紫式部 源氏物語 夕顔 3 與謝野晶子訳

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(げんじのこいびとのろくじょうきじょのやしきはおおきかった。ひろいうつくしいにわがあって、いえのなかは)

源氏の恋人の六条貴女の邸は大きかった。広い美しい庭があって、家の中は

(けだかくじょうずにすみならしてあった。まだまったくげんじのものともおもわせない、)

気高く上手に住み馴らしてあった。まだまったく源氏の物とも思わせない、

(うちとけぬきじょをあつかうのにこころをうばわれて、もうげんじはゆうがおのはなをおもいだすよゆうを)

打ち解けぬ貴女を扱うのに心を奪われて、もう源氏は夕顔の花を思い出す余裕を

(もっていなかったのである。そうちょうのかえりがすこしおくれて、ひのさしそめたころに)

持っていなかったのである。早朝の帰りが少しおくれて、日のさしそめたころに

(でかけるげんじのすがたには、せけんからおおさわぎされるだけのびはじゅうぶんにそなわっていた。)

出かける源氏の姿には、世間から大騒ぎされるだけの美は十分に備わっていた。

(けさもごじょうのしとみふうのもんのまえをとおった。いぜんからのとおりみちではあるが、)

今朝も五条の蔀風の門の前を通った。以前からの通り路ではあるが、

(あのちょっとしたことにきょうみをもってからは、ゆききのたびにそのいえがげんじの)

あのちょっとしたことに興味を持ってからは、行き来のたびにその家が源氏の

(めについた。いくにちかしてこれみつがでてきた。 「びょうにんがまだひどくすいじゃくしている)

目についた。幾日かして惟光が出て来た。 「病人がまだひどく衰弱している

(ものでございますから、どうしてもそのほうのてがはなせませんで、)

ものでございますから、どうしてもそのほうの手が離せませんで、

(しつれいいたしました」 こんなあいさつをしたあとで、すこしげんじのきみのちかくへ)

失礼いたしました」 こんな挨拶をしたあとで、少し源氏の君の近くへ

(ひざをすすめてこれみつあそんはいった。 「おはなしがございましたあとで、となりのことに)

膝を進めて惟光朝臣は言った。 「お話がございましたあとで、隣のことに

(よくつうじておりますものをよびよせまして、きかせたのでございますが、よくは)

よく通じております者を呼び寄せまして、聞かせたのでございますが、よくは

(はなさないのでございます。このごがつごろからそっときてどうきょしているひとが)

話さないのでございます。この五月ごろからそっと来て同居している人が

(あるようですが、どなたなのか、いえのものにもわからせないようにしていますと)

あるようですが、どなたなのか、家の者にもわからせないようにしていますと

(もうすのです。ときどきわたくしのいえとのあいだのかきねからわたくしはのぞいてみるのですが、いかにも)

申すのです。時々私の家との間の垣根から私はのぞいて見るのですが、いかにも

(あのいえにはわかいおんなのひとたちがいるらしいかげがすだれからみえます。あるじがいなければ)

あの家には若い女の人たちがいるらしい影が簾から見えます。主人がいなければ

(つけないもをいいわけほどにでもおんなたちがつけておりますから、あるじであるおんなが)

つけない裳を言いわけほどにでも女たちがつけておりますから、主人である女が

(ひとりいるにちがいございません。きのうゆうひがすっかりいえのなかへさしこんで)

一人いるに違いございません。昨日夕日がすっかり家の中へさし込んで

(いましたときに、すわっててがみをかいているおんなのかおがひじょうにきれいでした。)

いました時に、すわって手紙を書いている女の顔が非常にきれいでした。

(ものおもいがあるふうでございましたよ。にょうぼうのなかにはないているものもたしかに)

物思いがあるふうでございましたよ。女房の中には泣いている者も確かに

など

(おりました」 げんじはほほえんでいたが、もっとくわしくしりたいと)

おりました」 源氏はほほえんでいたが、もっと詳しく知りたいと

(おもうふうである。じちょうをなさらなければならないみぶんはみぶんでも、このわかさと、)

思うふうである。自重をなさらなければならない身分は身分でも、この若さと、

(このびのそなわったかたが、れんあいにきょうみをおもちにならないでは、だいさんしゃが)

この美の備わった方が、恋愛に興味をお持ちにならないでは、第三者が

(みていてもものたらないことである。れんあいをするしかくがないようにおもわれている)

見ていても物足らないことである。恋愛をする資格がないように思われている

(われわれでさえもずいぶんおんなのことではこうきしんがうごくのであるからと)

われわれでさえもずいぶん女のことでは好奇心が動くのであるからと

(これみつはあるじをながめていた。 「そんなことからとなりのいえのうちのひみつが)

惟光は主人をながめていた。 「そんなことから隣の家の内の秘密が

(わからないものでもないとおもいまして、ちょっとしたきかいをとらえてとなりのおんなへ)

