鏡地獄 江戸川乱歩4
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ヌオー | 5707 | A | 6.0 | 94.8% | 1088.0 | 6565 | 355 | 91 | 2024/12/02 |
2 | BE | 4317 | C+ | 4.7 | 91.9% | 1399.8 | 6620 | 576 | 91 | 2024/11/15 |
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問題文
(そのほかしゅじゅざったの、それいじょうであってもけっしてそれいかではないところの、)
そのほか種々雑多の、それ以上であっても決してそれ以下ではないところの、
(おそるべきまじゅつ、それをみたせつな、にんげんはきぜつし、もうもくとなったであろうほどの)
恐るべき魔術、それを見た刹那、人間は気絶し、盲目となったであろうほどの
(まかいのび、わたしにはそれをおつたえするちからもありませんし、またたとえ、いまおはなしして)
魔界の美、私にはそれをお伝えする力もありませんし、また例え、今お話しして
(みたところで、どうまあしんじていただけましょう。そして、そんなきょうらんじょうたいが)
みたところで、どうまあ信じていただけましょう。そして、そんな狂乱状態が
(つづいたあとで、ついにかなしむべきはめつがやってきたのです。わたしのもっともしたしい)
続いたあとで、ついに悲しむべき破滅がやってきたのです。私の最も親しい
(ともだちであったかれは、とうとうほんもののきちがいになってしまったのです。)
友だちであった彼は、とうとう本物の気違いになってしまったのです。
(これまでとても、かれのしょぎょうはけっしてしょうきのさたとはおもわれませんでした。)
これまでとても、彼の所業は決して正気の沙汰とは思われませんでした。
(しかし、そんなきょうたいをえんじながらも、いちにちおおくのじょうじんのごとくすごしました。)
しかし、そんな狂態を演じながらも、一日多くの常人のごとく過ごしました。
(どくしょもすれば、やせさらぼうたにくたいをくしして、がらすこうじょうのかんとくしきにも)
読書もすれば、痩せさらぼうた肉体を駆使して、ガラス工場の監督指揮にも
(あたり、わたしとあえばむかしながらのかれのふかしぎなるゆいびしそうをかたるのに、なんの)
当たり、私と会えば昔ながらの彼の不可思議なる唯美思想を語るのに、なんの
(さしさわりもないのでした。それが、あのようなむざんなけつまつをとげようとは、)
さしさわりもないのでした。それが、あのような無惨な結末をとげようとは、
(どうしてよそうすることができましょう。おそらく、これは、かれのみうちに)
どうして予想することができましょう。おそらく、これは、彼の身内に
(すくっていたあくまのしょぎょうか、そうでなければ、あまりにもまかいのびにたんできした)
巣食っていた悪魔の所業か、そうでなければ、あまりにも魔界の美に耽溺した
(かれにたいする、かみのいかりででもあったのでしょうか。)
彼に対する、神の怒りででもあったのでしょうか。
(あるあさ、わたしはかれのところからのつかいのものに、あわただしくたたきおこされたのです。)
ある朝、私は彼の所からの使いのものに、あわただしく叩き起こされたのです。
(「たいへんです。おくさまが、すぐにおいでくださいますようにとおっしゃいました」)
「大変です。奥様が、すぐにおいでくださいますようにとおっしゃいました」
(「たいへん?どうしたのだ」「わたくしどもにはわかりませんのです。ともかく、おおいそぎで)
「大変?どうしたのだ」「私どもにはわかりませんのです。ともかく、大急ぎで
(いらしっていただけませんでしょうか」つかいのものとわたしとは、そうほうとも、もう)
いらしっていただけませんでしょうか」使いの者と私とは、双方とも、もう
(あおざめてしまって、はやぐちにそんなもんどうをくりかえすと、わたしはとるものもとりあえず)
青ざめてしまって、早口にそんな問答を繰り返すと、私は取るものも取りあえず
(かれのやしきへとかけつけました。ばしょはやっぱりじっけんしつです。とびこむようになかへ)
彼の屋敷へと駆けつけました。場所はやっぱり実験室です。飛び込むように中へ
(はいると、そこには、いまではおくさまとよばれているかれのあいじんのこまづかいをはじめ、)
