太宰治 葉桜と魔笛 (3)

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問題文

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(てがみには、こうかかれてあるのです。)

手紙には、こう書かれてあるのです。

(わたしは、てがみをろくろくみずに、こえたててよみました。)

私は、手紙をろくろく見ずに、声立てて読みました。

(きょうは、あなたにおわびをもうしあげます。)

――きょうは、あなたにおわびを申し上げます。

(ぼくがきょうまで、がまんしてあなたにおてがみさしあげなかったわけは、)

僕がきょうまで、がまんしてあなたにお手紙差し上げなかったわけは、

(すべてぼくのじしんのなさからであります。)

すべて僕の自信の無さからであります。

(ぼくは、まずしく、むのうであります。)

僕は、貧しく、無能であります。

(あなたひとりを、どうしてあげることもできないのです。)

あなたひとりを、どうしてあげることもできないのです。

(ただことばで、そのことばには、)

ただ言葉で、その言葉には、

(みじんもうそがないのでありますが、ただことばで、)

みじんも嘘が無いのでありますが、ただ言葉で、

(あなたへのあいのしょうめいをするよりほかには、)

あなたへの愛の証明をするよりほかには、

(なにひとつできぬぼくじしんのむりょくが、いやになったのです。)

何ひとつできぬ僕自身の無力が、いやになったのです。

(あなたを、いちにちも、いやゆめにさえ、わすれたことはないのです。)

あなたを、一日も、いや夢にさえ、忘れたことはないのです。

(けれども、ぼくは、あなたを、どうしてあげることもできない。)

けれども、僕は、あなたを、どうしてあげることもできない。

(それが、つらさに、ぼくは、あなたと、おわかれしようとおもったのです。)

それが、つらさに、僕は、あなたと、おわかれしようと思ったのです。

(あなたのふこうがおおきくなればなるほど、)

あなたの不幸が大きくなればなるほど、

(そうしてぼくのあいじょうがふかくなればなるほど、)

そうして僕の愛情が深くなればなるほど、

(ぼくはあなたにちかづきにくくなるのです。)

僕はあなたに近づきにくくなるのです。

(おわかりでしょうか。)

おわかりでしょうか。

(ぼくは、けっして、ごまかしをいっているのではありません。)

僕は、決して、ごまかしを言っているのではありません。

(ぼくは、それをぼくじしんのせいぎのせきにんかんからとかいしていました。)

僕は、それを僕自身の正義の責任感からと解していました。

など

(けれども、それは、ぼくのまちがい。)

けれども、それは、僕のまちがい。

(ぼくは、はっきりまちがっておりました。)

僕は、はっきり間違って居りました。

(おわびをもうしあげます。)

おわびを申し上げます。

(ぼくは、あなたにたいしてかんぺきのにんげんになろうと、)

僕は、あなたに対して完璧の人間になろうと、

(がよくをはっていただけのことだったのです。)

我慾を張っていただけのことだったのです。

(ぼくたち、さびしくむりょくなのだから、)

僕たち、さびしく無力なのだから、

(ほかになんにもできないのだから、せめてことばだけでも、)

他になんにもできないのだから、せめて言葉だけでも、

(せいじつこめておおくりするのが、まことの、)

誠実こめてお贈りするのが、まことの、

(けんじょうのうつくしいいきかたである、とぼくはいまではしんじています。)

謙譲の美しい生きかたである、と僕はいまでは信じています。

(つねに、じしんにできるかぎりのはんいで、)

つねに、自身にできる限りの範囲で、

(それをなしとげるようにどりょくすべきだとおもいます。)

それを為し遂げるように努力すべきだと思います。

(どんなにちいさいことでもよい。)

どんなに小さいことでもよい。

(たんぽぽのはないちりんのおくりものでも、けっしてはじずにさしだすのが、)

タンポポの花一輪の贈りものでも、決して恥じずに差し出すのが、

(もっともゆうきある、おとこらしいたいどであるとしんじます。)

最も勇気ある、男らしい態度であると信じます。

(ぼくは、もうにげません。)

僕は、もう逃げません。

(ぼくは、あなたをあいしています。)

僕は、あなたを愛しています。

(まいにち、まいにち、うたをつくっておおくりします。)

毎日、毎日、歌をつくってお送りします。

(それから、まいにち、まいにち、あなたのおにわのへいのそとで、)

それから、毎日、毎日、あなたのお庭の塀のそとで、

(くちぶえふいて、おきかせしましょう。)

口笛吹いて、お聞かせしましょう。

(あしたのばんのろくじには、さっそくくちぶえ、ぐんかんまあちふいてあげます。)

あしたの晩の六時には、さっそく口笛、軍艦マアチ吹いてあげます。

(ぼくのくちぶえは、うまいですよ。)

僕の口笛は、うまいですよ。

(いまのところ、それだけが、ぼくのちからで、わけなくできるほうしです。)

いまのところ、それだけが、僕の力で、わけなくできる奉仕です。

(おわらいになっては、いけません。)

お笑いになっては、いけません。

(いや、おわらいになってください。)

いや、お笑いになって下さい。

(げんきでいてください。)

元気でいて下さい。

(かみさまは、きっとどこかでみています。)

神さまは、きっとどこかで見ています。

(ぼくは、それをしんじています。)

僕は、それを信じています。

(あなたも、ぼくも、ともにかみのちょうじです。)

