半七捕物帳 三河万歳1

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問題文
(あるとしのしょうがつ、かどまつのまだとれないうちにあかさかのうちをたずねると、)
一 ある年の正月、門松のまだ取れないうちに赤坂の家(うち)をたずねると、
(はんしちろうじんはこうしのまえにつったって、しょしゅんのちまたのゆきかいを)
半七老人は格子の前に突っ立って、初春の巷(ちまた)のゆきかいを
(ながめているらしかった。)
眺めているらしかった。
(「やあ、いらっしゃい。まずおめでとうございます」)
「やあ、いらっしゃい。まずおめでとうございます」
(いつものざしきへとおされて、ねんとうのあいさつがかたのごとくにすむと、)
いつもの座敷へ通されて、年頭の挨拶が式(かた)のごとくに済むと、
(おなじみのばあやがとそのぜんをはこびだしてきた。)
おなじみの老婢(ばあや)が屠蘇(とそ)の膳を運び出して来た。
(わたしがここのいえでとそをいわうのは、このときがにどめであったように)
わたしがここの家で屠蘇を祝うのは、このときが二度目であったように
(きおくしている。いまとちがって、そのころはねんれいをはがきいちまいですませるひとが)
記憶している。今とちがって、その頃は年礼を葉書一枚で済ませる人が
(まだすくなかったので、おもてにはひのくれるまでひとどおりがたえなかった。)
まだ少なかったので、表には日の暮れるまで人通りが絶えなかった。
(ししのはやしやまんざいのつづみのおともはるめいてきこえた。)
獅子の囃子や万歳(まんざい)の鼓(つづみ)の音も春めいてきこえた。
(「こうじまちあたりよりこちらのほうがにぎやかですね」と、わたしはいった。)
「麹町辺よりこちらの方が賑やかですね」と、わたしは云った。
(「そうでしょうね」と、ろうじんは、うなずいた。「いぜんはあかさかよりも)
「そうでしょうね」と、老人は、うなずいた。「以前は赤坂よりも
(こうじまちのほうがはんじょうだったんですが、いまではあべこべになったようです。)
麹町の方が繁昌だったんですが、今ではあべこべになったようです。
(こうじまちもあかさかも、むかしはやまのてあつかいにされていたとちで、)
麹町も赤坂も、昔は山の手あつかいにされていた土地で、
(したまちにくらべるとおしょうがつきぶんはずっとうすかったものです。)
下町にくらべるとお正月気分はずっと薄かったものです。
(せんりゅうにも「げこのれい、あかさかよつやこうじまち」などとある。)
川柳にも『下戸(げこ)の礼、赤坂四谷麹町』などとある。
(つまりじょうごはしたまちでよいつぶれてしまうが、げこはよわないから)
つまり上戸(じょうご)は下町で酔いつぶれてしまうが、下戸は酔わないから
(しょうじきによつやあかさかこうじまちまでかいれいをしてあるくわけで、はるそうそうから)
正直に四谷赤坂麹町まで回礼をしてあるくわけで、春早々から
(こうじまちやあかさかなどのねんしまわりをしているのはやぼなやつだというような)
麹町や赤坂などの年始廻りをしているのは野暮(やぼ)な奴だというような
(ことになっていたんです。しかしまんざいだけはやまのてのほうにいいのがきました。)
ことになっていたんです。しかし万歳だけは山の手の方にいいのが来ました。
(ぶけやしきがおおいので、いわゆるやしきまんざいがたくさんきましたからね。)
武家屋敷が多いので、いわゆる屋敷万歳がたくさん来ましたからね。
(まんざいもいちねんごとにへっていくばかりで、やがてはえでみるだけのことに)
万歳も一年ごとに減って行くばかりで、やがては絵で見るだけのことに
(なるかもしれません」)
なるかも知れません」
(「どこのやしきにもでいりまんざいというものがあったのですか」と、)
「どこの屋敷にも出入り万歳というものがあったのですか」と、
(わたしはきいた。)
わたしは訊いた。
(「そうです。やしきまんざいはめいめいのでいりやしきがきまっていて、)
「そうです。屋敷万歳はめいめいの出入り屋敷が決まっていて、
(ほかのやしきやまちやへはけっしてたちいらないことをになっていました。)
ほかの屋敷や町家へは決して立ち入らないことをになっていました。
(いくにちかえどにとうりゅうして、じぶんのでいりやしきだけをひとまわりして、)
幾日か江戸に逗留(とうりゅう)して、自分の出入り屋敷だけをひと廻りして、
(そのままずっとかえってしまうのです。まちやをけんべつにまわる)
そのままずっと帰ってしまうのです。町家を軒別(けんべつ)にまわる
(まちまんざいは、こじきまんざいなどとわるぐちをいったものでした。)
町万歳は、乞食万歳などと悪口を云ったものでした。
(そういうわけですから、まんざいだけはやまのてのほうがじょうとうでした。)
そういう訳ですから、万歳だけは山の手の方が上等でした。
(いや、そのまんざいについて、こんなはなしをおもいだしましたよ」)
いや、その万歳について、こんな話を思い出しましたよ」
(「どんなおはなしですか」)
「どんなお話ですか」
(「いや、すわりなおしておききなさるほどのだいじけんでもないので・・・・・・。)
「いや、坐り直してお聴きなさるほどの大事件でもないので……。
(あれはなんねんでしたか、ぶんきゅうさんねんかげんじがんねん、なんでもじゅうにがつにじゅうしちにちの)
あれは何年でしたか、文久三年か元治元年、なんでも十二月二十七日の
(さむいあさ、かんだばしのごもんがい、いまのかまくらがしのところにひとりのおとこがたおれていました。)
寒い朝、神田橋の御門外、今の鎌倉河岸のところに一人の男が倒れていました。
(おとこはにじゅうごろくのいなかものらしいふうぞくで、ふところにおんなのあかんぼうを)
男は二十五六の田舎者らしい風ぞくで、ふところに女の赤ん坊を
(だいていた。それが、このおはなしのほったんです」)
抱いていた。それが、このお話の発端です」