半七捕物帳 津の国屋26(終)

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第16話

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問題文

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(これまではまずかれらのおもいのままにしんこうしたが、そのひみつをきりはたのつねきちに)

これまでは先ず彼等の思いのままに進行したが、その秘密を桐畑の常吉に

(かぎつけられたらしいのが、かれらにおびただしいふあんをあたえた。)

嗅ぎ付けられたらしいのが、彼等におびただしい不安をあたえた。

(つねきちはもじはるからくわしいはなしをきいて、はんしちとそうだんのうえでまずそのゆうれいの)

常吉は文字春から委しい話を聴いて、半七と相談の上で先ずその幽霊の

(みもとせんぎにとりかかったときに、はんしちがふとおもいついたのはかのおかねの)

身許詮議に取りかかった時に、半七がふと思い付いたのは彼のお兼の

(ことであった。おかねはいつまでもうぶらしくみえるのをたねとして、)

ことであった。お兼はいつまでも初心らしく見えるのを種として、

(これまでにこむすめにばけてまんびきやかたりをはたらいたきょうじょうがある。もしやかのじょでは)

これまでに小娘に化けて万引や騙りを働いた兇状がある。もしや彼女では

(あるまいかとめぐしをさして、こぶんのものにいいつけてひそかにかのじょがこのごろの)

あるまいかと眼串を刺して、子分の者に云い付けてひそかに彼女が此の頃の

(ようすをさぐらせると、おかねはさきごろあさくさのこりょうりやへいっていけだやじゅうえもんに)

様子を探らせると、お兼は先頃浅草の小料理屋へ行って池田屋十右衛門に

(あったことがわかった。いけだやはつのくにやのしんるいである。もうひとつには、)

逢ったことが判った。池田屋は津の国屋の親類である。もう一つには、

(かのくまきちがおおますやへしのんでいって、ときどきにばくちのもとでをかりだしてくる)

かの熊吉が大桝屋へ忍んで行って、ときどきに博奕の資本を借り出して来る

(らしいことが、かれのなかまのくちからもれた、おおますやもつのくにやのしんるいである。)

らしいことが、彼の仲間の口から洩れた、大桝屋も津の国屋の親類である。

(それからうたがいはいよいよふかくなって、はんしちはえんりょなしにくまきちを)

それから疑いはいよいよ深くなって、半七は遠慮なしに熊吉を

(ひきあげてしまった。しかしかれもなかなかのごうじょうもので、よういにそのひみつを)

引き揚げてしまった。しかし彼もなかなかの強情者で、容易にその秘密を

(はくじょうしなかった。)

白状しなかった。

(たといはくじょうしても、はくじょうしないでも、ととうのひとりがひきあげられたときいて、)

たとい白状しても、白状しないでも、徒党の一人が引き揚げられたと聞いて、

(かれらはにわかにうろたえはじめた。げんすけはあわててどこへかすがたをかくした。)

かれらは俄かにうろたえ始めた。源助はあわてて何処へか姿をかくした。

(それがつのくにやのほうへもきこえたので、おかくもちょうたろうもぎょっとした。)

それが津の国屋の方へもきこえたので、お角も長太郎もぎょっとした。

(おかくはもじはるのうちのこおんなをだまして、ししょうのくちからつねきちにいろいろのことを)

お角は文字春の家の小女をだまして、師匠の口から常吉にいろいろのことを

(うったえられたらしいことをさぐりしったが、だいたんなかのじょはわざとへいきで)

訴えられたらしいことを探り知ったが、大胆な彼女はわざと平気で

(すましていた。しかしとしのわかいちょうたろうはなかなかおちついていられなかった。)

澄ましていた。しかし年の若い長太郎はなかなか落ち着いていられなかった。

など

(かれはやぶれかぶれのどきょうをすえて、いっそおゆきをきょうはくしてどこへかゆうかいして)

彼は破れかぶれの度胸を据えて、いっそお雪を脅迫して何処へか誘拐して

(いこうとくわだてたが、それをゆうきちにさまたげられて、じぶんはためいけのどろみずを)

行こうと企てたが、それを勇吉に妨げられて、自分は溜池の泥水を

(のんでしんだ。)

飲んで死んだ。

(こうなると、おかくもさすがにへいきではいられなくなった。そのまますぐに)

こうなると、お角もさすがに平気ではいられなくなった。そのまますぐに

(すがたをかくしてしまえば、あるいはもうすこしいきのびられたかもしれなかったが、)

姿を隠してしまえば、或いはもう少し生き延びられたかも知れなかったが、

(こうしたおんなのならいとしてかのじょはもじはるをひどくにくんだ。なにをしゃべったか)

こうした女の習いとして彼女は文字春をひどく憎んだ。何をしゃべったか

(しらないが、おとこのいいおかっぴきをひっぱりこんで、さけをのませてふざけながら、)

知らないが、男のいい岡っ引きを引っ張り込んで、酒を飲ませてふざけながら、

(じぶんたちのひみつをもらしたかとおもうと、おかくはむやみにもじはるが)

自分たちの秘密を洩らしたかと思うと、お角はむやみに文字春が

(にくらしくなって、いきがけのだちんにころすつもりか、それともかおにでもきずを)

憎らしくなって、行きがけの駄賃に殺すつもりか、それとも顔にでも傷を

(つけるつもりか、ともかくもかのじょのうちへおしかけていったのがうんのつきで、)

つけるつもりか、ともかくも彼女の家へ押掛けて行ったのが運の尽きで、

(おかくはわがみをいどへしずめることとなったのである。もちろん、しにんにくちなしで、)

