんなをひきあげさせたが、)

長屋じゅうの手を借りて常吉はすぐに井戸の中から女を引き揚げさせたが、

(かれはもういきがたえていた。それがもじはるのせわでつのくにやへほうこうにきた)

かれはもう息が絶えていた。それが文字春の世話で津の国屋へ奉公に来た

(おかくであることは、つねきちもはじめからしっていた。もじはるのはなしによると、)

お角であることは、常吉も初めから知っていた。文字春の話によると、

(たったいまそのみずぐちのとをそっとたたいてししょうにあいたいというものがある。)

たった今その水口の戸をそっとたたいて師匠に逢いたいという者がある。

(このよふけにだれかしらんとおもいながら、もじはるはねまきのままででてみると、)

この夜更けに誰か知らんと思いながら、文字春は寝衣のままで出て見ると、

(それはかのおかくで、おまえがよけいなおしゃべりをしたもんだからなにもかも)

それはかのお角で、お前が余計なおしゃべりをしたもんだから何もかも

(ばれてしまったといいながら、かくしていたかみそりでいきなりにきって)

ばれてしまったと云いながら、隠していた剃刀でいきなりに斬って

(かかったので、もじはるはおどろいておもてへにげだしたというのであった。)

かかったので、文字春はおどろいて表へ逃げ出したというのであった。

(「おおかたそんなことだろうとおもった。だが、まあ、けががなくてよかった」と、)

「大方そんなことだろうと思った。だが、まあ、怪我がなくてよかった」と、

(つねきちはいった。)

常吉は云った。

(にょうぼうとばんとうとふたりのしにんをだしたつのくにやでは、それからとおかも)

女房と番頭と二人の死人を出した津の国屋では、それから十日も

(たたないうちに、またもやちょうたろうとおかくとふたりのしにんをだした。)

経たないうちに、又もや長太郎とお角と二人の死人を出した。

(しかし、これでちょうどさしひきがついたのであるということがのちにわかった。)

しかし、これで丁度差し引きが付いたのであるということが後に判った。

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