はいると、そこには、今では奥様と呼ばれている彼の愛人の小間使いをはじめ、
(すうにんのめしつかいたちが、あっけにとられたかたちで、たちすくんだまま、ひとつのみょうな)
数人の召使いたちが、あっけに取られた形で、立ちすくんだまま、ひとつの妙な
(ぶったいをみつめているのでした。そのぶったいというのは、たまのりのたまをもうひとまわり)
物体を見つめているのでした。その物体というのは、玉乗りの玉をもうひと回り
(おおきくしたようなもので、がいぶにはいちめんにぬのがはりつめられ、それがひろびろと)
大きくしたようなもので、外部には一面に布が張りつめられ、それが広々と
(とりかたづけられたじっけんしつのなかを、せいあるもののように、みぎにひだりにころがりまわって)
取り片付けられた実験室の中を、生あるもののように、右に左に転がり廻って
(いるのです。そして、もっときみわるいのは、たぶんそのないぶからでしょう、どうぶつの)
いるのです。そして、もっと気味悪いのは、多分その内部からでしょう、動物の
(ともにんげんのともつかぬわらいごえのようなうなりが、しゅーしゅーとひびいて)
とも人間のともつかぬ笑い声のような唸りが、シューシューと響いて
(いるのでした。「いったいどうしたのというのです」わたしはほかのこまづかいをとらえて)
いるのでした。「一体どうしたのというのです」私はほかの小間使いをとらえて
(まずこうたずねるほかはありませんでした。「さっぱりわかりませんの。なんだか)
先ずこう尋ねるほかはありませんでした。「さっぱりわかりませんの。なんだか
(なかにいるのはだんなさまではないかとおもうのですけれど、こんなおおきなたまが)
中にいるのは旦那様ではないかと思うのですけれど、こんな大きな玉が
(いつのまにできたのか、おもいもかけぬことですし、それにてをつけようにも、)
いつの間にできたのか、思いもかけぬことですし、それに手をつけようにも、
(きみがわるくて、、、さっきからなんどもよんでみたのですけれど、なかからみょうな)
気味が悪くて、、、さっきから何度も呼んでみたのですけれど、中から妙な
(わらいごえしかもどってこないのですもの」そのこたえをきくと、わたしはいきなりたまに)
笑い声しか戻ってこないのですもの」その答えを聞くと、私はいきなり玉に
(ちかづいて、こえのもれてくるかしょをしらべました。そして、ころがるたまのひょうめんに、)
近づいて、声の洩れてくる箇所を調べました。そして、ころがる玉の表面に、
(ふたつみっつのちいさなくうきぬきともみえるあなをみつけるのは、わけのないことでした。)
二つ三つの小さな空気抜きとも見える穴を見つけるのは、わけのない事でした。
(で、そのあなのひとつにめをあててこわごわたまのないぶをのぞいてみたのですが、なかには)
で、その穴の一つに眼を当てて怖々玉の内部を覗いて見たのですが、中には
(なにかみょうなめをさすようなひかりが、ぎらぎらしているばかりで、ひとのうごめくけはいと)
何か妙な眼をさすような光が、ギラギラしているばかりで、人のうごめく気配と
(ぶきみな、きょうきめいたわらいごえがきこえてくるほかには、すこしも、)
無気味な、狂気めいた笑い声が聞こえてくるほかには、少しも、
(ようすがわかりません。そこからに、さんどかれのなをよんでもみましたけれど、)
様子がわかりません。そこから二、三度彼の名を呼んでもみましたけれど、
(あいてはにんげんなのか、それともにんげんでないほかのものなのか、いっこうにてごたえが)
相手は人間なのか、それとも人間でないほかの者なのか、いっこうに手応えが
(ないのです。ところが、そうしてしばらくのあいだ、ころがるたまをながめているうちに、)
ないのです。ところが、そうしてしばらくの間、転がる玉を眺めているうちに、
(ふとそのひょうめんのいっかしょにみょうなしかくのきりくわせができているのをはっけんしました。)
ふとその表面の一カ所に妙な四角の切りくわせが出来ているのを発見しました。
(それがどうやらたまのなかへはいるとびららしく、おせばがたがたおとはするのですけれど)
それがどうやら玉の中へはいる扉らしく、押せばガタガタ音はするのですけれど
(とってもなにもないために、ひらくことができません。なおよくみれば、とってのあと)
取手も何もないために、開くことができません。なおよく見れば、取手の跡
