半七捕物帳 猫騒動7

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第12話

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問題文

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(しちのすけはきゅうくつそうにかしこまって、りょうてをひざについたままでうつむいていたが、)

七之助は窮屈そうにかしこまって、両手を膝に突いたままで俯向いていたが、

(かれのめにはいっぱいのなみだをためていた。)

彼の眼にはいっぱいの涙を溜めていた。

(ふだんからかれのおやこうこうをしっているだけに、みんなもひとしおの)

ふだんから彼の親孝行を知っているだけに、みんなも一入(ひとしお)の

(あわれをさそわれた。ねこばばのしをかなしむよりも、ははをうしなったしちのすけのかなしみを)

あわれを誘われた。猫婆の死を悲しむよりも、母をうしなった七之助の悲しみを

(おもいやって、ながやじゅうのかおはくもった。おんなたちはすすりなきをしていた。)

思いやって、長屋じゅうの顔は陰った。女たちはすすり泣きをしていた。

(そのばんはながやじゅうのものがあつまってつやをした。)

その晩は長屋じゅうの者があつまって通夜をした。

(しちのすけはまるできぬけがしたようにぼんやりとして、)

七之助はまるで気抜けがしたようにぼんやりとして、

(すみのほうにちいさくなっているばかりでろくろくくちもきかなかった。)

隅の方にちいさくなっているばかりで碌々口も利かなかった。

(それがいよいよしょじんのどうじょうをひいて、とむらいいっさいのことはすべて)

それがいよいよ諸人の同情をひいて、葬式(とむらい)一切のことは総て

(かれのてをわずらわさずに、ながやじゅうのものがみんなしまつしてやることにした。)

彼の手を煩わさずに、長屋じゅうの者がみんな始末してやることにした。

(しちのすけはおどおどしながらしきりにれいをいった。)

七之助はおどおどしながら頻りに礼を云った。

(「こうしてみなさんがしんせつにしてくださるんだから、なにもくよくよすることはねえ。)

「こうして皆さんが親切にして下さるんだから、何もくよくよすることはねえ。

(ねこばばなんていうおふくろはいきていねえほうがかえっていいかもしれねえ。)

猫婆なんていうおふくろは生きていねえ方が却って好いかも知れねえ。

(おまえもこれからいっぽんだちになってせいぜいかせいで、みなさんのおせわで)

お前もこれから一本立ちになってせいぜい稼いで、みなさんのお世話で

(いいよめでももつさんだんをしろ」と、さんきちはへいきでおおきなこえでいった。)

好い嫁でも持つ算段をしろ」と、三吉は平気で大きな声で云った。

(ほとけのまえでかけかまえなしにこんなことをいっても、だれもそれをとがめるものも)

仏の前で掛け構え無しにこんなことを云っても、誰もそれを咎める者も

(ないほどに、ふうんなおまきはきんじょのひとたちのどうじょうをうしなっていた。)

ないほどに、不運なおまきは近所の人達の同情をうしなっていた。

(さすがにくちをだしてろこつにはいわないが、ひとびとのむねにもさんきちとおなじような)

さすがに口をだして露骨には云わないが、人々の胸にも三吉とおなじような

(かんがえがやどっていた。それでもいっこのにんげんであるいじょう、ねこばばはかいねことおなじような)

考えが宿っていた。それでも一個の人間である以上、猫婆は飼猫とおなじような

(ざんこくなすいそうれいにはおこなわれなかった。おまきのしがいをおさめたはやおけは)

残酷な水葬礼には行われなかった。おまきの死骸を収めた早桶は

など

(ながやのひとたちにおくられて、あくるひのゆうがたにあざぶのちいさなてらにほうむられた。)

長屋の人達に送られて、あくる日の夕方に麻布の小さな寺に葬られた。

(それはこさめのようなゆうぎりのたちまよっているゆうがたであった。)

それは小雨のような夕霧の立ち迷っている夕方であった。

(おまきのひつぎがてらへゆきつくと、そこにはほかにもまずしいとむらいがあって、)

おまきの棺が寺へゆき着くと、そこにはほかにも貧しい葬式があって、

(そのみおくりにんはじょじょにかえりかかるところであった。)

その見送り人は徐々に帰りかかるところであった。

(おまきのとむらいはちょうどそれといれちがいにほんどうにくりこむと、)

おまきの葬式は丁度それと入れ違いに本堂に繰り込むと、

(まえにきていたみおくりにんはやはりしばあたりのひとたちがおおかったので、)

前に来ていた見送り人はやはり芝辺の人達が多かったので、

(あとからきたおまきのみおくりにんとかおなじみもすくなくなかった。)

あとから来たおまきの見送り人と顔馴染みも少なくなかった。

(「やあ、おまえさんもおみおくりですか」 「ごくろうさまです」)

「やあ、おまえさんもお見送りですか」 「御苦労さまです」

(こんなあいさつがほうぼうでこうかんされた。そのなかにめのおおきな、せのたかいおとこがいて、)

こんな挨拶が方々で交換された。そのなかに眼の大きな、背の高い男がいて、

(かれはおまきのとなりのだいくにこえをかけた。)

彼はおまきの隣りの大工に声をかけた。

(「やあ、ごくろう。おまえのとむれえはだれだ」)

「やあ、御苦労。おまえの葬式(とむれえ)は誰だ」

(「ながやのねこばばさ」と、わかいだいくはこたえた。)

「長屋の猫婆さ」と、若い大工は答えた。

(「ねこばば・・・・・・。おかしななだな。ねこばばというのはだれのこった」と、)

「猫婆……。おかしな名だな。猫婆というのは誰のこった」と、

(かれはまたきいた。)

彼はまた訊いた。

(ねこばばのあだなのゆらいや、そのしにぎわのようすなどをくわしくききとって、)

猫婆の綽名の由来や、その死にぎわの様子などを詳しく聴き取って、

(かれはしさいらしくくびをかしげていたが、やがてだいくにわかれをつげて)

彼は仔細らしく首をかしげていたが、やがて大工に別れをつげて

(ひとあしさきにてらのもんをでた。かれはてさきのゆやくまであった。)

一と足さきに寺の門を出た。彼は手先の湯屋熊であった。

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