人間椅子 1

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投稿者投稿者ぴっぽいいね4お気に入り登録1
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著:江戸川乱歩
外交官を夫に持つ閨秀作家(女性作家のこと)の佳子は、毎朝夫の登庁を見送った後、書斎に籠もり、ファンレターに目を通してから創作にとりかかることが日課だった。ある日、「私」から1通の手紙が届く。それは「私」のおかした罪悪の告白だった。
椅子専門の家具職人である「私」は、容貌が醜いため周囲の人間から蔑まされ、貧しいためにその悔しさを紛らわす術も持たなかった。しかし、私は職人としての腕はそれなりに評価されており、度々凝った椅子の注文が舞い込んだ。
ある日、外国人専門のホテルに納品される椅子を製作していた私は出来心から、椅子の中に人間が一人入り込める空洞を作り、水と食料と共にその中に入り込んだ。自分が椅子の中に入り込んだ時に、その椅子はホテルに納品されてしまう。それ以来、私は昼は椅子の中にこもり、夜になると椅子から這い出て、盗みを働くようになった。盗みで一財産出来たころ、私は外国人の少女が自分の上に座る感触を革ごしに感じることに喜びを感じた。それ以来、私は女性の感触を革ごしに感じることに夢中になった。やがて、私は言葉がわからない外国人ではなく日本人の女性の感触を感じたいと願うようになった。
私がそんな願いを持つようになったころ、ホテルの持ち主が変わり、私が潜んでいた椅子は古道具屋に売られてしまう。古道具屋で私の椅子を買い求めていたのは日本人の官吏だった。私は念願の日本人の女性の感触を得られると胸を躍らせるが…。

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問題文

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(よしこは、まいあさ、おっとのとうちょうをみおくってしまうと、)

佳子は、毎朝、夫の登庁を見送って了うと、

(それはいつもじゅうじをすぎるのだが、)

それはいつも十時を過ぎるのだが、

(やっとじぶんのからだになって、)

やっと自分のからだになって、

(ようかんのほうの、おっとときょうようのしょさいへ、)

洋館の方の、夫と共用の書斎へ、

(とじこもるのがれいになっていた。)

とじ籠るのが例になっていた。

(そこで、かのじょはいま、)

そこで、彼女は今、

(kざっしのこのなつのぞうだいごうにのせるための、)

K雑誌のこの夏の増大号にのせる為の、

(ながいそうさくにとりかかっているのだった。)

長い創作にとりかかっているのだった。

(うつくしいけいしゅうさっかとしてのかのじょは、このごろでは、)

美しい閨秀作家としての彼女は、此の頃では、

(がいむしょうしょきかんであるふくんのかげをうすくおもわせるほども、)

外務省書記官である夫君の影を薄く思わせる程も、

(ゆうめいになっていた。かのじょのところへは、)

有名になっていた。彼女の所へは、

(まいにちのようにみちのすうはいしゃたちからのてがみが、)

毎日の様に未知の崇拝者達からの手紙が、

(いくつうとなくやってきた。)

幾通となくやって来た。

(けさとても、かのじょは、)

今朝とても、彼女は、

(しょさいのつくえのまえにすわると、しごとにとりかかるまえに、)

書斎の机の前に坐ると、仕事にとりかかる前に、

(まず、それらのみちのひとびとからのてがみに、)

先ず、それらの未知の人々からの手紙に、

(めをとおさねばならなかった。)

目を通さねばならなかった。

(それはいずれも、きまりきったように、)

それは何れも、極り切った様に、

(つまらぬもんくのものばかりであったが、)

つまらぬ文句のものばかりであったが、

(かのじょは、おんなのやさしいこころづかいから、)

彼女は、女の優しい心遣いから、

など

(どのようなてがみであろうとも)

どの様な手紙であろうとも

(じぶんにあてられたものは、)

自分に宛られたものは、

(ともかくも、ひととおりはよんでみることにしていた。)

兎も角も、一通りは読んで見ることにしていた。

(かんたんなものからさきにして、に)

簡単なものから先にして、二

(つうのふうしょと、いちようのはがきとをみてしまうと、)

通の封書と、一葉のはがきとを見て了うと、

(あとにはかさだかいげんこうらしいいっつうがのこった。)

あとにはかさ高い原稿らしい一通が残った。

(べつだんつうちのてがみはもらっていないけれど、)

