夏目漱石 明暗(9)

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順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 A.N 6784 S++ 6.9 98.2% 441.6 3051 55 65 2024/12/11
2 ヌオー 5395 B++ 5.7 94.6% 535.6 3062 172 65 2024/11/27

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問題文

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(よくじつつだはれいのごとくじぶんのつとめさきへでた。)

翌日津田は例のごとく自分の勤め先へ出た。

(かれはごぜんにいっかいひょっくりはしごだんのとちゅうでよしかわにであった。)

彼は午前に一回ひょっくり階子段の途中で吉川に出会った。

(しかしかれはくだりがけ、むきはのぼりがけだったので、)

しかし彼は下りがけ、向は上りがけだったので、

(すれちがいにていねいなおじぎをしたぎり、かれはなんにもいわなかった。)

擦れ違に叮嚀な御辞儀をしたぎり、彼は何にも云わなかった。

(もうひるめしにまもないというころ、かれはそっとよしかわのむろのとをたたいて、)

もう午飯に間もないという頃、彼はそっと吉川の室の戸を敲いて、

(えんりょがちなかおをはんぶんほどなかへだした。)

遠慮がちな顔を半分ほど中へ出した。

(そのときよしかわはたばこをふかしながらきゃくとはなしをしていた。)

その時吉川は煙草を吹かしながら客と話をしていた。

(そのきゃくはむろんかれのしらないひとであった。かれがとをはんぶんほどあけたとき、)

その客は無論彼の知らない人であった。彼が戸を半分ほど開けた時、

(いままでちょうしづいていたらしいしゅかくのかいわがとつぜんとまった。)

今まで調子づいていたらしい主客の会話が突然止まった。

(そうしてふたりともこっちをむいた。)

そうして二人ともこっちを向いた。

(「なにかようかい」)

「何か用かい」

(よしかわからさきへことばをかけられたつだはへやのいりぐちでたちどまった。)

吉川から先へ言葉をかけられた津田は室の入口で立ちどまった。

(「ちょっと・・・・・・」)

「ちょっと……」

(「きみじしんのようじかい」)

「君自身の用事かい」

(つだはもとよりおもてむきのようじで、)

津田は固より表向の用事で、

(このへやへしじゅうでいりすべきひとではなかった。)

この室へ始終出入すべき人ではなかった。

(ばつのわるそうなかおつきをしたかれはこたえた。)

跋の悪そうな顔つきをした彼は答えた。

(「そうです。ちょっと・・・・・・」)

「そうです。ちょっと……」

(「そんならあとにしてくれたまえ。いますこしさしつかえるから」)

「そんなら後にしてくれたまえ。今少し差支えるから」

(「はあ。きがつかないことをしてしつれいしました」)

「はあ。気がつかない事をして失礼しました」

など

(おとのしないようにとをしめたつだはまたじぶんのつくえのまえにかえった。)

音のしないように戸を締めた津田はまた自分の机の前に帰った。

(ごごになってからかれはにへんばかりおなじとのまえにたった。)

午後になってから彼は二返ばかり同じ戸の前に立った。

(しかしにへんどもよしかわのすがたはそこにみえなかった。)

しかし二返共吉川の姿はそこに見えなかった。

(「どこかへいかれたのかい」)

「どこかへ行かれたのかい」

(つだはしたへおりたついでにげんかんにいるきゅうつかいにきいた。)

津田は下へ降りたついでに玄関にいる給使に訊いた。

(めはなだちのととのったそのしょうねんは、)

眼鼻だちの整ったその少年は、

(いしだんのしたにねているけのながいちゃいろのいぬのほうへじぶんのてをながくだして、)

石段の下に寝ている毛の長い茶色の犬の方へ自分の手を長く出して、

(それをだんじょうへまねきよせるまじゅつのごとくにくちぶえをならしていた。)

それを段上へ招き寄せる魔術のごとくに口笛を鳴らしていた。

(「ええせんこくおきゃくさまといっしょにおでかけになりました。)

「ええ先刻御客さまといっしょに御出かけになりました。

(ことによると)

ことによると

(きょうはもうこちらへはおかえりにならないかもしれませんよ」)

