中島敦 光と風と夢 13

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
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中島敦の中編小説です

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問題文

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(にゅう・へぶりでぃすからきたとうざは、うちのしょくじがうまいとてむやみにくいすぎ、)

ニュウ・ヘブリディスから来た当座は、うちの食事が旨いとて無闇に食過ぎ、

(はらがすごくふくらんでしまってくるしんだことがあったが。)

腹が凄くふくらんで了って苦しんだことがあったが。

(じゅうがつばつにち)

十月日

(ちょうらい、いつうはげし。あへんちんきじゅうごてきふくよう。このにさんにちは)

朝来、胃痛劇[はげ]し。阿片丁幾[あへんチンキ]十五滴服用。この二三日は

(しごとをせず。わがせいしんはあべいやんすのじょうたいにあり。)

仕事をせず。我が精神は所有者未定[アベイヤンス]の状態にあり。

(かつてわたしははなやかなせいねんだったらしい。というのはそのころ、ゆうじんのだれもが、)

曾て私は華やかな青年だったらしい。というのは其の頃、友人の誰もが、

(わたしのさくひんよりもわたしのせいかくとだんわとのけんらんさをかっていたようだったから。)

私の作品よりも私の性格と談話との絢爛さを買っていたようだったから。

(しかし、ひとはいつまでもえぁりえるやぱっくばかりではいられない。)

しかし、人は何時迄もエァリエルやパックばかりではいられない。

(「ヴぁーじにばす・ぴゅえりすく」のしそうもぶんたいも、いまではもっともいとわしいものに)

「ヴァージニバス・ピュエリスク」の思想も文体も、今では最も厭わしいものに

(なってしまった。じっさいいえーるでのかっけつご、すべてのものにそこがみえてきたように)

なって了った。実際イエールでの喀血後、凡てのものに底が見えて来たように

(かんじた。わたしはもはやなにごとにもきぼうをいだかぬ。しにがえるのごとくに。わたしは、すべてのことに、)

感じた。私は最早何事にも希望を抱かぬ。死蛙の如くに。私は、凡ての事に、

(おちついたぜつぼうをもってはいっていく。あたかも、うみへいくばあい、わたしがいつも)

落着いた絶望を以て這入って行く。宛[あたか]も、海へ行く場合、私が何時も

(おぼれることをかくしんしていくのとどうように。ということは、なにも、じぼうじきに)

溺れることを確信して行くのと同様に。ということは、何も、自暴自棄に

(なっているのではない。それどころか、わたしは、しぬまでかいかつさをうしなわぬであろう。)

なっているのではない。それ所か、私は、死ぬ迄快活さを失わぬであろう。

(このかくしんあるぜつぼうは、いっしゅのゆえつでさえある。それは、いしきせる・ゆうきある・)

此の確信ある絶望は、一種の愉悦でさえある。それは、意識せる・勇気ある・

(たのしさをもって、いごのせいをささえていくにたるものしんねんに)

楽しさを以て、以後の生を支えて行くに足るもの信念に

(ちかいものだ。かいらくもいらぬ。いんすぴれーしょんもいらぬ。)

幾[ちか]いものだ。快楽も要らぬ。インスピレーションも要らぬ。

(ぎむかんだけでじゅうぶんやっていけるじしんがある。ありのこころがまえをもって、せみのうたを)

義務感だけで充分やって行ける自信がある。蟻の心構を以て、蝉の唄を

(うたいつづけえるじしんが。)

歌い続け得る自信が。

(いちに まちに)

市場[いち]に 街頭[まち]に

など

(わたしはたいこをとどろとならす)

私は太鼓をとどろと鳴らす

(あかいこーとをきてわたしのいくところ)

紅い上衣[コート]を着て私の行くところ

(ずじょうにりぼんはへんぽんとなびく。)

頭上にリボンは翩翻[へんぽん]と靡く。

(あたらしいせんしをもとめて)

新しい戦士を求めて

(わたしはたいこをとどろとならす)

私は太鼓をとどろと鳴らす

(わがともにわたしはやくそくする)

わが伴侶[とも]に私は約束する

(いきるきぼうと、しぬゆうきとを。)

生きる希望と、死ぬ勇気とを。

(まんじゅうごさいいご、かくことがかれのせいかつのちゅうしんであった。じぶんはさっかとなるべく)

九 満十五歳以後、書くことが彼の生活の中心であった。自分は作家となるべく

(うまれついている、というしんねんは、いつ、また、どこからしょうじたものか、じぶんでも)

