紫式部 源氏物語 紅葉賀 8 與謝野晶子訳
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問題文
(しがつにわかみやはははみやにつれられてきゅうちゅうへおはいりになった。ふつうのちのみごよりは)
四月に若宮は母宮につれられて宮中へおはいりになった。普通の乳児よりは
(ずっとおおきくこどもらしくなっておいでになって、このごろはもうからだを)
ずっと大きく小児らしくなっておいでになって、このごろはもうからだを
(おきかえらせるようにもされるのであった。まぎらわしようもないわかみやの)
起き返らせるようにもされるのであった。紛らわしようもない若宮の
(おかおつきであったが、みかどにはおもいもよらぬことでおありになって、)
お顔つきであったが、帝には思いも寄らぬことでおありになって、
(すぐれたこどうしはにたものであるらしいとおぼしめした。みかどはしんおうじをこのうえなく)
すぐれた子どうしは似たものであるらしいと思召した。帝は新皇子をこの上なく
(ごたいせつにあそばされた。げんじのきみをひじょうにあいしておいでになりながら、とうぐうに)
御大切にあそばされた。源氏の君を非常に愛しておいでになりながら、東宮に
(おたてになることはせじょうのひなんをおそれてごじっこうができなかったのを、みかどはつねに)
お立てになることは世上の批難を恐れて御実行ができなかったのを、帝は常に
(しゅうせいのいかんじにおぼしめして、ちょうじてますますおうじゃらしいふうぼうのそなわっていくのを)
終生の遺憾事に思召して、長じてますます王者らしい風貌の備わっていくのを
(ごらんになってはこころぐるしさにたえないようにおぼしめしたのであるが、こんなそんきな)
御覧になっては心苦しさに堪えないように思召したのであるが、こんな尊貴な
(にょごからおなじびぼうのおうじがあたらしくおうまれになったのであるから、これこそは)
女御から同じ美貌の皇子が新しくお生まれになったのであるから、これこそは
(きずなきたまであるとごちょうあいになる。にょごのみやはそれをまたくつうにおもって)
瑕なき玉であると御寵愛になる。女御の宮はそれをまた苦痛に思って
(おいでになった。げんじのちゅうじょうがおんがくのあそびなどにさんかいしているときなどに)
おいでになった。源氏の中将が音楽の遊びなどに参会している時などに
(みかどはいだいておいでになって、 「わたくしはこどもがたくさんあるが、)
帝は抱いておいでになって、 「私は子供がたくさんあるが、
(おまえだけをこんなにちいさいときからまいにちみた。だからおなじようにおもうのか)
おまえだけをこんなに小さい時から毎日見た。だから同じように思うのか
(よくにたきがする。ちいさいあいだはみなこんなものだろうか」 とおいいになって、)
よく似た気がする。小さい間は皆こんなものだろうか」 とお言いになって、
(ひじょうにかわいくおおもいになるようすがはいされた。げんじはかおのいろもかわるきがして)
非常にかわいくお思いになる様子が拝された。源氏は顔の色も変わる気がして
(おそろしくも、もったいなくも、うれしくも、みにしむようにも)
おそろしくも、もったいなくも、うれしくも、身にしむようにも
(いろいろにおもってなみだがこぼれそうだった。ものをいうようなかっこうに)
いろいろに思って涙がこぼれそうだった。ものを言うようなかっこうに
(くちをおうごかしになるのがひじょうにおうつくしかったから、じぶんながらもこのかおに)
口をお動かしになるのが非常にお美しかったから、自分ながらもこの顔に
(にているといわれるかおはそんちょうすべきであるともおもった。みやはあまりのかたはらいたさに)
似ているといわれる顔は尊重すべきであるとも思った。宮はあまりの片腹痛さに
(あせをながしておいでになった。げんじはわかみやをみて、またよきしないふせいあいの)
汗を流しておいでになった。源氏は若宮を見て、また予期しない父性愛の
(こころをみだすもののあるのにきがついてたいしゅつしてしまった。)
心を乱すもののあるのに気がついて退出してしまった。
(げんじはにじょうのいんのひがしのたいにかえって、くるしいむねをやすめてからごこくになって)
源氏は二条の院の東の対に帰って、苦しい胸を休めてから後刻になって
(さだいじんけへいこうとおもっていた。まえのにわのうえこみのなかになにぎとなく、)
左大臣家へ行こうと思っていた。前の庭の植え込みの中に何木となく、
(なにぐさとなくあおくなっているなかに、めだついろをつくってさいたなでしこをおって、)
何草となく青くなっている中に、目だつ色を作って咲いた撫子を折って、
(それにそえるてがみをながくおうみょうぶへかいた。 )
それに添える手紙を長く王命婦へ書いた。
(よそへつつみるにこころもなぐさまでつゆけさまさるなでしこのはな )
よそへつつ見るに心も慰まで露けさまさる撫子の花
(はなをこのようにおもってあいすることはついにふかのうであることをしりました。)
花を子のように思って愛することはついに不可能であることをしりました。
(ともかかれてあった。だれもこぬすきがあったかみょうぶはそれをみやのおめにかけて、)
とも書かれてあった。だれも来ぬ隙があったか命婦はそれを宮のお目にかけて、
(「ほんのちりほどのこのおへんじをかいてくださいませんか。このはなびらにおかきに)
「ほんの塵ほどのこのお返事を書いてくださいませんか。この花片にお書きに
(なるほど、すこしばかり」 ともうしあげた。みやもしみじみおかなしいときであった。)
なるほど、少しばかり」 と申し上げた。宮もしみじみお悲しい時であった。
(そでぬるるつゆのゆかりとおもうにもなおうとまれぬやまとなでしこ )
袖濡るる露のゆかりと思ふにもなほうとまれぬやまと撫子
(とだけ、ほのかに、かきつぶしのもののようにかかれてあるかみを、よろこびながら)
とだけ、ほのかに、書きつぶしのもののように書かれてある紙を、喜びながら
(みょうぶはげんじへおくった。れいのようにへんじのないことをよきして、なおもかなしみ)
命婦は源氏へ送った。例のように返事のないことを予期して、なおも悲しみ
(くずおれているときにみやのごへんじがとどけられたのである。)
くずおれている時に宮の御返事が届けられたのである。
(むなさわぎがしてこのひじょうにうれしいときにもげんじのなみだはおちた。)
胸騒ぎがしてこの非常にうれしい時にも源氏の涙は落ちた。