(らしく、かなもののあながのこっています。これは、ひょっとしたら、にんげんがなかへ)
らしく、金物の穴が残っています。これは、ひょっとしたら、人間が中へ
(はいったあとで、どうかしてとってがぬけおちて、そとからも、なかからも、)
はいったあとで、どうかして取手が抜け落ちて、そとからも、中からも、
(とびらがあかぬようになったのではあるまいか、とすると、このおとこはひとばんじゅうたまのなかに)
扉が開かぬようになったのではあるまいか、とすると、この男は一晩中玉の中に
(とじこめられたことになるのでした。では、そのへんにとってがおちていまいかと、)
閉じ込められたことになるのでした。では、その辺に取手が落ちていまいかと、
(あたりをみまわしますともうわたしのよそうどおりにちがいなかったことには、へやのいっぽうの)
あたりを見廻しますともう私の予想通りに違いなかったことには、部屋の一方の
(すみにまるいかなぐがおちていて、それをいまのかなもののあなにあててみれば、すんぽうは)
隅に丸い金具が落ちていて、それを今の金物の穴にあててみれば、寸法は
(きっちりとあうのです。しかしこまったことには、えがおれてしまっていて、)
きっちりと合うのです。しかし困ったことには、柄が折れてしまっていて、
(いまさらあなにさしこんでみたところで、とびらがひらくはずもないのでした。)
今さら穴に差し込んでみたところで、扉が開くはずもないのでした。
(でも、それにしてもおかしいのは、なかにとじこめられたひとが、たすけをよびも)
でも、それにしてもおかしいのは、中に閉じ込められた人が、助けを呼びも
(しないで、ただげらげらわらっていることでした。「もしや。」わたしはあることに)
しないで、ただゲラゲラ笑っていることでした。「もしや。」私はある事に
(きづいて、おもわずあおくなりました。もうなにをかんがえるよゆうもありません。)
気づいて、思わず青くなりました。もう何を考える余裕もありません。
(ただこのたまをぶちこわすいっぽうです。そして、ともかくもなかのにんげんをたすけだす)
ただこの玉をぶちこわす一方です。そして、ともかくも中の人間を助け出す
(ほかはないのです。わたしはいきなりこうじょうにかけつけて、だいはんまーをひろうと、)
ほかはないのです。私はいきなり工場に駆けつけて、大ハンマーを拾うと、
(もとのへやにひきかえし、たまをめがけていきおいこめてたたきつけました。と、おどろいた)
元の部屋に引き返し、玉をめがけて勢い込めてたたきつけました。と、驚いた
(ことには、ないぶはあついがらすでできていたとみえ、がちゃんと、おそろしいおとと)
ことには、内部は厚いガラスでできていたと見え、ガチャンと、恐ろしい音と
(ともに、おびただしいはへんに、われくずれてしまいました。そして、そのなかから)
共に、おびただしい破片に、割れくずれてしまいました。そして、その中から
(はいだしてきたのは、まぎれもないわたしのともだちのかれだったのです。もしやと)
這い出してきたのは、まぎれもない私の友だちの彼だったのです。もしやと
(おもっていたのが、やっぱりそうだったのです。それにしても、にんげんのそうごうが、)
思っていたのが、やっぱりそうだったのです。それにしても、人間の相好が、
(わずかいちにちのあいだに、あのようにもかわるものでしょうか。きのうまでは、おとろえて)
僅か一日の間に、あのようにも変わるものでしょうか。きのうまでは、衰えて
(こそいましたけれど、どちらかといえば、しんけいしつにひきしまったかおで、ちょっと)
こそいましたけれど、どちらかといえば、神経質に引き締まった顔で、ちょっと
(みるとこわいほどでしたのが、いまはまるでしにんのそうごうのように、がんめんのすべての)
見ると怖いほどでしたのが、今はまるで死人の相好のように、顔面のすべての
(すじがたるんでしまい、ひっかきまわしたようにみだれたかみのけ、ちばしっていながら、)
筋がたるんでしまい、引っ掻き廻したように乱れた髪の毛、血走っていながら、
(いようにうつろなめ、そしてくちをだらしなくひらいて、げらげらとわらっているすがたは、)
異様に空ろな眼、そして口をだらしなくひらいて、ゲラゲラと笑っている姿は、
(ふためとみられたものではないのです。それは、あのようにかれのちょうあいをうけていた)
二目と見られたものではないのです。それは、あのように彼の寵愛を受けていた