生れついている、という信念は、何時、又、何処から生じたものか、自分でも

(わからなかったが、とにかくじゅうごろくさいごろになると、すでに、それいがいのしょくぎょうに)

解らなかったが、兎に角十五六歳頃になると、既に、それ以外の職業に

(したがっているしょうらいのじぶんをそうぞうしてみることがふかのうなまでになっていた。)

従っている将来の自分を想像して見ることが不可能な迄になっていた。

(そのころから、かれはがいしゅつのときいつもいっさつののーとをぽけっとにもち、)

其の頃から、彼は外出の時いつも一冊のノートをポケットに持ち、

(ろじょうでみるもの、きくもの、かんがえついたことのすべてを、すぐそのばでもじに)

路上で見るもの、聞くもの、考えついたことの凡てを、直ぐ其の場で文字に

(かえてみることをれんしゅうした。そののーとにはまたかれのよんだしょもつのなかで)

換えて見ることを練習した。其のノートには又彼の読んだ書物の中で

(「てきせつなひょうげん」とおもわれたものがことごとくかきぬいてあった。)

「適切な表現」と思われたものが悉[ことごと]く書抜いてあった。

(しょかのすたいるをしゅうとくするけいこもねっしんにおこなわれた。ひとつのぶんしょうをよむと、)

諸家のスタイルを習得する稽古も熱心に行われた。一つの文章を読むと、

(それとおなじしゅだいをしゅじゅちがったさっかのあるいははずりっとの、)

それと同じ主題を種々違った作家の或いはハズリットの、

(あるいはらすきんの、あるいはさあ・とます・ぶらうんのぶんたいでもっていくとおりにも)

或いはラスキンの、或いはサア・トマス・ブラウンの文体で以て幾通りにも

(つくりなおしてみた。こうしたしゅうれんは、しょうねんじだいのすうねんにわたってうまずに)

作り直してみた。こうした習練は、少年時代の数年に亘って倦[う]まずに

(くりかえされた。しょうねんきをわずかにだっしたころ、いまだひとつのしょうせつをも、)

繰返された。少年期を纔[わず]かに脱した頃、未だ一つの小説をも、

(ものしないまえに、かれは、ちぇすのめいじんがちぇすにおいてもつようなじしんを、)

ものしない前に、彼は、将棋[チェス]の名人が将棋に於て有つような自信を、

(ひょうげんじゅつのうえにもっていた。えんじにーあのちをうけたかれは)

表現術の上に有っていた。エンジニーアの血を享[う]けた彼は

(じこのみちにおいてもぎじゅつかとしてのほこりをはやくからいだいていた。)

自己の途[みち]に於ても技術家としての誇を早くから抱いていた。

(かれはほとんどほんのうてきに「じぶんはじぶんがおもっているほど、じぶんではないこと」を)

彼は殆ど本能的に「自分は自分が思っている程、自分ではないこと」を

(しっていた。それから「あたまはまちがうことがあっても、ちはまちがわないもので)

知っていた。それから「頭は間違うことがあっても、血は間違わないもので

(あること。たとえいっけんしてまちがったようにみえても、けっきょくは、)

あること。仮令[たとえ]一見して間違ったように見えても、結局は、

(それがしんのじこにとってもっともちゅうじつかつけんめいなこーすをとらせているので)

それが真の自己にとって最も忠実且つ賢明なコースをとらせているので

(あること。」「われわれのなかにあるわれわれのしらないものは、われわれいじょうにかしこいのだと)

あること。」「我々の中にある我々の知らないものは、我々以上に賢いのだと

(いうこと」をしっていた。そうして、みずからのせいかつのせっけいにさいしては、)

いうこと」を知っていた。そうして、自らの生活の設計に際しては、

(そのゆいいつのみちわれわれよりかしこいもののみちびいてくれるそれのゆいいつのみちを、)

其の唯一の道我々より賢いものの導いて呉れる其の唯一の途を、

(もっともちゅうじつ、きんべんにあゆむことのみぜんりょくをはらい、ほかのいっさいはこれをすてて)

最も忠実、勤勉に歩むことのみ全力を払い、他の一切は之を棄てて

(かえりみなかった。ぞくしゅうのちょうばやふぼのひたんをよそにかれは)

顧みなかった。俗衆の嘲罵[ちょうば]や父母の悲嘆をよそに彼は

(このいきかたを、しょうねんじだいからしのしゅんかんにいたるまでつづけた。「うすっぺら」で、)