あなたも、僕も、ともに神の寵児です。

(きっと、うつくしいけっこんできます。)

きっと、美しい結婚できます。

(まちまちてことしさきけりもものはなしろとききつつはなはべになり)

待ち待ちて ことし咲きけり 桃の花 白と聞きつつ 花は紅なり

(ぼくはべんきょうしています。すべては、うまくいっています。)

僕は勉強しています。すべては、うまくいっています。

(では、また、あした。mt。)

では、また、明日。M・T。

(「ねえさん、あたししっているのよ。」)

「姉さん、あたし知っているのよ。」

(いもうとは、すんだこえでそうつぶやき、)

妹は、澄んだ声でそう呟やき、

(「ありがとう、ねえさん、これ、ねえさんがかいたのね。」)

「ありがとう、姉さん、これ、姉さんが書いたのね。」

(わたしは、あまりのはずかしさに、そのてがみ、)

私は、あまりの恥ずかしさに、その手紙、

(ちぢにひきさいてじぶんのかみをひきむしってしまいたくおもいました。)

千々に引き裂いて自分の髪を引きむしってしまいたく思いました。

(いてもたってもおられぬ、とはあんなおもいをさしていうのでしょう。)

いても立ってもおられぬ、とはあんな思いを指して言うのでしょう。

(わたしがかいたのだ。)

私が書いたのだ。

(いもうとのくるしみをみかねて、わたしが、)

妹の苦しみを見かねて、私が、

(これからまいにち、mtのひっせきをまねて、いもうとのしぬるひまで、)

これから毎日、M・Tの筆蹟を真似て、妹の死ぬる日まで、

(てがみをかき、へたなわかを、くしんしてつくり、)

手紙を書き、下手な和歌を、苦心してつくり、

(それからばんには、こっそりへいのそとへでて、くちぶえふきこうとおもっていたのです。)

それから晩には、こっそり塀の外へ出て、口笛吹こうと思っていたのです。

(はずかしかった。)

恥かしかった。

(へたなうたみたいなものまでかいて、はずかしゅうございました。)

下手な歌みたいなものまで書いて、恥ずかしゅうございました。

(みもよも、あらぬおもいで、わたしは、すぐにはへんじも、できませんでした。)

身も世も、あらぬ思いで、私は、すぐには返事も、できませんでした。

(「ねえさん、しんぱいなさらなくても、いいのよ。」)

「姉さん、心配なさらなくても、いいのよ。」

(いもうとは、ふしぎにもおちついて、)

妹は、不思議にも落ちついて、

(すうこうなくらいにうつくしくびしょうしていました。)

崇高なくらいに美しく微笑していました。

(「ねえさん、あのみどりのりぼんでむすんであったてがみをみたのでしょう?)

「姉さん、あの緑のリボンで結んであった手紙を見たのでしょう?

(あれは、うそ。あたし、あんまりさびしいから、)

あれは、ウソ。あたし、あんまり淋しいから、

(おととしのあきから、あんなてがみかいて、あたしにあててとうかんしていたの。)

おととしの秋から、あんな手紙書いて、あたしに宛てて投函していたの。

(ねえさん、ばかにしないでね。)

姉さん、ばかにしないでね。

(せいしゅんというものは、ずいぶんだいじなものなのよ。)

青春というものは、ずいぶん大事なものなのよ。

(あたし、びょうきになってから、それが、はっきりわかってきたの。)

あたし、病気になってから、それが、はっきりわかって来たの。

(ひとりで、じぶんあてのてがみなんかかいてるなんて、きたない。)

ひとりで、自分あての手紙なんか書いてるなんて、汚い。

(あさましい。ばかだ。)

あさましい。ばかだ。

(あたしは、ほんとうにおとこのかたと、だいたんにあそべば、よかった。)

あたしは、ほんとうに男のかたと、大胆に遊べば、よかった。

(あたしのからだを、しっかりいだいてもらいたかった。)

あたしのからだを、しっかり抱いてもらいたかった。

(ねえさん、あたしはいままでいちども、)

姉さん、あたしは今までいちども、

(こいびとどころか、よそのおとこのかたとはなしてみたこともなかった。)

恋人どころか、よその男のかたと話してみたこともなかった。

(ねえさんだって、そうなのね。)

姉さんだって、そうなのね。

(ねえさん、あたしたちまちがっていた。)

姉さん、あたしたち間違っていた。

(おりこうすぎた。ああ、しぬなんて、いやだ。)

お悧巧すぎた。ああ、死ぬなんて、いやだ。

(あたしのてが、ゆびさきが、かみが、かわいそう。)

あたしの手が、指先が、髪が、可哀そう。

(しぬなんて、いやだ。いやだ。」)

死ぬなんて、いやだ。いやだ。」

(わたしは、かなしいやら、こわいやら、)

私は、かなしいやら、こわいやら、

(うれしいやら、はずかしいやら、むねがいっぱいになり、)

うれしいやら、はずかしいやら、胸がいっぱいになり、

(わからなくなってしまいまして、いもうとのやせたほおに、)

わからなくなってしまいまして、妹の痩せた頬に、

(わたしのほおをぴったりおしつけ、ただもうなみだがでてきて、)

私の頬をぴったり押しつけ、ただもう涙が出て来て、

(そっといもうとをいだいてあげました。)

そっと妹を抱いてあげました。

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