お角はわが身を井戸へ沈めることとなったのである。勿論、死人に口なしで、

(おかくがほんとうのりょうけんはよくわからない。じじょうのなりゆきでただこうそうぞうするだけの)

お角がほんとうの料簡はよく判らない。事情の成行きで唯こう想像するだけの

(ことであった。)

ことであった。

(ととうのものはすべてそのざいじょうをはくじょうした。げんすけはいったんそのすがたをくらましたが、)

徒党の者はすべてその罪状を白状した。源助は一旦その姿を晦ましたが、

(せんじゅのともだちへたちまわったところをとらえられた。しゅはんしゃのいけだやとおおますやはしざい、)

千住の友達へ立ち廻ったところを捕えられた。主犯者の池田屋と大桝屋は死罪、

(ぼだいじのじゅうしょくとおかねはえんとう、そのほかのものはじゅうついほうをもうしわたされた。)

菩提寺の住職とお兼は遠島、その他の者は重追放を申し渡された。

(これでこのかいだんはおわったが、ついでにつけくわえておきたいのは、そのあくるとしに)

これでこの怪談は終ったが、ついでに付け加えて置きたいのは、その明くる年に

(きりはたとつのくにやとにふたくみのえんだんのまとまったことであった。いっぽうはつねきちと)

桐畑と津の国屋とに二組の縁談の纏まったことであった。一方は常吉と

(もじはるとで、いっぽうはゆうきちとおゆきであった。つねきちはにじゅうろくで、もじはるは)

文字春とで、一方は勇吉とお雪であった。常吉は二十六で、文字春は

(にじゅうしちであった。ゆうきちはじゅうしちで、おゆきはじゅうはちであった。もっとも、)

二十七であった。勇吉は十七で、お雪は十八であった。もっとも、

(つのくにやのほうはやくそくだけで、ほんとうのしゅうげんはもういちねんくりのべることと)

津の国屋の方は約束だけで、ほんとうの祝言はもう一年繰り延べることと

(なったが、ふたくみともにひとつずつのとしうえのよめをもつというのは、そこになにかの)

なったが、二組ともに一つずつの年上の嫁を持つというのは、そこに何かの

(いんねんがあったのかもしれないと、だいくのかねきちはしさいありそうにはなしていた。)

因縁があったのかも知れないと、大工の兼吉は仔細ありそうに話していた。

(「どうです。かなりいりくんでいるでしょう」と、はんしちろうじんはわらいながら)

… 「どうです。かなり入り組んでいるでしょう」と、半七老人は笑いながら

(いった。「くどくもいうとおり、ずいぶんまわりどおいけいりゃくで、こんにちのひとたちからかんがえると、)

云った。「くどくもいう通り、随分廻り遠い計略で、今日の人達から考えると、

(あんまりばかばかしいようにおもわれるかもしれませんが、だいいちにはなんといっても)

あんまり馬鹿々々しいように思われるかも知れませんが、第一には何といっても

(むかしのにんげんはきがながい。もうひとつにはかねもうけということがなかなか)

昔の人間は気が長い。もう一つには金儲けということがなかなか

(むずかしかったからですね。つのくにやーーつのくにやとかくのがほんとう)

むずかしかったからですね。津の国屋--津国屋と書くのがほんとう

(だそうですが、のれんにはやはりつのくにやと、ののじをいれてありました。)

だそうですが、暖簾にはやはり津の国屋と、のの字を入れてありました。

(よみいいためでしょうーーはなんでもじしょかさくをあわせてに、さんぜんりょうの)

読みいいためでしょう--は何でも地所家作を合わせて二、三千両の

(しんだいだったそうです。そのころのに、さんぜんりょうといえばこのごろのじゅうまんえんくらいに)

身代だったそうです。その頃の二、三千両と云えばこの頃の十万円くらいに

(あたるでしょうから、それだけのものをただとるにはなみたいていのことでは)

当るでしょうから、それだけのものをただ取るには並大抵のことでは

(むずかしい。おおぜいのにんげんがちえをしぼって、ひまをつぶしてもに、さんぜんりょうのしんだいを)

むずかしい。大勢の人間が知恵をしぼって、暇をつぶしても二、三千両の身代を

(のっとれば、まずおおできだったんでしょうよ。こんにちのようにぼろがいしゃを)

乗っ取れば、まず大出来だったんでしょうよ。今日のようにボロ会社を

(おったててしんぶんへおおきなこうこくをして、ぬれてでなんじゅうまんえんをかきこむ)

押っ立てて新聞へ大きな広告をして、ぬれ手で何十万円を掻き込む

(なんていう、そんなきようなげいとうをむかしのにんげんはしりませんからね。)

なんていう、そんな器用な芸当をむかしの人間は知りませんからね。

(じゅうまんえんのかねをもうけるにも、これほどてかずがかかったしばいをしたんです。)

十万円の金を儲けるにも、これほど手数がかかった芝居をしたんです。

(それをおもうと、むかしのあくとうはいまのぜんにんよりもばかしょうじきだったかも)

それを思うと、むかしの悪党は今の善人よりも馬鹿正直だったかも

(しれませんね。あははははは」)

知れませんね。あははははは」

(これもやはりほんとうのかいだんではなかった。わたしはなんだか)

これもやはりほんとうの怪談ではなかった。わたしは何だか

(いっぱいくわされたようなこころもちで、ろうじんのわらいがおをうっかりとながめていた。)

一杯食わされたような心持で、老人の笑い顔をうっかりと眺めていた。

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