半七捕物帳 石燈籠11

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第二話

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問題文

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(「おお、さむい。ひがくれるときゅうにさむくなりますね」と、かのじょはりょうそでを)

「おお、寒い。日が暮れると急に寒くなりますね」と、彼女は両袖を

(かきあわせた。 「だからはやくいきねえよ」)

掻きあわせた。 「だから早く行きねえよ」

(「なんのごようかぞんじませんが、もしじきにかえしていただけないとこまりますから、)

「なんの御用か存じませんが、もし直きに帰して頂けないと困りますから、

(うちへちょいとよらしてくださるわけにはまいりますまいか」)

家(うち)へちょいと寄らして下さるわけには参りますまいか」

(「うちへかえったって、きんじはいねえぞ」と、はんしちはひややかにいった。)

「家へ帰ったって、金次はいねえぞ」と、半七は冷ややかに云った。

(こりゅうはめをとじてたちどまった。やがてふたたびめをあくと、)

小柳は眼を瞑(と)じて立ち止まった。やがて再び眼をあくと、

(ながいまつげにはしろいつゆがひかっているらしかった。)

長い睫毛には白い露が光っているらしかった。

(「きんさんはおりませんか。それでもあたしはおんなのことですから、)

「金さんは居りませんか。それでもあたしは女のことですから、

(しょうしょうしたくをしてまいりとうございますから」)

少々支度をして参りとうございますから」

(さんにんにかこまれて、こりゅうはりょうごくばしをわたった。かのじょはときどきにかたをふるわせて、)

三人に囲まれて、小柳は両国橋を渡った。彼女はときどきに肩をふるわせて、

(やるせないようにすすりなきをしていた。)

遣る瀬ないように啜り泣きをしていた。

(「きんじがそんなにこいしいか」 「あい」)

「金次がそんなに恋しいか」 「あい」

(「おめえのようなおんなにもにあわねえな」 「さっしてください」)

「おめえのような女にも似合わねえな」 「察してください」

(ながいはしのなかほどまできたころには、かしのいえいえにはきいろいひのかげが)

長い橋の中ほどまで来た頃には、河岸の家々には黄いろい灯のかげが

(まばらにきらめきはじめた。おおかわのみずのうえにはねずみいろのけむりがうかびだして、)

疎らにきらめきはじめた。大川の水の上には鼠色の煙りが浮かび出して、

(とおいかわしもがみずあかりでうすしろいのもさむそうにみえた。はしばんのこやでも)

遠い川下が水明かりで薄白いのも寒そうに見えた。橋番の小屋でも

(あんどんにかすかなろうそくのひをいれた。こんやのしもをよそうするように、)

行燈に微かな蠟燭の灯を入れた。今夜の霜を予想するように、

(おふなぐらのうえをかりのむれがないてとおった。)

御船蔵(おふなぐら)の上を雁の群れが啼いて通った。

(「もしわたしにわるいことでもあるとしたら、きんさんはどうなるでしょうね」)

「もしわたしに悪いことでもあるとしたら、金さんはどうなるでしょうね」

(「そりゃあとうにんのいいとりしだいさ」)

「そりゃあ当人の云い取り次第さ」

など

(こりゅうはだまってめをふいていた。とおもうと、かのじょはだしぬけにさけんだ。)

小柳は黙って眼を拭いていた。と思うと、彼女はだしぬけに叫んだ。

(「きんさん、かんにんしておくれよ」)

「金さん、堪忍しておくれよ」

(そばにいるはんしちをちからまかせにつきのけて、こりゅうはつばめのようにみをひるがえして)

そばにいる半七を力まかせに突き退けて、小柳は燕のように身をひるがえして

(かけだした。さすがはかるわざしだけにそのはやわざはめにもとまらない)

駈け出した。さすがは軽業師だけにその捷業(はやわざ)は眼にも止まらない

(ほどであった。かのじょはらんかんにてをかけたかとみるまもなく、からだはもう)

程であった。彼女は欄干に手をかけたかと見る間もなく、身体はもう

(まっさかさまにおおかわのみなぞこにのまれていた。)

まっさかさまに大川の水底に吞まれていた。

(「ちくしょう!」と、はんしちははをかんだ。)

「畜生!」と、半七は歯を嚙んだ。

(みずのおとをきいてはしばんもでてきた。ごようというなで、すぐにきんじょのせんどうから)