此の生き方を、少年時代から死の瞬間に至るまで続けた。「うすっぺら」で、

(「ふせいじつ」で、「こうしょくかん」で、「うぬぼれや」で、「がりがりの)

「不誠実」で、「好色漢」で、「自惚[うぬぼれ]や」で、「がりがりの

(りこしゅぎしゃ」で、「はなもちのならぬきどりや」のかれが、このかくというひとすじのみちに)

利己主義者」で、「鼻持のならぬ気取りや」の彼が、この書くという一筋の道に

(おいてのみは、しゅうしいっかん、しゅうどうそうのごときけいけんなしょうじんをおこたらなかった。)

於てのみは、終始一貫、修道僧の如き敬虔[けいけん]な精進を怠らなかった。

(かれはほとんどいちにちとしてものをかかずにはすごせなかった。それはもはやにくたいてきな)

彼は殆ど一日としてものを書かずには過ごせなかった。それは最早肉体的な

(しゅうかんのいちぶだった。たえまなくにじゅうねんにわたってかれのにくたいをさいなんだはいけっかく、)

習慣の一部だった。絶間なく二十年に亘って彼の肉体をさいなんだ肺結核、

(しんけいつう、いつうも、このしゅうかんをあらためさせることはできなかった。はいえんと)

神経痛、胃痛も、此の習慣を改めさせることは出来なかった。肺炎と

(ざこつしんけいつうとふうがんとがどうじにおこったとき、かれは、めにほうたいをあて、)

坐骨神経痛と風眼とが同時に起った時、彼は、眼に繃帯[ほうたい]を当て、

(ぜったいあんせいのぎょうがのまま、ささやきこえで「だいなまいととういん」をこうじゅつして)

絶対安静の仰臥[ぎょうが]のまま、囁き声で「ダイナマイト党員」を口述して

(つまにひっきさせた。)

妻に筆記させた。

(かれは、しとあまりにちかいところにすんでいた。せきこんだくちをおさえる)

彼は、死と余りに近い所に住んでいた。咳込んだ口を抑える

(はんかちのなかにあかいものをみいださないことはまれだったのである。)

手巾[ハンカチ]の中に紅いものを見出さないことは稀だったのである。

(しにたいするかくごについてだけは、このみじゅくできざなせいねんも、)

死に対する覚悟に就いてだけは、この未熟で気障[きざ]な青年も、

(たいごてっていしたこうそうとにかよったものをあっていた。へいぜい、かれはじぶんの)

大悟徹底した高僧と似通ったものを有っていた。平生、彼は自分の

(ぼひめいとすべきしくをぽけっとにしのばせていた。「ほしかげしげきそらのした、しずかに)

墓碑名とすべき詩句をポケットにしのばせていた。「星影繁き空の下、静かに

(われをねむらしめ。たのしくいきしわれなれば、たのしくいまはしにゆかむ」うんぬん。かれは、)

我を眠らしめ。楽しく生きし我なれば、楽しく今は死に行かむ」云々。彼は、

(じぶんのしよりも、ゆうじんのしのほうを、むしろおそれた。みずからのしについては、)

自分の死よりも、友人の死の方を、寧ろ恐れた。自らの死に就いては、

(かれはこれになれた。というよりも、いっぽすすんで、しとたわむれ、しとかけをするような)

彼は之に馴れた。というよりも、一歩進んで、死と戯れ、死と賭をするような

(きもちをもっていた。しのつめたいてがかれをとらえるまえに、どれだけのうつくしい)

気持を有っていた。死の冷たい手が彼をとらえる前に、どれだけの美しい

(「くうそうとことばのおりもの」をおりなすことができるか?これはたいへんごうしゃなかけのように)

「空想と言葉の織物」を織成すことが出来るか?之は大変豪奢な賭のように

(おもわれた。しゅっぱつじかんのせまったたびびとのようなきもちにおいたてられて、かれは)

思われた。出発時間の迫った旅人のような気持に追立てられて、彼は

(ひたすらにかいた。そうして、じっさい、いくつかのうつくしい「くうそうとことばのおりもの」を)

ひたすらに書いた。そうして、実際、幾つかの美しい「空想と言葉の織物」を

(のこした。「おらら」のごとき、「すろおん・じゃねっと」のごとき、「まぁすたあ・)

残した。「オララ」の如き、「スロオン・ジャネット」の如き、「マァスタア・

(おヴ・ばらんとれえ」のごとき。「なるほど、それらのさくひんはうつくしく、みりょくに)