わからないものでもないと思いまして、ちょっとした機会をとらえて隣の女へ

(てがみをやってみました。するとすぐにかきなれたたっしゃなじで)

手紙をやってみました。するとすぐに書き馴れた達者な字で

(へんじがまいりました。そうとうによいわかいにょうぼうもいるらしいのです」)

返事がまいりました。相当によい若い女房もいるらしいのです」

(「おまえは、なおどしどしこいのてがみをおくってやるのだね。それがよい。)

「おまえは、なおどしどし恋の手紙を送ってやるのだね。それがよい。

(そのひとのしょうたいがしれないではなんだかあんしんができない」 とげんじがいった。)

その人の正体が知れないではなんだか安心ができない」 と源氏が言った。

(いえはげのげにぞくするものとしなさだめのひとたちにいわれるはずのところでも、)

家は下の下に属するものと品定めの人たちに言われるはずの所でも、

(そんなところからいがいなおもむきのあるおんなをみつけだすことがあればうれしいにちがいないと)

そんな所から意外な趣のある女を見つけ出すことがあればうれしいに違いないと

(げんじはおもうのである。 げんじはうつせみのきょくたんなれいたんさをこのよのおんなのこころとは)

源氏は思うのである。 源氏は空蝉の極端な冷淡さをこの世の女の心とは

(おもわれないとかんがえると、あのおんながいうままになるおんなであったなら、きのどくな)

思われないと考えると、あの女が言うままになる女であったなら、気の毒な

(かしつをさせたということだけで、もうかこへほうむってしまったかもしれないが、)

過失をさせたということだけで、もう過去へ葬ってしまったかもしれないが、

(つよいたいどをとりつづけられるために、まけたくないとはんこうしんがおこるのであると)

強い態度を取り続けられるために、負けたくないと反抗心が起こるのであると

(こんなふうにおもわれて、そのひとをわすれているときはすくないのである。これまでは)

こんなふうに思われて、その人を忘れている時は少ないのである。これまでは

(うつせみかいきゅうのおんながげんじのこころをひくようなこともなかったが、あのあまよのしなさだめを)

空蝉階級の女が源氏の心を引くようなこともなかったが、あの雨夜の品定めを

(きいていらいこうきしんはあらゆるものにうごいていった。なんのうたがいももたずにいちやの)

聞いて以来好奇心はあらゆるものに動いて行った。何の疑いも持たずに一夜の

(おとこをおもっているもうひとりのおんなをあわれまないのではないが、れいせいにしているうつせみに)

男を思っているもう一人の女を憐まないのではないが、冷静にしている空蝉に

(それがしれるのを、はずかしくおもって、いよいよのぞみのないことの)

それが知れるのを、恥ずかしく思って、いよいよ望みのないことの

(わかるひまではとおもってそれきりにしているのであったが、そこへいよのすけが)

わかる日まではと思ってそれきりにしているのであったが、そこへ伊予介が

(じょうきょうしてきた。そしてまっさきにげんじのところへしこうした。ながいたびをしてきたせいで、)

上京して来た。そして真先に源氏の所へ伺候した。長い旅をして来たせいで、

(いろがくろくなりやつれたいよのちょうかんはみえもなにもなかった。しかしいえがらも)

色が黒くなりやつれた伊予の長官は見栄も何もなかった。しかし家柄も

(いいものであったし、かおだちなどにもおいてもなおととのったところがあって、)

いいものであったし、顔だちなどにも老いてもなお整ったところがあって、

(どこかじょうひんなところのあるちほうかんとはみえた。にんちのはなしなどをしだすので、)

どこか上品なところのある地方官とは見えた。任地の話などをしだすので、

(ゆのこおりのおんせんばなしもききたいきはあったが、なにゆえとなしにこのひとをみると)

湯の郡の温泉話も聞きたい気はあったが、何ゆえとなしにこの人を見ると

(きまりがわるくなって、げんじのこころにうかんでくることはかずかずのつみの)

きまりが悪くなって、源氏の心に浮かんでくることは数々の罪の

(おもいでであった。まじめなきいっぽんのおとことむかっていて、やましいくらいこころをいだくとは)

思い出であった。まじめな生一本の男と対っていて、やましい暗い心を抱くとは

(けしからぬことである。ひとづまにこいをしてさんかくかんけいをつくるおとこのおろかさをさまのかみの)

けしからぬことである。人妻に恋をして三角関係を作る男の愚かさを左馬頭の

(いったのはしんりであるとおもうと、げんじはじぶんにたいしてうつせみのれいたんなのには)

言ったのは真理であると思うと、源氏は自分に対して空蝉の冷淡なのには

(うらめしいが、このおっとのためにはそんけいすべきたいどであるとおもうようになった。)

恨めしいが、この良人のためには尊敬すべき態度であると思うようになった。

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