別段通知の手紙は貰っていないけれど、

(そうして、とつぜんげんこうをおくってくるれいは、)

そうして、突然原稿を送って来る例は、

(これまでにしても、よくあることだった。)

これまでにしても、よくあることだった。

(それは、おおくのばあい、ながながしくたいくつきまるしろものであったけれど、)

それは、多くの場合、長々しく退屈極る代物であったけれど、

(かのじょはともかくも、ひょうだいだけでもみておこうと、)

彼女は兎も角も、表題丈でも見て置こうと、

(ふうをきって、なかのかみたばをとりだしてみた。)

封を切って、中の紙束を取出して見た。

(それは、おもったとおり、げんこうようしをとじたものであった。)

それは、思った通り、原稿用紙を綴じたものであった。

(が、どうしたことか、ひょうだいもしょめいもなく、)

が、どうしたことか、表題も署名もなく、

(とつぜん「おくさま」という、よびかけのことばではじまっているのだった。)

突然「奥様」という、呼びかけの言葉で始まっているのだった。

(はてな、では、やっぱりてがみなのかしら、)

ハテナ、では、やっぱり手紙なのかしら、

(そうおもって、なにげなくにぎょうさんぎょうとめをはしらせていくうちに、)

そう思って、何気なく二行三行と目を走らせて行く内に、

(かのじょは、そこから、なんとなくいじょうな、)

彼女は、そこから、何となく異常な、

(みょうにきみわるいものをよかんした。)

妙に気味悪いものを予感した。

(そして、もちまえのこうきしんが、かのじょをして、)

そして、持前の好奇心が、彼女をして、

(ぐんぐん、さきをよませていくのであった。)

ぐんぐん、先を読ませて行くのであった。

(おくさま、おくさまのほうでは、すこしもごぞんじのないおとこから、)

奥様、奥様の方では、少しも御存じのない男から、

(とつぜん、このようなぶしつけなおてがみを、さしあげますつみを、)

突然、此様な無躾な御手紙を、差上げます罪を、

(いくえにもおゆるしくださいませ。)

幾重にもお許し下さいませ。

(こんなことをもうしあげますと、おくさまは、)

こんなことを申上げますと、奥様は、

(さぞかしびっくりなさることでございましょうが、)

さぞかしびっくりなさる事で御座いましょうが、

(わたしはいま、あなたのまえに、わたしのおかしてきました、)

私は今、あなたの前に、私の犯して来ました、

(よにもふしぎなざいあくを、こくはくしようとしているのでございます。)

世にも不思議な罪悪を、告白しようとしているのでございます。

(わたしはすうかげつのあいだ、まったくにんげんかいからすがたをかくして、)

私は数ヶ月の間、全く人間界から姿を隠して、

(ほんとうに、あくまのようなせいかつをつづけてまいりました。)

本当に、悪魔の様な生活を続けて参りました。

(もちろん、ひろいせかいにだれひとり、わたしのしょぎょうをしるものはありません。)

勿論、広い世界に誰一人、私の所業を知るものはありません。

(もし、なにごともなければ、わたしは、このままえいきゅうに、)

若し、何事もなければ、私は、このまま永久に、

(にんげんかいにたちかえることはなかったかもしれないのでございます。)

人間界に立帰ることはなかったかも知れないのでございます。

(ところが、ちかごろになりまして、)

ところが、近頃になりまして、

(わたしのこころにあるふしぎなへんかがおこりました。)

私の心にある不思議な変化が起りました。

(そして、どうしても、この、わたしのいんがなみのうえを、)

そして、どうしても、この、私の因果な身の上を、

(ざんげしないではいられなくなりました。)

懺悔しないではいられなくなりました。

(ただ、かようにもうしましたばかりでは、)

ただ、かように申しましたばかりでは、

(いろいろごふしんにおぼしめすてんもございましょうが、)

色々御不審に思召す点もございましょうが、

(どうか、ともかくも、このてがみをおわりまでおよみくださいませ。)

どうか、兎も角も、この手紙を終りまで御読み下さいませ。

(そうすれば、なぜ、わたしがそんなきもちになったのか。)

そうすれば、何故、私がそんな気持になったのか。

(またなぜ、このこくはくを、ことさらおくさまにきいていただかねばならぬのか、)