(かのこまづかいさえもが、おそれをなして、とびのいたほどでありました。)
かの小間使いさえもが、恐れをなして、飛び退いたほどでありました。
(いうまでもなく、かれははっきょうしていたのです。しかし、なにがかれをはっきょうさせたので)
いうまでもなく、彼は発狂していたのです。しかし、何が彼を発狂させたので
(ありましょう。たまのなかにとじこめられたくらいで、きのくるうおとこともみえません。)
ありましょう。玉の中に閉じ込められたくらいで、気の狂う男とも見えません。
(それにだいいち、あのへんてこなたまは、いったいぜんたいなんのどうぐなのか、どうしてかれが)
それに第一、あの変てこな玉は、一体全体何の道具なのか、どうして彼が
(そのなかへはいっていたのか。たまのことは、そこにいただれもがしらぬというのです)
その中へはいっていたのか。玉のことは、そこにいた誰もが知らぬというのです
(から、おそらくかれがこうじょうにめいじてひみつにこしらえさせたものでありましょうが、)
から、おそらく彼が工場に命じて秘密にこしらえさせたものでありましょうが、
(かれはまあ、このたまのりのがらすだまを、いったいどうするつもりだったのでしょうか。)
彼はまあ、この玉乗りのガラス玉を、一体どうするつもりだったのでしょうか。
(へやのなかをうろうろしながら、わらいつづけているかれ、やっときをとりなおして、)
部屋の中をうろうろしながら、笑いつづけている彼、やっと気を取り直して、
(なみだながらに、そのそでをとらえるおんな、そのいようなこうふんのなかへ、ひょっこりしゅっきんして)
涙ながらに、その袖を捉える女、その異様な興奮の中へ、ヒョッコリ出勤して
(きたのは、がらすこうじょうのぎしでした。わたしはそのぎしをとらえてかれのめんくらうのも)
きたのは、ガラス工場の技師でした。私はその技師をとらえて彼の面喰らうのも
(かまわずに、やつぎばやのしつもんをあびせました。そして、へどもどしながらかれの)
構わずに、矢継ぎ早の質問をあびせました。そして、ヘドモドしながら彼の
(こたえたところをようやくしますと、つまりこういうしだいだったのです。ぎしはだいぶ)
答えたところを要約しますと、つまりこういう次第だったのです。技師は大分
(まえから、さんぶんほどのあつみをもった、ちょっけいよんしゃくほどの、ちゅうくうのがらすだまをつくる)
前から、三分ほどの厚みを持った、直径四尺ほどの、中空のガラス玉を作る
(ことをめいじられ、ひみつのうちにさぎょうをいそいで、それがゆうべおそくやっと)
ことを命じられ、秘密のうちに作業を急いで、それがゆうべ遅くやっと
(できあがったのでした。ぎしたちはもちろんそのようとをしるべくもありませんが)
できあがったのでした。技師たちはもちろんその用途を知るべくもありませんが
(たまのそとがわにすいぎんをぬって、そのうちがわをいちめんのかがみにすること、ないぶにはすうかしょに)
玉の外側に水銀を塗って、その内側を一面の鏡にすること、内部には数カ所に
(つよいひかりのしょうでんとうをそうちし、たまのいっかしょにひとのでいりできるほどのとびらをもうけること)
強い光の小電灯を装置し、玉の一カ所に人の出入り出来るほどの扉を設けること
(というようなふしぎなめいれいにしたがって、そのとおりのものをつくったのです。)
というような不思議な命令に従って、その通りのものを作ったのです。
(できあがると、よなかにそれをじっけんしつにはこび、しょうでんとうのこーどにはしつないとうのせんを)
できあがると、夜中にそれを実験室に運び、小電灯のコードには室内灯の線を
(れんけつして、それをしゅじんにひきわたしたままきたくしたのだともうします。それいじょうの)
連結して、それを主人に引き渡したまま帰宅したのだと申します。それ以上の
(ことは、ぎしにはまるでわからないのでした。わたしはぎしをきし、きょうじんは)
ことは、技師にはまるでわからないのでした。私は技師を帰し、狂人は
(めしつかいたちにかんごをたのんでおいて、そのへんにさんらんしたふしぎながらすだまのはへんを)
召使いたちに看護を頼んでおいて、その辺に散乱した不思議なガラス玉の破片を
(ながめながら、どうかして、このいようなできごとのなぞをとこうともだえました。)
眺めながら、どうかして、この異様な出来事の謎を解こうと悶えました。