水の音を聞いて橋番も出て来た。御用という名で、すぐに近所の船頭から

(ふねをださせたが、こりゅうはふたたびうきあがらなかった。あくるひになって)

舟を出させたが、小柳は再び浮き上がらなかった。あくる日になって

(むこうがしのひゃっぽんぐいに、おんなのかみがそのむかしのあさくさのりのようにくろくからみついて)

向う河岸の百本杭に、女の髪がその昔の浅草海苔のように黒くからみついて

(いるのをはっけんした。ひきあげてみると、そのかみのもちぬしはこりゅうであったので、)

いるのを発見した。引き揚げて見ると、その髪の持ち主は小柳であったので、

(こおったしたいはかしのあさじもにさらされてけんしをうけた。おんなのかるわざしはとうとう)

凍った死体は河岸の朝霜に晒されて検視を受けた。女の軽業師はとうとう

(いのちのつなをふみはずしてしまった。それがえどじゅうのひょうばんとなって、)

命の綱を踏み外してしまった。それが江戸中の評判となって、

(はんしちのなもまたたかくなった。)

半七の名もまた高くなった。

(きくむらではすぐひとをやって、まだめみえちゅうのおきくをぶじにいたこから)

菊村ではすぐ人をやって、まだ目見得(めみえ)中のお菊を無事に潮来から

(とりもどした。)

取り戻した。

(「いまかんがえると、あのときはまるでゆめのようでございました。せいじろうはひとあしさきに)

「今考えると、あの時はまるで夢のようでございました。清次郎は一と足先に

(かえってしまって、わたくしはなんだかさびしくなったものですから、)

帰ってしまって、わたくしはなんだか寂しくなったものですから、

(おたけのかえってくるのをまちかねて、なんのきなしにおもてへでますと、)

お竹の帰ってくるのを待ち兼ねて、なんの気なしに表へ出ますと、

(おおきいきのしたにまえからかおをしっているかるわざしのこりゅうがたっていて、)

大きい樹の下に前から顔を識っている軽業師の小柳が立っていて、

(せいさんがいまそこできゅうびょうでたおれたからすぐにきてくれというのでございます。)

清さんが今そこで急病で倒れたからすぐに来てくれと云うのでございます。

(わたくしはびっくりしていっしょにいきますと、せいさんはかごでおいしゃのうちへ)

わたくしはびっくりして一緒に行きますと、清さんは駕籠でお医者の家へ

(かつぎこまれたから、おまえさんもあとからかごでいってくれとむりやりにかごに)

かつぎ込まれたから、お前さんも後から駕籠で行ってくれと無理やりに駕籠に

(のせられて、やがてどこだかわからないうすぐらいうちへつれこまれてしまったので)

乗せられて、やがて何処だか判らない薄暗い家へ連れ込まれてしまったので

(ございます。そうすると、こりゅうのようすがきゅうにかわって、もうひとりのわかいおとこと)

ございます。そうすると、小柳の様子が急に変って、もう一人の若い男と

(いっしょに、わたくしをさんざんひどいめにあわせまして、それからまたとおいところへ)

一緒に、わたくしを散々ひどい目に逢わせまして、それから又遠いところへ

(おくりました。わたくしはもうはんぶんはしんだもののようにぼうとなって)

送りました。わたくしはもう半分は死んだ者のように茫(ぼう)となって

(しまいまして、なにをどうしようというちえもふんべつもでませんでした」と、)

しまいまして、なにをどうしようという知恵も分別も出ませんでした」と、

(おきくはえどへかえってからかかりやくにんのとりしらべにこたえた。)

お菊は江戸へ帰ってから係り役人の取り調べに答えた。

(ばんとうのせいじろうはたんに「しかりおく」というだけでゆるされた。)

番頭の清次郎は単に「叱り置く」というだけで赦された。

(こりゅうはじめつしてしおきをまぬかれたが、そのしにくびはやはりこづかっぱらに)

小柳は自滅して仕置きを免れたが、その死に首はやはり小塚ッ原に

(かけられた。きんじはどうざいともなるべきものをかくべつにおじひをもって)

梟(か)けられた。金次は同罪ともなるべきものを格別に御慈悲を以(もっ)て

(えんとうもうしつけられて、このいっけんはらくちゃくした。)

遠島申し付けられて、この一件は落着した。

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