オヴ・バラントレエ」の如き。「成程、其等の作品は美しく、魅力に

(とんではいるが、ようするに、ふかみのないおはなしだ。すてぃヴんすんなんて)

富んではいるが、要するに、深みのないお話だ。スティヴンスンなんて

(けっきょくつうぞくさっかさ。」と、おおくのひとがそういう。しかし、すてぃヴんすんの)

結局通俗作家さ。」と、多くの人がそう言う。しかし、スティヴンスンの

(あいどくしゃは、けっして、それにこたえることばにきゅうしはしない。「けんめいな)

愛読者は、決して、それに答える言葉に窮しはしない。「賢明な

(すてぃヴんすんのじーにあす(そのみちびきによってかれが、さっかたる)

スティヴンスンの守護天使[ジーニアス](その導きによって彼が、作家たる

(かれのうんめいをたどったのだが)が、かれのじゅみょうのみじかいであろうことをしって、)

彼の運命を辿ったのだが)が、彼の寿命の短いであろうことを知って、

((なんびとにとってもよんじゅっさいいぜんにそのけっさくをうむことがおそらくはふかのうであろう)

(何人にとっても四十歳以前に其の傑作を生むことが恐らくは不可能であろう

(ところの・)にんげんせいてっけつのきんだいしょうせつどうをすてさせ、そのかわりに、)

所の・)人間性剔抉[てっけつ]の近代小説道を捨てさせ、その代りに、

(このうえなくみりょくにとんだかいきなものがたりのこうせいと、そのたくみなわほうとのしゅうれんに)

此の上なく魅力に富んだ怪奇な物語の構成と、その巧みな話法との習練に

((これならばたとえそうせいしても、すくなくともいくつかのよきうつくしきものはのこせよう))

(之ならば仮令早世しても、少くとも幾つかの良き美しきものは残せよう)

(むかわせたのである」と。「そして、これこそ、いちねんのだいぶぶんがふゆであるきたぐにの)

向わせたのである」と。「そして、之こそ、一年の大部分が冬である北国の

(しょくぶつにも、ごくみじかいはるとなつのあいだにおおいそぎではなをさかせみをむすばせる・あのしぜんの)

植物にも、極く短い春と夏の間に大急ぎで花を咲かせ実を結ばせる・あの自然の

(たくみなあんばいのひとつなのだ」と。ひと、あるいはいうであろう。)

巧みな安排[あんばい]の一つなのだ」と。人、或いは云うであろう。

(ろしあおよびふらんすのそれぞれもっともすぐれたもっともふかいたんぺんさっかも、)

ロシア及びフランスのそれぞれ最も卓[すぐ]れた最も深い短篇作家も、

(ともに、すてぃヴんすんとどうねん、あるいは、よりわかくしんでいるではないか、と。)

共に、スティヴンスンと同年、或いは、より若く死んでいるではないか、と。

(しかしかれらは、すてぃヴんすんがそうであったように、たえざるびょうくによって)

しかし彼等は、スティヴンスンがそうであった様に、絶えざる病苦によって

(たんめいのよかくにおどされどおしではなかったのである。)

短命の予覚に脅され通しではなかったのである。

(ろまんすとはcircumstanceのしだと、かれはいった。)

小説[ロマンス]とはcircumstanceの詩だと、彼は言った。

(いんしでんとよりも、それによってしょうずるいくつかのばめんのこうかを、)

事件[インシデント]よりも、それに依って生ずる幾つかの場面の効果を、

(かれはよろこんだのである。ろまんすさっかをもってにんじていたかれは、(みずからいしきすると、)

彼は喜んだのである。ロマンス作家を以て任じていた彼は、(自ら意識すると、

(せぬとにかかわらず)じぶんのいっしょうをもって、じこのさくひんちゅうさいだいの)

せぬとに拘[かか]わらず)自分の一生を以て、自己の作品中最大の

(ろまんすたらしめようとしていた。(そして、じっさい、それはあるていどまで)

ロマンスたらしめようとしていた。(そして、実際、それは或る程度迄

(せいこうしたかにみえる。)したがってそのひーろーたるじこのすむ)

成功したかに見える。)従って其の主人公[ヒーロー]たる自己の住む

(ふんいきは、つねに、かれのしょうせつにおけるようきゅうとおなじく、しをもったもの、)

雰囲気は、常に、彼の小説に於ける要求と同じく、詩をもったもの、

(ろまんすてきこうかにとんだものでなければならなかった。)

ロマンス的効果に富んだものでなければならなかった。

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