又何故、この告白を、殊更奥様に聞いて頂かねばならぬのか、

(それらのことが、ことごとくめいはくになるでございましょう。)

それらのことが、悉く明白になるでございましょう。

(さて、なにからかきはじめたらいいのか、あまりににんげんはなれのした、)

さて、何から書き初めたらいいのか、余りに人間離れのした、

(きかいせんばんなじじつなので、こうした、)

奇怪千万な事実なので、こうした、

(にんげんせかいでつかわれる、てがみというようなほうほうでは、)

人間世界で使われる、手紙という様な方法では、

(みょうにおもはゆくて、ふでのにぶるのをおぼえます。)

妙に面はゆくて、筆の鈍るのを覚えます。

(でも、まよっていてもしかたがございません。)

でも、迷っていても仕方がございません。

(ともかくも、ことのおこりから、)

兎も角も、事の起りから、

(じゅんをおって、かいていくことにいたしましょう。)

順を追って、書いて行くことに致しましょう。

(わたしはうまれつき、よにもみにくいようぼうのもちぬしでございます。)

私は生れつき、世にも醜い容貌の持主でございます。

(これをどうか、はっきりと、おおぼえなすっていてくださいませ。)

これをどうか、はっきりと、お覚えなすっていて下さいませ。

(そうでないと、もし、あなたが、)

そうでないと、若し、あなたが、

(このぶしつけなねがいをいれて、わたしにおあいくださいましたばあい、)

この無躾な願いを容れて、私にお逢い下さいました場合、

(たださえみにくいわたしのかおが、)

たださえ醜い私の顔が、

(ながいつきひのふけんこうなせいかつのために、ふためとみられぬ、)

長い月日の不健康な生活の為に、二た目と見られぬ、

(ひどいすがたになっているのを、なにのよびちしきもなしに、)

ひどい姿になっているのを、何の予備知識もなしに、

(あなたにみられるのは、わたしとしては、たえがたいことでございます。)

あなたに見られるのは、私としては、堪え難いことでございます。

(わたしというおとこは、なんといんがなうまれつきなのでありましょう。)

私という男は、何と因果な生れつきなのでありましょう。

(そんなみにくいようぼうをもちながら、)

そんな醜い容貌を持ちながら、

(むねのなかでは、ひとしれず、よにもはげしいじょうねつを、)

胸の中では、人知れず、世にも烈しい情熱を、

(もしていたのでございます。わたしは、おばけのようなかおをした、)

燃していたのでございます。私は、お化のような顔をした、

(そのうえごくびんぼうな、いちしょくにんにすぎないわたしのげんじつをわすれて、)

その上極く貧乏な、一職人に過ぎない私の現実を忘れて、

(みのほどしらぬ、かんびな、ぜいたくな、)

身の程知らぬ、甘美な、贅沢な、

(しゅじゅさまざまの「ゆめ」にあこがれていたのでございます。)

種々様々の「夢」にあこがれていたのでございます。

(わたしがもし、もっとゆたかないえにうまれていましたなら、)

私が若し、もっと豊な家に生れていましたなら、

(きんせんのちからによって、いろいろのゆうぎにふけり、)

金銭の力によって、色々の遊戯に耽けり、

(しゅうぼうのやるせなさを、まぎらすことができたでもありましょう。)

醜貌のやるせなさを、まぎらすことが出来たでもありましょう。

(いろいろむずかしいちゅうもんがあったり、くっしょんのぐあい、)

色々むずかしい註文があったり、クッションの工合、

(かくぶのすんぽうなどに、びみょうなこのみがあったりして、)

各部の寸法などに、微妙な好みがあったりして、

(それをつくるものには、ちょっとしろうとのそうぞうできないようなくしんがいるのでございますが、)

それを作る者には、一寸素人の想像出来ない様な苦心が要るのでございますが、

(でも、くしんをすればしたたけ、できあがったときのゆかいというものはありません。)

でも、苦心をすればした丈け、出来上った時の愉快というものはありません。

(なまいきをもうすようですけれど、そのこころもちは、)

生意気を申す様ですけれど、その心持ちは、

(げいじゅつかがりっぱなさくひんをかんせいしたときのよろこびにも、)

芸術家が立派な作品を完成した時の喜びにも、

(くらぶべきものではないかとぞんじます。)

比ぶべきものではないかと存じます。

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