今日はもうこちらへは御帰りにならないかも知れませんよ」

(まいにちひとのでいりのばんばかりしてくらしているこのきゅうじは、)

毎日人の出入の番ばかりして暮しているこの給使は、

(すくなくともこのてんにかけて、つだよりもたしかなよげんしゃであった。)

少なくともこの点にかけて、津田よりも確な予言者であった。

(つだはだれがつれてきたかわからないちゃいろのいぬと、)

津田はだれが伴れて来たか分らない茶色の犬と、

(それからそのいぬをともだちにしようとして)

それからその犬を友達にしようとして

(おおいにほねをおっているこのきゅうじとをそのままにしておいて、)

大いに骨を折っているこの給使とをそのままにしておいて、

(またじぶんのつくえのまえにたちもどった。)

また自分の机の前に立ち戻った。

(そうしてそこでていこくまでれいのごとくじむをとった。)

そうしてそこで定刻まで例のごとく事務を執った。

(じかんになったとき、)

時間になった時、

(かれはほかのひとよりもひとあしおくれておおきなたてものをでた。)

彼はほかの人よりも一足後れて大きな建物を出た。

(かれはいつものとおりていりゅうじょのほうへあるきながら、ふとおもいだしたように、)

彼はいつもの通り停留所の方へ歩きながら、ふと思い出したように、

(またなばりぶくろからとけいをだしてながめた。)

また隠袋から時計を出して眺めた。

(それはせいみつなじこくをしるためよりも)

それは精密な時刻を知るためよりも

(むしろじぶんのあるいていくほうこうをけっするためであった。)

むしろ自分の歩いて行く方向を決するためであった。

(かえりによしかわのしたくへよったものか、よしたものかとかんがえて、)

帰りに吉川の私宅へ寄ったものか、止したものかと考えて、

(むいみにとけいとそうだんしたとおなじことであった。)

無意味に時計と相談したと同じ事であった。

(かれはとうとうじぶんのいえとははんたいのほうがくにはしるでんしゃにとびのった。)

彼はとうとう自分の家とは反対の方角に走る電車に飛び乗った。

(よしかわのふざいがちなことをよくしりぬいているかれは、)

吉川の不在勝な事をよく知り抜いている彼は、

(たくまでいったところでかならずあえるともおもっていなかった。)

宅まで行ったところで必ず会えるとも思っていなかった。

(たまさかいたにしたところで、)

たまさかいたにしたところで、

(つごうがわるければあわずにかえされるだけだということもしょうちしていた。)

都合が悪ければ会わずに帰されるだけだという事も承知していた。

(しかしかれとしてはときどきよしかわけのもんをもぐるひつようがあった。)

しかし彼としては時々吉川家の門を潜る必要があった。

(それはれいぎのためでもあった。)

それは礼儀のためでもあった。

(ぎりのためでもあった。)

義理のためでもあった。

(またりがいのためでもあった。さいごにはたんなるきょえいしんのためでもあった。)

また利害のためでもあった。最後には単なる虚栄心のためでもあった。

(「つだはよしかわととくべつのしりあいである」)

「津田は吉川と特別の知り合である」

(かれはときどきこういうじじつをせなかにせおってみたくなった。)

彼は時々こういう事実を背中に背負って見たくなった。

(それからそのにをせおったままみんなのまえにたちたくなった。)

それからその荷を背負ったままみんなの前に立ちたくなった。

(しかもみずからおもんずるといったふうのかれのへいぜいのたいどをごうもくずさずに、)

しかも自ら重んずるといった風の彼の平生の態度を毫も崩さずに、

(このじじつをしょっていたかった。ものをなるべくおくのほうへおしかくしながら、)

この事実を背負っていたかった。物をなるべく奥の方へ押し隠しながら、

(そのおしかくしているところを、)

その押し隠しているところを、

(かえってほかにみせたがるのとおなじようなしんりさようのしたに、)

かえって他に見せたがるのと同じような心理作用の下に、

(かれはいまよしかわのげんかんにたった。)

彼は今吉川の玄関に立った。

(そうしてかれじしんはあくまでもようじのために)

そうして彼自身は飽くまでも用事のために

(わざわざここへきたものとじぶんをかいしゃくしていた。)

わざわざここへ来たものと自分を解釈していた。

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