銀河鉄道の夜(宮沢賢治)より 痩せた大人の唱導
現在有名なのは第四次稿ですが、ここに紹介した下りは、第三次稿のもの。
興味のある方はぜひ読んでみてくださいね。
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問題文
(おまえはおまえのきっぷをしっかりもっておいで。)
おまえはおまえの切符をしっかりもっておいで。
(そしていっしんにべんきょうしなけぁいけない。)
そして一しんに勉強しなけぁいけない。
(おまえはかがくをならったろう。)
おまえは化学を習ったろう。
(みずはさんそとすいそからできているということをしっている。)
水は酸素と水素からできているということを知っている。
(いまはだれだってそれをうたがいやしない。)
いまはだれだってそれを疑いやしない。
(じっけんしてみるとほんとうにそうなんだから。)
実験して見るとほんとうにそうなんだから。
(けれどもむかしはそれをすいぎんとしおでできているといったり、)
けれども昔はそれを水銀と塩でできていると言ったり、
(すいぎんといおうでできているといったりいろいろぎろんしたのだ。)
水銀と硫黄でできていると言ったりいろいろ議論したのだ。
(みんながめいめいじぶんのかみさまがほんとうのかみさまだというだろう、)
みんながめいめいじぶんの神さまがほんとうの神さまだと言うだろう、
(けれどもおたがいほかのかみさまをしんずるひとたちのしたことでもなみだがこぼれるだろう。)
けれどもお互ほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。
(それからぼくたちのこころがいいとかわるいとかぎろんするだろう。)
それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。
(そしてしょうぶがつかないだろう。)
そして勝負がつかないだろう。
(けれどももしおまえがほんとうにべんきょうして)
けれどももしおまえがほんとうに勉強して
(じっけんでちゃんとほんとうのかんがえとうそのかんがえとをわけてしまえば)
実験でちゃんとほんとうの考えとうその考えとを分けてしまえば
(そのじっけんのほうほうさえきまればもうしんこうもかがくとおなじようになる。)
その実験の方法さえきまればもう信仰も化学と同じようになる。
(けれども、ね、ちょっとこのほんをごらん、)
けれども、ね、ちょっとこの本をごらん、
(いいかい、これはちりとれきしのじてんだよ。)
いいかい、これは地理と歴史の辞典だよ。
(このほんのこのぺーじはね、きげんぜんにせんにひゃくねんのちりとれきしがかいてある。)
この本のこの頁はね、紀元前二千二百年の地理と歴史が書いてある。
(よくごらんきげんぜんにせんにひゃくねんのことでないよ、)
よくごらん紀元前二千二百年のことでないよ、
(きげんぜんにせんにひゃくねんのころにみんながかんがえていたちりとれきし)
紀元前二千二百年のころにみんなが考えていた地理と歴史
(というものがかいてある。)
というものが書いてある。
(だからこのぺーじひとつがいっさつのちれきのほんにあたるんだ。)
だからこの頁一つが一冊の地歴の本にあたるんだ。
(いいかい、そしてこのなかにかいてあることは)
いいかい、そしてこの中に書いてあることは
(きげんぜんにせんにひゃくねんころにはたいていほんとうだ。)
紀元前二千二百年ころにはたいてい本当だ。
(さがすとしょうこもぞくぞくでている。)
さがすと証拠もぞくぞく出ている。
(けれどもそれがすこしどうかなとこうかんがえだしてごらん、そら、それはつぎのぺーじだよ)
けれどもそれが少しどうかなとこう考えだしてごらん、そら、それは次の頁だよ
(きげんぜんいっせんねんだいぶ、ちりもれきしもかわってるだろう。)
紀元前一千年 だいぶ、地理も歴史も変わってるだろう。
(このときにはこうなのだ。へんなかおをしてはいけない。)
このときにはこうなのだ。変な顔をしてはいけない。
(ぼくたちはぼくたちのからだだってかんがえだって)
ぼくたちはぼくたちのからだだって考えだって
(あまのがわだってきしゃだってれきしだって)
天の川だって汽車だって歴史だって
(ただそうかんじているのなんだから。)
ただそう感じているのなんだから。
(だからおまえのじっけんはこのきれぎれのかんがえのはじめからおわり)
だからおまえの実験はこのきれぎれの考えのはじめから終わり
(すべてにわたるようでなければいけない。)
すべてにわたるようでなければいけない。
(それがむずかしいことなのだ。けれどももちろんそのときだけのでもいいのだ。)
それがむずかしいことなのだ。けれどももちろんそのときだけのでもいいのだ。
(ああごらん、あそこにぷれしおすがみえる。)
ああごらん、あそこにプレシオスが見える。
(おまえはあのぷれしおすのくさりをとかなければならない。)
おまえはあのプレシオスの鎖を解かなければならない。
(さあ、きっぷをしっかりもっておいで。)
さあ、切符をしっかり持っておいで。
(おまえはもうゆめのてつどうでなしにほんとうのせかいのひやはげしいなみのなかを)
おまえはもう夢の鉄道でなしに本当の世界の火やはげしい波の中を
(おおまたにまっすぐにあるいていかなければいけない。)
大股にまっすぐに歩いて行かなければいけない。
(あまのがわのなかでたったひとつのほんとうのそのきっぷを)
天の川のなかでたった一つのほんとうのその切符を
(けっしておまえはなくしてはいけない。)
決しておまえはなくしてはいけない。